日出る国にて 2
何でこんなことになったんだろう・・・。
秋生は日本へ帰る飛行機の中、隣に座る人物に思いを馳せながら下に広がる雲をぼんやりと
眺めていた。
「ミスター工藤、飲み物は何がよろしいか?」
「・・・コーヒー」
疲れたように答えた秋生にビンセントは営業以上のスマイルで飲み物を差し出すスチュワー
デスからコーヒーを受け取り、目の前にセッティングする。
だいたい秋生が予約したのは普通のエコノミーだったはずのなに、どうしてビジネスに変わっ
ているのか・・・どうせビンセントが裏から手を回したんだろうが・・・そう思って帰国の前日まで
黙っていたのに・・・まだまだ甘かった。
「ところでビンセントは仕事だって言ってたけど・・・」
「はい。日本企業と提携するこになった事業について・・・」
と詳しく話し出すがその半分も秋生には理解できない。
だが、これだけはわかる。それは社長であるビンセントがわざわざ出向くまでも無い話だったに
違いない。
まったくこれならセシリアのほうがマシだったよ・・・。
「どこのホテルに泊まるの?」
「帝国ホテルの予定です。よろしければミスター工藤も」
「僕は家があるから」
帝国ホテルといえば一度は泊まってみたい超高級ホテルだが、それでは日本に帰る意味が
無いだろう。
「そうですか、ではもしご用事がありましたらこちらへご連絡下さい」
「ん。わかった」
メモを渡される。
秋生のものを聞かないというのは、どうせ知っているからなのだろう。
どこまでも抜かりの無い男である。
そして、飛行機は順調に日本へと到着した。
ビジネスには初めて乗った秋生だったが、その快適さを知ると今度からエコノミーには
乗れなくなるかもしれないと危惧を抱くほどだ。
「ビンセントはこれからどうするの?」
「迎えがあるとのことですが・・・ミスター工藤もご一緒に」
「冗談。僕は電車で行くよ」
ビンセントと一緒では間柄を尋ねられるのは明白だが・・・説明しにくい。
どんな憶測をされるとも限らない。これから商談だというビンセントの足を引っ張るようなことは
したくはない秋生である。
「そうですか、ではくれぐれもご用心を」
「大丈夫だよ。ちゃんと注意するから。何かあったらすぐに連絡する」
まるで幼稚園のころ、友達の家に遊びにいくのに母親に約束させられたようなことをビンセント
に繰り返して、秋生は漸く解放されたのだった。
ロビーでビンセントに別れを告げた秋生は寄り道せずに家へ真っ直ぐ帰ることにした。
今日はもう疲れて何もしたくない・・・明日からと言い訳して秋生は久しぶりの家路を辿る。
随分と長い間留守にしていたような気がするが、まだほんの2年ほど。
それでも東京の街の景色はうつろいやすく、色々なところが変わっていて新しいビルが
立っていたり、あったはずの建物が取り壊されたりして・・・それでもやはり20年住んでいた
ところだけに懐かしさを感じた。
「家はきっと埃だらけだろうなぁ・・・」
東京本社に異動になった秋生の父は、言っては何だがあまり身の回りのことを片付けるのが
得意・・・という人間では無い。かくいう秋生も人のことは言えないが。
それでも母が亡くなってから忙しい父のかわりに一通りの家事はこなせるようになっていた。
「まずは掃除機かけて布団干して・・・せめて寝られるようにしないとな」
家に続く、商店街。
顔見知りだった人たちに声をかけられながら、秋生はなつかしの我が家の前に立った。
「よしっ」
何故か気合を入れた秋生は玄関の扉に手をかけた。
・・・が、それは秋生が開く前に開かれる。
そして。
「お帰りなさい、秋生。遅かったわね」
「・・・・・・・。・・・・・・・・・」
「何ぼうっとしてんの?お掃除大変だったんだから」
「・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・」
表札を秋生は見る・・・・『工藤』
間違いない。
けれど秋生の目の前にあるのはどう見ても・・・
「セ・・・・・・・セシリア!?な、何で居るんだよ!!」
香港に居るはずのセシリアだった。
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