就職最前線 2


 その日の夜。
 秋生は他の聖獣たちの意見も聞いてみるべきだろうと、ヘンリーのシマにある行きつけ のナイトクラブに顔を出した。
 ただの大学生である、秋生だったが、ヘンリー直々に従業員には ”何かあったら ただじゃすまねぇぞ”と命令(脅しともいう)を受けているため至極丁重にVIP席へと 案内される。

「ヘンリーは?」
「へっ、ちょっとごたごたありまして遅くなると伝言がありました。秋生さんにはそれまで ごゆっくりと」
「そっかヘンリーも大変だね」
 それだけ言って下がろうとするヘンリーの舎弟・・名前は知らないのだが・・を秋生は ふと思いついて引き止めた。

「あのさ、ちょっといいですか?」
「はっはいっ!」
 用が済んでほっと下がろうとした男は秋生に呼びかけられて飛び上がる。

 (な・・・ななななな、何かヘマをっ!!!さ、西哥に殺されるっ!)

「どうしてこの業界に入ろうと思ったんですか?」
「・・・・・・は?」
 脳裏では己の命が風前の灯火となっていた男は秋生の問いかけの意味を一瞬理解 できず、何ともいえない間抜け面をさらした。
「いえ、ちょっと僕、就職活動中で・・・参考にでもと思ったものですから」
「就職・・・活動・・・中・・・・?」


「おいおい、そんなもん参考にしてどうすんだよ」


「ヘンリーっ!」
「西哥っ!!」
 全身黒で覆われた巨体がのそりと現れると二人は同時に声をあげた。
「よう。今度は一体何をこそこそ始めたのかと思えば・・・」
 ヘンリーは男に手を振って下がらせると秋生の隣に座った。
 いつもはビンセントに邪魔されて滅多に座れない位置である。
「だってさ、もう来年には大学卒業なんだ。就職活動しないとね」
「んなもん、東海公司で決まりだろうが」
「セシリアと同じこと言わないでよ」
 すねた秋生に豪快にヘンリーが笑った。
「誰だってそう思うからな。だいたいあいつが秋生を他の会社に勤めさせると思うか?」
「う~ん・・・」
 今の所、学生の身分の秋生はあまり時間に縛られることなく好き放題・・・というほど でも無いがしている。
 社会人となればそうはいかないだろう。
 しかも新人となるととくに休みももらえず働くハメになることは明らかだ。
 そんなことをビンセントが認めるだろうか・・・いや、認めない。
 つくづく反語の似合う男である。

「でもさ僕が忙しくなればヘンリーたちも余計な騒ぎに巻き込まれなくて平和だ なんて思わない?」
「騒ぎになってる自覚はあるんだな」
「ヘンリー・・」
「ま、それはどうかわからねぇが・・・何しろトラブルメーカーだからな」
「む・・・」
 反論できず秋生は押し黙る。
「それで、あいつには言ったのか?」
「就職活動のこと?」
「そう、それだ」
「言ったよ。ビンセントは何もしないようにって釘を刺しておいた」
「・・・・・。」
 それで納得するような青龍でないことは五千年の付き合いで嫌というほど思い知ら されている。秋生はまだまだ甘い。
「それで、自分なりに色々と探してみたんだけど・・・どうも今いちしっくりこなくて。 ヘンリーはどうしてヤクザしてるのか聞きに来たんだ」
「どうしてってなぁ・・・」
 ヘンリーは秋生の問いかけに困惑顔で頭をかいた。
 秋生が求めるような高尚な理由は無い。
 強いて言えば・・・面白そうだから。これに尽きる。
 五千年も生きていれば普通の生活にもいい加減に飽きてくる。
 この仕事も今生の黄龍・・・つまり、秋生が生きているだけの間のものだ。
 
 元々、人間とは価値観の違う四聖獣たちに意見を聞こうとした秋生が間違いだ。
 だが、秋生もまた『普通』とはちょっと違った。


「あのさ・・・僕がヘンリーみたいにヤクザになったらどう思う?」
「・・・。・・・」
 ヘンリーは口をぽかんと開け、秋生をまじまじと見つめた。
 そんな顔をすると13Kの虎と恐れられている人物とはとても思えない。
 その頭の中では秋生がヤクザになったとしたら、で思考が回っている。

 まず、ビンセントは黙ってはいないだろう。
 お護りしなければと表の稼業など打ち捨てて己までヤクザになるに違いない。
 ヤクザになったビンセントは・・・手ごろなシマを乗っ取って秋生に与えるだろう。
 そこから徐々に手を広げていき・・・・・

 十年も経たないうちに秋生は押しも押されぬ黒社会の大人物だ。
 
 おそらく・・・ヘンリーも問答無用で付き合わされるだろう。
 セシリアと玄冥は面白がるだけ。


 誰が一番苦労するかといえば・・・・・自分以外にない。
 確信できる。

「・・・・・・・・・頼むからそれだけはやめてくれ」
 ヘンリーは心の底から願った。



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