日出る国にて 3


「何で・・・て。だって日本に一度来てみたかったんだもの」
 観光気分かい。秋生は心の中でつっこむ。
「それにあたしだけじゃないわよ」
「・・・・・まさか」
 秋生はおそるおそるセシリアの背後をうかがう。

 すると。


「よぉ」
「元気にしとるか、坊」

 居た。
 白いエプロンをつけたヘンリーと、いつもよりちょっとこざっぱりした格好の玄冥が。

「・・・・・・・・・あ、そう」
 秋生は叫ぶこともせず疲れたようにため息と共に呟くと、ご近所の迷惑にならないうちにと 三人を家の中へ押し込んだのだった。




 とりあえず秋生が久しぶりの自分の部屋に荷物をおろすと・・・ほとんどが友人に渡す香港土産 だったりするのだが・・・階下から呼ぶ声がした。

「お昼にしましょ。私たちまだ食べてないのよ」
「ん、どこか食べに行くの?」
「ヘンリーが和食に挑戦したの」
「・・・ホント?」
 ちょっと不安になる。
 確かにヘンリーが作る香港料理はどれも絶品だが・・・日本食にまでその腕が発揮されるか どうかは別問題だ。しかも、ヘンリーは日本文化に対してちょっとした勘違いをしている。
「よし、来たな。初めて作ったもんだがまぁ大丈夫だろ」
 リビングのテーブルに料理が並べられている。
「何だか凄く鮮やかだね・・」
 中華ならばそんなことは感じられないのだが、見るからに日本食の素材に極彩色の盛り付け がなされていると違和感がありまくる。
 とにかく、それぞれ席につき箸を持つ。
「いただきます」
「おう、たくさん食えよ」
 見た目に反して味はしっかり和食だった。
 やはりプロ級。このぶんならフランス料理でもイタリアンでも何でも作れるのかもしれない。
 今度ためしに頼んでみよう。秋生はそっと決意した。
「それにしても・・僕、誰にも話さなかったと思うんだけど」
「いやぁね。あんなに堂々とリビングのテーブルの上に飛行機のチケット置いてて気づかない わけないでしょ。本当に抜けてるんだから」
「・・・・・・」
 返す言葉もない。
 秋生はほとんどビンセントの屋敷のほうで暮らしているが、一週間に何日かはマンションの ほうへ帰ることもある。ビンセントも滅多にマンションのほうへ来たりはしないだろうからと 油断していた。まさかセシリアに発見されるとは。
「それにしたって・・ヘンリーも玄冥も・・・仕事はいいの?」
「日本に来るのも半分仕事のようなもんじゃからの~」
 ほっほっほ、と笑う玄冥に、ふと秋生は思いついた。
「まさか、玄冥・・・不法入国したんじゃ・・・」
 秋生の問いに玄冥は再び笑う。
「・・・・・捕まらないようにね」
 秋生が心配するまでも無いとは思うが・・・世の中には万が一というものがある。
「あたしたちのことはともかく、ビンセントは?てっきりついて来ると思ってたんだけど」
「ビンセントなら迎えの車があるって、すぐに仕事があるんじゃないかな?」
「仕事ねぇ・・・」
 含みありげなセシリアの視線が秋生に向けられる。
「何?」
「ま、いいけど。あなた何日くらい日本に居るつもりなの?」
「一週間くらいかなぁ。もし香港で仕事探すようなら就業ビザ取らないとダメだし、その申請も しようと思ってたから。セシリアたちは?もし良かったらガイドするよ」
「俺はいいぞ。勝手にうろつくからな」
「儂もじゃ」
「あら、あたしは案内してもらうわよ。日本に来るの初めてだし」
 色々行きたい所があるのよね~とどこからかガイドブックを取り出すセシリア。
 さすが、抜かりがない。
 さんざん連れまわされそうだ。


 ちょっと遅めの昼食が済むと、ヘンリーと玄冥は出かけて行った。
 宿泊先は、と聞くと好きにするから気にしなくていいとのこと。
 セシリアだけなら父に電話して言っておけばいいだろうと、ほっと安堵の吐息をついた。


「どこに行きたいの?」
「まずは・・・浅草ね」
 また渋い。
「それからディズニーランドとディズニーシー。どんなものか一度行ってみたかったの」
「・・・そう」
 毎日がアトラクションのような日々を送っているセシリアには大して楽しくも無いと思うのだが まぁ、行きたいといものを断ることもないだろう。
 そんなことを話しながら、本日の予定は観光ではなく近所のスーパーまで買出し。
 夜には秋生の父親が帰ってくるのだから、ご馳走を作って待っていようということになった。

「ところでセシリア料理作れるわけ?」
「ぶっ飛ばされたいの?」
「・・・・・・・・」
 余計な一言だった。




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