就職最前線 1
さて、ひき続き秋生は就職前線真っ只中にあった。
(『ちいさな悩み 大きな悩み』参照)
「う~ん、父さんは・・・ちゃんと説明したらわかってくれるからいいとして・・・問題は
ビンセントなんだよな」
秋生の就職活動を手出しせず応援する、と約束させたはいいが・・・どんな手を使って
まるめこんでくるかわからない。
「・・・はぁ」
なまじビンセントの言うことはもっともだと納得してしまう秋生も秋生だが・・・。
「ま、とりあえず」
秋生はベッドの上から起き上がると大学でもらってきた香港のめぼしい企業の資料を
手にとった。
「ここは・・・商社か。香港で勤務とは書いてないから出張もありなんだろうなぁ。次は
工業系は全然僕には駄目だろうな。IT関連は・・・今競争率高そうだし、そんな
知識ないし・・・。やっぱ営業とか事務かなぁ・・・でもなぁ・・・」
秋生はああでもない、こうでもない、と資料を見ては置き、拾っては見てと検討
すること1時間。
ばたん、と秋生は資料を投げ出しふたたびスプリングのよくきいたベッドに倒れた。
「駄目だ~っ」
どこの企業も大学に募集要項を置けるだけあってそれなりにいい。
だが、どこも”それなりに”で秋生に”ここが!”と言わせるほどではない。
秋生は気づいていないが、なまじ東海公司なんていう超エリート企業を知っている
ばかりにどこもそれ以上にいいと思わせないのだが・・・。
「このままじゃ日本に帰るかフリーター決定かも・・・」
いくらなんでもこのままの状態でビンセントに養われたままというのは、ほんの僅かに
残る秋生の男としての矜持と、申し訳なさが許さない。
「ホント、どうしよう・・・」
呟いた秋生の目は、まるで迷子の子犬のようだった。
「おはよう!秋生・・・て、何よ。暗いわね」
「あ、おはよう。セシリア」
大学構内で、ぼんやり歩いていた秋生をセシリアが見つけていつものように元気一杯
強烈などつきと共に声をかけてきた。
つまずきそうになった秋生はそれを何とか我慢すると、世間では従姉妹ということに
一応はなっている四聖獣の一人、セシリアにいかにも寝不足です、といった表情を
さらした。
「何、またレポートでもやってたの?」
「違うよ・・・」
「なら、どうしたのよ?」
秋生の体調管理は最も近くにいて接することの多いセシリアの役目だ。
もちろん、普段は面倒で気にもしていないが、本当に調子が悪そうなときは
青龍に報告しないといけないので厄介なのだ。
「うん。それがね・・・就職のことなんだけど」
「え?そんなの秋生は東海公司に決定でしょ」
当然のごとく、セシリアに言われた。
「えぇっ!?何で?僕があそこに就職できるわけがないだろう?」
「・・・・。・・・」
確かに能力的に言えば秋生の上をいく人間は幾人も居るだろう。
だが、たとえどんなに秋生より頭が良くても、見目が良くても・・・絶対に誰も
秋生の代わりなどつとまりはしないのだ。
そして、何よりあの・・・独占欲の権化のような青龍が秋生が他の会社に勤める
のを黙って見ているとは思えない。
「だから色々企業の資料を見てみたんだけど・・・なかなか僕には難しそうで・・・」
「そうかしら?秋生なら結構どこでも務まりそうだけど?」
トラブルメーカーの秋生は、こっちが心臓止まりそうな状況でもいつもマイペースで
結局、最後には望むとおりに事態を収束させてしまう。
「そうかなぁ?僕は文系だから体力にはちょっと自信ないし、人見知りはしないけど
こう物を売り込むていうのはちょっと・・・あれだし」
困ったように秋生は頭に手を置く。
「まぁ、確かに秋生に営業は向かないかもね」
では、何が向くのかと問われるとすぐには思い浮かばないのであるが。
「あ、そういえば。セシリアはどうするのさ?」
いくら不老不死の四聖獣といえどずっと大学に残るわけにはいかないだろう。
「あたし?そうねぇ、色々やってみたいものはあるんだけど・・・学校の先生なんてのも
面白そうよね」
「・・・・マジで?」
「何よ?文句ある?」
半眼で睨みつけられ、秋生は慌てて首を横にふった。
「でも、セシリアならいい先生になりそうかも」
「かも、じゃないのよ。なるの」
「だってセシリアが先生だとおちおち不良にも走ってられないもんね」
「・・・秋生」
「あ、今のは、褒め言葉だよ。うん、褒め言葉!」
柳眉をあげたセシリアは秋生の気の抜けた笑顔に、はぁとため息をついた。
「まぁ、あたしのことはいいから。自分のこと考えなさい」
「うん、ありがとう。セシリア。ちょっと気分が軽くなったよ」
それじゃあこれから講義があるから、と背を向けて駆けていく秋生を見つめて
セシリアはぽつん、と落とした。
「でもどう考えても青龍が秋生を手放すとは思えないのよね・・・」
全くその通り。
>>NEXT