■ 天意、真に非ず ■

第二部
拾壱






「主上!」

 たまととらより下りた延王と六太を物々しい気配が取り巻いた。
「何だ、いつになく騒々しいな」
「いい加減お前の脱走に堪忍袋の緒が切れたんじゃないのか」
「500年ももつとは相当太い緒をしているらしい」
 しれっと言い放つ尚隆に六太は呆れた視線を向けた。

「この馬鹿どもが!」
 王と麒麟というこの上なく尊い存在を馬鹿呼ばわりで怒鳴りつけたのは、地官長である帷湍だった。
いつもどたばたしている印象の男ではあったが、こんな風に取り乱した風情というのは珍しい。まぁ、その原因が奈辺にあるかは容易に想像がつくのだが…
「どこをふらついていやがったっ!」
「慶だな」
「慶だけど」
 悪びれることなく答える二人に、再び帷湍の頭に血が上りはじめる。
 特大の雷が落ちそうになる前に、朱衡が止めに入った。静寂というよりは緊張と言える厳しい顔つきで主従を出迎える。
「お帰り、首を長くし官吏一同お待ちしておりました」
「ご苦労」
 あくまで偉そうな延王に、脇で六太が渋い顔になる。
「事の仔細。ご説明していただけると考えてよろしいのですね?」
「鳳か。泰王、景王崩御を報せたか」
「……はい。何かの間違い、というわけでは、ないのですね」
 延王の口から出た崩御という言葉に、厳しい顔を更に強張らせた。
 五百年という長い時間、他国の王の崩御を鳳が知らせた数は少なくない。慣れた、とは言わないが、ここまで取り乱すのは、やはりどちらも縁が深いゆえだろう。特に景王…陽子は、雁の曲者ぞろいの官吏たちにも別格に好かれていた。
 王に絶対は無いと知りつつも、彼らはかの国の女王の御世が末永く続くことを疑っていなかった。
 それが。
 この何の前触れも無い倒壊。

「まさか・・・・・・お前が景女王に、何か・・っ!?」
 帷湍が延王の首元を掴みあげる。普通ならばそれだけで不敬罪で投獄ものだ。
「まぁ、待ってください帷湍。・・・さすがの主上にもそのような真似は無理でしょう」
 延王もまた、かの女王を気に入り・・・そうとは口にせず態度にも表さなかったが、大切にしていた。
 彼女が隣国の女王として立って以来、延王が時折見せる深淵の暗闇も、退屈そうな態度も無縁となっていた。五百年という繁栄を得ながらも、どこか刹那的な印象を受ける雁に穏やかな風が、吹いた。
「だいたいそのようなことがあれば、遵帝の故事があるように、あれ以上の悲惨な末路が主上にはすぐにでも訪れるはずです。ですが、見たところ至ってご壮健のようですから」
 至極残念そうに、朱衡は言葉を紡ぐ。
「期待に添えなくて悪いな。・・・・・・まぁいいところは衝いた」
 不穏な延王の発言に、何だと!?といきり立つ帷湍を成笙と共に朱衡が宥める。
「・・・・・・いっそ、殺してやれれば良かったのかもしれん、とは思ったな」
 六太が眉をしかめる。
「だが、・・・あいつの輝きは翳っていなかった」
 諦めず足掻く、と翡翠の瞳は強く延王に訴えていた。
「主上、恐れながらお言葉を聞いておりますと・・・もしや、景王は生きてらっしゃるのでは・・・」
「いや、『景王』は、確かに死んだのだ」
 延王は瞼を伏せる。・・・まるで黙祷するように。
「あれは、景王では無い。陽子だ・・・そして」
 延王は、遠く雲海の彼方に視線をやり・・・拳を握り締めた。
「『そして』?」
       天帝。・・・この世界の贄。
 陽子はこの世界にやって来てから、ずっと違和感を抱いていた。
 同じ海客でありながら、何の疑問も違和感も…いや、多少抱いたとはいえ、不思議なほどにそれはあっさりと延王の中を通過していった・・・それを、陽子だけがずっと感じていた。
 事態はいつから動き出していたのか・・・
 陽子がこの世界に現れてからか?
 それとも・・・
「主上?」
「慶、戴両方共にとは・・・全く」
 頭が痛い。
 雁が傾くころにはしっかりと立て直しておくと約束したでは無いか。
 恨み言を内心で呟く延王の顔は、逆に笑っていた。
 ついに本格的に頭がどうにかしたのか、と帷湍が危惧する横で朱衡は・・・安心していた。
 『いつも通り』の主の様子に。
「荒民対策は如何しましょうか?」
 何が起こっているのか、延王が説明する気は無いらしい。ならば、朱衡たちが出来ることは官吏として
最善の方法を探るだけだ。
「しなくていい。当分様子見だ。・・・陽子は国をたてに俺を脅した女だ。ただでは転びはせんだろう」
「主上」
 朱衡が進み出た。
「一つだけお聞かせ下さい」
「何だ」
「天は  」

       誤る、のですか?






「この世に万能のものなど、あるものか」






 延王はにやりと笑った。
















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