■ 景王と愉快な仲間たち ■



−漆−










「ところで、調子はどうだ?陽子」

 掌客殿にある広間に、賓客が集う。
 これだけの面子が揃うのは、まさに百年に一度と言っていいだろう。
 まずは、陽子に話しかけたのは円卓の隣に座る男・・・延王が鷹揚な笑みを浮かべて尋ねてきた。
「ご心配なく。・・・優勝を狙っていますから」
「へぇ、それは楽しみだ」
 延王とは、陽子を挟んで反対隣に腰掛ける利広である。
 ほとんど街で会うことしかない相手だが、さすがに他国の宮殿にまで着の身着のままというわけにはいかず、
珍しくも長袍を身に纏っている。碧を基調としたそれは利広に非常によく似合っていて、さすが腐っても公子・・・
と女官たちを唸らせたとか。
 ・・・・もっともその後に『でもうちの主上が一番ですけどっ!』と声をそろえて言っていたらしいが・・・・・。
「各国の予選を勝ち残ってきた者たちだから、油断していると利広といえど負けるからな」
「もちろん全力で戦うつもりだよ」
 いつものように穏やかに見えるが、なかなかやる気らしい。
「刀剣部門は、強者ぞろいですな。・・・うちの李斎には少々荷が重いやもしれませぬ」
 延王の隣に座る泰王驍宗が控えめに発言する。普段、あまりに傍若無人な王ばかりを見慣れているせいか、
非常に腰の低い礼儀正しい人柄に、いつも陽子は『いい人だなぁ』とほのぼのした気分になって仕方ない。
「泰王ご自身、ご参加されると私は思っていました」
「いやいや」
 陽子の問いに笑って誤魔化した泰王だったが・・・・まさか王自身が参加するなんて思ってもいなかったのだ。
 それが正しい・・至って常識的な判断というものだが・・・ここに集まる連中はどれもこれも常識からはほど遠く、
破格扱いになる連中ばかり。陽子や延王と顔をあわせる度に驍宗は、自分はまだまだ知らぬことが多いと、決意
も新たにしているのだが・・・実情を知っている二人の側近たちには、是非ともそのまま染まらずにいて欲しいと
願われていることなど、驍宗本人は知るよしもない。
 当の参加者である李斎は、驍宗と共に来ていた泰麒の護衛としてついている。景麒も延麒そちらに居るようだ。
 生臭がダメな麒麟は、自然と隔離される。
「ああ、そうだ。利達殿」
「何か?」
「徒手部門で参加される予定だったと思うのですが・・・」
「ええ」
「実は・・・うちの徒手部門の出場者が・・・・・・・景麒なんです」
 一瞬、場に沈黙が落ちた。
「はっはっは、ついに景麒も主に倣うようになったか」
 延王が手を打って喜んでいる。
「笑い事ではありません、延王。・・・だいたい景麒は、あのいかにも”麒麟ですっ!”という格好のまま出場したん
ですから・・・・試合全て不戦勝ですよ、全く」
 さぞかし参加者も目を剥いたことだろう。その場面が見たかったなぁ、と利広も笑う。
「それで、ですね。もし抽選の結果、当たるようなことがありましたら・・・」
「手加減をしろと?」
 利達の問いに、陽子はきっぱりと首を横に振り・・・鮮やかに笑った。
「思いっきり手加減なしに叩きのめしてやって下さい」
「よろしいのですか?」
「はい。このまま放置して、付け上がらせてしまうと後で痛い目を見るのは景麒ですから。世の中そんなに甘くない
んだってことを、直接体に覚えこませてやって下さい。ええ、麒麟ですからか弱そうに見えますが、どんなに痛め
つけても少々のことでは死にはしません。大丈夫ですっ」
 太鼓判を押す。
 景王君は冗談がお好きだ、と朗らかに笑う驍宗を除いて・・・他の三人は陽子がどこまでも本気だと確信した。
「わかりました。そこまで景王が仰るなら・・・私も本気でお相手いたしましょう」
 にこにことこちらも微笑を浮かべて応える。
 彼等は、やはりどこまでも本気だった。









 ぞくっ。


「・・・どうかされましたか?景台輔」
 突然、手を止めて身を震わせた景麒に、泰麒が首を傾げる。
「・・・いえ、何でもありません」
「何だ?もよおしたか?」
「・・・・延台輔」
 遠慮ない六太の言葉に、景麒の声が低くなる。
「んな、怖い顔すんなって。泰麒が怖がるだろー?」
 泰麒とて、もうチビの麒麟ではない。見た目だけなら六太などより余程成長している。
 百年の付き合いで、景麒の仏頂面にも慣れてしまった。基本的に素直なところは変わらないが、なかなか強か
な部分も持っている麒麟である。
「僕なら大丈夫ですよ、延台輔。・・・それより本当に大丈夫ですか?本選に出場されると伺いましたけど・・・調子が
悪いようなら無理をなさっては・・・」
「いえ、大丈夫です。ご心配いただき申し訳ありませんが、私はいたって健康そのもの。本選出場も問題ありません」
「だいたいそれが、おかしーんだろ?どこの世界に戦う麒麟が居るかっての・・・」
「?・・・主上には、延台輔も泰台輔も参加されると伺っていましたが・・・?」
「「はぁ?」」
 不審そうな景麒の言葉に、心当たりの全く無かった二人の声が合わさる。
 景麒の眉間に皺が増えた。
 そして。
 ぷっ・・と破裂音がして、六太が軽やかな笑い声を立てた。

「おま・・・お前、それ・・っまんまと、陽子に・・騙されてんじゃん・・っ」

 遠慮なく腹を抱えて笑う六太の横で、泰麒が申し訳なさそうに景麒から視線を逸らす。
 ・・・・・・・・・・・不憫だ、と思う心の片隅で、素直に主の言葉を信じた景麒が微笑ましい。
 蓬山育ちの純粋培養な麒麟とは違い、人界で苦労し麒麟にあらざる苦労を強いられて世間の荒波にもまれ、逞しく成長した二人は、景麒よりも精神的に大人だ。

「・・・・・・・・延台輔」
 恨みがましげな声が響く。
「ま・・・まぁ、まぁ・・こうなったからには、ま、精々・・うん、怪我しない程度にガンバレよ。同じ麒麟のよしみで応援して
やるからさっ!な、チビ!!」
「はい。景台輔。頑張って下さい」

「・・・・・・・・・・・・・ありがとうございます」
 主上のクソったれッ・・・・景麒は心の中で罵った。







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