女王陛下のお茶会










「いらっしゃ・・・あ、先ほどのお嬢ちゃん」
 騎商の家公は珠晶のことを記憶に留めていたらしい。
「こんにちは、また来たわ」
 少しばかり不機嫌そうに珠晶は口を開く。その背後に苦笑を浮かべた陽子が立っていた。
 家公は陽子の顔を見て、目を見開き、動きを止めている。
「先ほどは、私の妹が一人で訪れたそうで手間をかけてすまなかった」
 珠晶の肩を叩いた陽子に、珠晶は更に不機嫌そうにそっぽを向く。演技半分本気半分といったところだろう。
「え、あ、いや・・・っ」
「お兄様が居なくてもあたしだけで十分だったのよ!それをこの人ったら・・・子ども扱いして!」
 憤懣やるかたない、と陽子にうろたえる家公に珠晶は主張する。
 更に慌て始める家公に陽子は目配せで『我侭な妹で申し訳ない』と伝えてみた。
「そのように言うものでは無いよ、珠晶。ご家公も細心の注意を払われたということだ。もし本当に無関係な人間が騎獣を受け取りにきて、あっさり渡されたとしたらどうする?それこそ取り返しがつかないだろう?」
「だけど、あたしはちゃんと証書も持ってきたのよ」
「お前はわからないかもしれないが・・・その証書さえ偽者を作る人間が居てしまうんだよ、悲しいことに」
 珠晶を穏やかになだめる陽子に、家公も必死で頷いている。
「・・・わかったわ。今回は兄様に免じて許してあげるわ!」
「・・・ということで、妹から許しが貰えたので注文していた騎獣を用意してもらえるだろうか?」
 はっと我にかえった家公がただいま!と店の者たちをあわただしく急き立てて準備しはじめる。
 その間、珠晶と陽子・・・護衛と勘違いされているだろう桓堆は立派な誂えの房室に通され供される。

「全く、現金なんだから!」
 珠晶が卓を叩き、ガチャンと茶杯が音をたてる。
「まぁ、そう怒りことも無いだろう。無事、騎獣は貰えそうなんだから良いんじゃないか」
「それは当たり前のことなの!」
「そうだな。だが、当たり前のことが当たり前に出来ないことは多々ある。珠晶ならわかるのでは無いか?」
 翡翠の深い眼差しを注がれて、一瞬前までの怒りようが嘘のように静かな表情で珠晶は頷いた。
「・・・・・・。・・・・・ええ、そうね」
 怒っているときには外見相応に幼い珠晶が、驚くほど大人びて見える。
 もっとも、この三人の中で本当は一番の年上なのだが、陽子も桓堆もそんなことは知らない。
 珠晶はくすりと笑いを漏らした。
「本当に、変な人ね。朱嬰は」
 珠晶は装っていた『子供らしさ』を打ち捨てた。
「そうか?」
「ええ。私みたいな子供に普通に接してくれるし、子供扱いしない」
「別に変では無いだろう。珠晶は『子供』では無い。それだけのことだ」
「・・・どういうこと?」
 まさか自分のことを何か『知って』いるのかと珠晶は探りをいれるが、陽子は肩をすくめる。
「私は幼い子供が傍に居たことがある。彼の目と珠晶の目は全然違う。珠晶の目はちゃんと自立した大人の目だ。しかもかなり聡明で、先のことを見通す力があるように見える。大人にも子供のような人間は居る。ならば子供にも大人のような人間が居ても不思議ではないだろう?」
「・・・朱嬰、あなた・・・」
 ぽかん、とした珠晶は・・・噴出し、軽やかな声をたてて笑いはじめた。
「本当、変な人!そんなこと言う人なんて初めてよ!」
「・・・一応、私は褒められているんだろうか?」
「ええ!もちろんっ!私、朱嬰のこと気に入ったわ!
 きらり、と目を輝かせた珠晶はずずっと顔を寄せて陽子に囁いた。
「・・・近くで見ても美形ね」
「それを言うなら、珠晶のほうだろう。容貌はもちろんのこと、自信に溢れていて羨ましい」
「あら、嫌味?」
「まさか。私はあまり自身に自信が無い。自分が大した人間は無いことを知っているからな」
「そういうことをあっさり言える人間は、実は違うと思うけど・・・まぁいいわ。貴方が大したことあっても無くても私が気に入ったことに変わりは無いんだから」
 ん?と陽子は首を傾げた。
「朱嬰は雁の人間だったわよね」
「ああ」
「恭の民にならない?・・・五百年の王朝に比べたら見劣りするかもしれないけど、上のほうに顔がきくから良い仕事を紹介できると思うわ。国中うろつくのも良いけどそろそろ落ち着いても良いんじゃないかしら?」
 ぷっと、微かに陽子の背後で噴出した桓堆をちらりと一瞥して陽子は小さくため息をついた。
「在り難い申し出だが、私は雁に恩義がある身でね。今の立場を投げ捨てるわけにはいかないんだ」
「ふーん、そう・・・・残念ね」
 予想外にあっさりと珠晶は引いた。
「珠晶こそ、私のような得たいの知れない人間を囲いこもうなどよく思うな」
「これでも人を見る目はあるって自負してるの。私の運は最強だし、まずもって間違いない。その勘からすると朱嬰は恭へ留めるのは難しいということもね」
「ならば何故誘う?」
「駄目元で聞いて、もし上手くいったら幸いじゃない?」
「しっかりしているな」
「ええ、私がしっかりしないと・・・うすのろで馬鹿正直のお人好しと釣り合いが取れないのよ」
 凄い言い様に、陽子は笑った。
「でも珠晶はその人が大切なんだろう?」
「え?」
「珠晶は、その素直では無いところが可愛いな」
「なっ・・・!?」
 叫びだしそうな珠晶の口を閉ざしたのは、失礼しますという外からの掛け声だった。

「ご注文頂きました騎獣の準備が整いました」

「ありがとう。・・・さぁ行こうか、珠晶」
「・・・・・そうね!」
 陽子から差し出された手に、肩透かしとなった怒りをこめてパシリと叩きつける。
 子供っぽい仕草に、陽子は微笑し・・・それを見た珠晶は恥ずかしさと・・・何かもやもやした気分とで口を歪ませながら頬を染めていた。











  

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