■ 天意、真に非ず ■

第二部






 天意とは何か。
 誰が、どのように定めたものなのか。
 その基準は?正しさは?
 この世に絶対の『正しさ』など存在するのか。

 ―――― この世界は、『おかしい』

 こちらに来てから陽子がずっとひたすらに感じてきた違和感。
 それが、はっきりとした姿を持ちはじめる。


「……この世界は、何、だ…?」

 争いなく、全ての者が平和に幸せに暮らす。
 そんなことはありえない。人が人としての個性を持つ限りは不可能なことだ。
 しかし、この世界はそのために『天帝』によって『造られた』世界。

 では、『天帝』…とは何か?
 何者、なのか?
 陽子が何故、『天帝』などに選ばれたのか。
 天意を下すのが天帝であるならば、歪んでいた天帝が下す天意とて歪んでいるはずだ。

「私は…本当に、『天帝』なの、か…?」

 呆然と零した陽子に、これまで導き役であった更夜が静かに首を振った。
「私はこの世界に生まれ、生きてきた者だ。その問いに答える力は無い」
「………」
「主上」
 テンキが気遣うように横に侍り、黒耀が足元に身を寄せる。
「さて、私が案内できるのはここまで。この先は…貴方たちだけに開かれる」
 一行が立ち止まった目の前には、高い天井まで届く漆黒の扉が現れていた。
「この先に何があるのか、私は知らない。……私個人の意見として言わせてもらうなら、貴方が造りあげる世界というのはそう悪くは無いのではないかと思う」
「更夜は私を知らないから」
「そう、知らない。だが知らない私がそう思えるというのは天帝の資質としては十分では無いかい?」
 陽子は肯定せず、苦笑だけ浮かべた。
「さて、私がここであれこれ言っても仕方ない。しょせんは宮仕えの身、ただの案内役だ」
「ここまで、ありがとう。見知った顔に会えて嬉しかった」
「こちらこそ」
 陽子は、漆黒の扉を見上げる。
 だいたいこちらの世界の扉といえば、城塞にある門などは別にして基本的に木製だ。
 しかしこれは、硬質なイメージを与える…黒がね、と言うのだろうか。それとももっと別の、陽子の知らない素材で出来ているのかもしれない。
 陽子は静かに歩みより、その感触を確かめるように……扉に、触れた。
 その瞬間。
 扉の中央に光が走り……とても人の手で開け放つことなど無理だと思われた扉が、ゆっくりと横にスライドしていく。眩い光が溢れ出してくる。
 その眩しさに、陽子は、目を覆った。






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 背後に小さな気配が生まれた。

「帰るか、泣き虫小僧」
「うるさい、冷酷非情男」
 いつまでも空を見上げる延王の背後に、目を赤くした延麒が居た。
「景麒はどうした?」
「どうもこうも…部屋に閉じ篭もって出てこねーよ」
 自分の選んだ主が、生きて目の前に存在している。だが、その存在はもう自分の主ではないのだ。
 そんな理不尽なことが、あるだろうか?
 延麒には景麒の思いが痛いほどによく理解できた。
 もし、もしもだ。絶対にありえないことだとしても、自分の主…尚隆が、陽子と同じように、ある日突然
自分の主では無い、などと言われたら…自分ならどうなってしまうだろうか。
 …考えたくも、無い。
 そう思う。
 沈む延麒に、延王はにっと口角を上げて笑った。
「お前は、どうして引き止めなかったのか、とは言わないのか?」
「…言うわけ、ねーだろ」
 五百年の付き合いだ。この男が陽子を引きとめたくなかったとは思わない。
 いや…誰よりも、それを望んでいたかもしれない。それでも、尚隆は『王』として、その心を封じた。
「国に戻るぞ」
「おう」
 きっと、雁では朱衡たちが手薬煉を引いて待っていることだろう。
 この前代未聞に事態に対する説明を待って…。

 泰王崩御。
 景王崩御。

 二王の喪失は、世界にどんな波紋をもたらすのか・・・。
















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黒耀:陽子の騎獣です。すう虞