女王陛下のお茶会










 さて、珠晶が一目惚れした騎獣とは何だろうかと陽子は純粋な好奇心をもって案内されるままに用意が整えられた場所についていった。
 商館より立派な獣舎があり、よく手入れされ清潔に保たれている。良い騎商である証だ。
 その入り口から連れて来られたのは、顔は馬に似た『駮』という騎獣だった。
 珠晶が一目惚れしたというには有り触れた妖獣だったが、姿形は逞しく美しい。実用的な騎獣だ。

「お待たせいたしました。こちらで間違いございませんでしょうか?」

 対面した珠晶は、しばしその顔を見つめて・・・こくりと頷いた。
「ええ、ええ。間違いないわ。この顔よ」
 ・・・・・・・・・顔?
「そう、この顔!このごつい顔愛想の欠片もないふてぶてしい面構え!」
「・・・・・。・・・・」
 およそ褒め言葉とは思えない単語の数々に、陽子たちは沈黙した。
「それでこそ頑丘よ!」
「・・・・・・・・・・・がんきゅう?」
「この子の名前よ。もう決めてたの」
 疑問を抱いた陽子に満面の笑みで珠晶が答える。
「ま、まぁ・・・珠晶がそれでいいのならば、良いのだろうが・・・」
 愛想の欠片もない『頑丘』と名づけられた駮は、珠晶に手綱を引かれて大人しくしている。
 調教が行き届いているというよりは、『ちっ仕方ねぇな』という表情でしぶしぶ付き合っている・・・ような。
「あまり馴らすなというご要望でしたので、そのように致しましたが・・・」
 本当にそれで良かったのだろうか、と家公が陽子に伺ってくる。
 陽子に伺われても困るが、一応ここは『兄』役として頷いておく。
「この子がそれを望んだのでね」
「もちろんよ。この態度と顔を気に入ったんだから」
 それは、相当に悪趣味というか・・・変わった趣味というか。十人十色。そういうこともあるのだろう。
「それじゃ、これが残りのお金よ。確かめてちょうだい」
 珠晶は懐から巾着を取り出し、家公に差し出した。
 『駮』は一流の騎獣では無い。すう虞には数段劣る。それでも安い買い物では無いだろう。
「はい。確かに。・・・このたびは申し訳ございませんでした」
「いいのよ。良く考えれば、それだけしっかりしてくれてるってことでしょ。十二国一と名高い恭の騎商ですもの。それぐらいで無くては信頼は得られないものね」
 幼い子供の言葉では無い。家公も驚いた表情で、陽子を見る。
 陽子は苦笑して、満足げに・・・それこそ子供らしく無邪気に頑丘に触れている珠晶を見つめた。











 店の者たちに見送られて、陽子と桓魋は泊まっている舎館へと向かう。それに珠晶も同行する。
 用事も済んだことだしどうするのかと問うた陽子に、連れが見つからないことには帰ることも出来ないと・・・表には出さなかったが不安と焦慮と・・・多分なる怒りを抱いて珠晶は答えた。
 それならば、とお人よしで且つ世話好きな陽子が一緒にその連れとやらを探そうと提案したのだ。
 だが、それにしても騎獣を連れて歩き回るのは目立つ。余計な因縁をつけられかねないということで、自分たちの騎獣も預かってもらっている舎館へと戻ることにしたのだ。

「本当に貴方って物好きというか・・・恩を売ってどうの、て感じじゃないし・・・底なしのお人よし?」
 歯に衣着せない珠晶の物言いに、陽子は苦笑する。
「珠晶は何か見返りが無ければ、誰かに親切にしたりしないのか?」
「・・・・そういう言い方は卑怯だわ」
 拗ねた口調が幼くて、陽子は笑った。
「暇つぶし。ただの気まぐれ。何でもいい・・・自分の手が届く範囲で困っている人が居るならば、手を差し伸べるのは自然なことじゃないか?」
 問いかけられて、珠晶は何か言おうと口を開けたが・・・静かに閉じた。
「朱嬰・・・貴方は・・・貴方って、            幸せに生きてきたのね」
 何の苦労も知らずに、と続くような口調だった。
「幸せに、か・・・そうだな。私は恵まれているのだろう。だが、誰しも人生不幸ばかりでは無い。今はこうして、ぶらりと諸国漫遊できるような生活をしているが、かつては地を這って必死で生にしがみついていたこともある」
 翡翠色の瞳が深みを増し、全てを呑みこんでいく。
 苦労知らずの若旦那が出来るような目では無い。
「・・・ごめんなさい。あたしの失言だったわ」
 己の非を認め、謝ることを躊躇しない。その潔さに気にしていないと首を振った。
 珠晶も陽子も一見すれば、裕福な家のお嬢さんと若旦那だ。だが、『王』という地位がただ『それだけのもの』にはさせない。互いに違和感を抱きながら、言葉をかわしていた。
 
「ところで、今更こんなことを言うのも難だが・・・」
「何?」
「こうしてうろついていて大丈夫なのか?その連れとやらは珠晶のことを探し回っているのだろう?・・・騎獣を求めに来たことがわかっているのならば、店で待っていたほうが良かったか・・・」
「駄目ね」
 だが、珠晶はあっさり否定した。
「何故?」
「だって、私の連れって致命的に・・・・・・・・・・・方向音痴なんですもの」
 本人気づいて無いみたいだけど、と珠晶は肩をすくめる。
「・・・・・・・。・・・・・・・」
 そんなことで、連れとしての役目を果たせるのか。
「だからちゃんと逸れずについて来なさいって言ったのに・・・・あの馬鹿
 容赦なく、可愛らしい唇から悪態が漏れる。


ほんっっとに馬鹿なんだから!!!


 怒りがこみ上げてきた珠晶が拳を握り締めて叫んだ。








  

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