「悟浄!ねぇ、待ってよ!あたしのこと好きって言ったじゃないっ!」
「ん〜、好きだぜ〜」
「だったら!どうしてダメなの!?」
 
 夜の裏通り。
 よくある痴情のもつれの諍いに、周囲の人間たちはさして気にすることもなく
 おのおのの目的地へと誘われていく。

「あなたの子供が欲しいのにっ!」
「それはちょっとなぁ・・・勘弁して?」
「どうしてっ!?一緒になってって言ってるわけじゃないのよ!?」
 悟浄はすがりつく女性に足を止めた。
「なぁ、李花(リーファ)。お前もこの世界で生きてんなら客との間に私情を絡ませ
 るなんて素人のやることだってわかってるだろ?」
「でも好きなのよ!あなたが好きなの!愛してるの!」
 鬼気迫る女に悟浄は困ったように頭髪を掻いた。
「俺もさ、お前のこと好きだぜ?」
「だったら・・っ!」

「でもさ、『愛して』は、いないんだ」
 悟浄にすがりついていた女の体が雷に打たれたかのように硬直する。

「ごめんな、愛してやれなくて」
「・・・・・・っ」
 女の腕から自分の腕を抜き取ると、悟浄は二度と振り返ることなく足音も無く
 裏通りを消えていった。
















 







 町外れの、森の入り口。
 漸くたどり着いた、そこに悟浄は疲れたように吐息を吐きながら座り込んだ。

「あ〜・・・サイテー・・・」
 気分はかなりの底辺を這っていた。
 彼女とはつい最近知り合って、いい関係になったのだが・・・どうも悟浄を見る
 視線がヤバイかも・・・と思っていた矢先のこれ。
 男と女が居れば、修羅場の一つや二つは当然で、悟浄だとて色々な修羅場を
 くぐりぬけてきたわけなのだが・・・。
「やっぱ、一番クるよな・・・」
 子供は、まぁ好きなほうだろう。
 時折鬱陶しいと思うときも無いではないが、遊んでやるのはやぶさかでない。
 子供の無邪気さは微笑ましい。

 だが。
 それが『自分の』子供となると別だ。
 考えるだけで、悟浄の心の中がすーっと冷たくなる。
 お世辞にも満ち足りた幼少時代を送ったのではない悟浄は、己という存在に
 対して拭い去れない傷がある。
 
 禁忌の子供。

 自分と同じような思いをする子供をわざわざ作る必要も無い。









「何やってんの、悟浄?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!?」
 ぴょこんっと覗きこまれて、悟浄の鼓動が一瞬停止した。



「な・・・・っ!?」
「ん?」
 悟浄が立ち上がり、震える手で悟空を指差す。
「何で、お前がこんなとこに居んだよ!しかもこんな夜中に!?ガキは寝る
 時間だろうがっ!!」
「ガキじゃねーっ!悟浄こそ何してんだよ、こんなとことで!・・・あ!」
 悟空が何やら思いついたように、にやりと笑った。
「飲みすぎたんだろ〜っ!悟浄って弱いもんな。八戒と飲んだらいっつも先に
 つぶれてるじゃん!」
「あいつはワクなんだ!比較するな!・・・ったく、八戒はどうしたよ?一緒に
 家で仲良く寝てんじゃなかったのか?」
 三蔵が寺院を留守にするということで、昨日から悟空は悟浄宅に預けられて
 いたのだが・・・・。
「あ・・・えーと・・・・」
 悟空の視線が泳ぐ。
 そこで、悟浄。ぴん、ときた・
「お前・・・迷子になったな?」
 悟空が固まった。
 どうやら図星らしい。
「・・・・・・バカサル・・・」
「サルじゃねーっ!」
「どうせトイレか腹へって起きてきて、うろうろしているうちにわかんなくなった
 んだろうーが。それがサルだっつーの!」
「うるさいっ!悟浄こそ酔っ払ってたくせにっ!」
「だから酔ってねーって!ああもういいっ!さっさと帰るぞ!八戒に見つかったら
 大目玉だぞ、お前」
「え゛・・・」
 悟空にはとことん甘くて優しい専属保父さん、八戒だが、叱るべき時にはきちん
 と叱る。しつけは大切だ。
 悟空もいつも笑顔の八戒が悲しげな顔をして怒る様子はさすがにこたえるのか
 いつもの元気さがなりをおさめて、しゅんっとしてしまう。

「マズイ・・・早く帰らないとっ!」
 悟空が今更ながらに慌てだす。
 はっきり言って手遅れだろう。
 あの八戒のことだ、外に出て行く悟空に気づかないわけがない。
 すぐに戻ってくるだろうと思っていた悟空がいつまでたっても帰って来ないと
 あらば心配で寝ている暇もないだろう。
 子供のおもりも楽じゃない。
 いや、八戒にとっては悟空の相手をするというのは至上の喜びらしい。
 悟空が寺院へ帰って行った後はいつも暗く沈んで、悟空が座っていた椅子
 あたりに視線を注いでいたりするのだから。



「なぁ、悟空?」
「何?」
 月と星明かりだけの夜道を並んで歩きながら悟浄は語りかける。
「もし、お前が子供が欲しいって言われたらどうする?」
「・・・・?子供?」
 意味がわからない、と悟空が首を傾げる。
「ん〜、サルにはちょっと早かったかぁ・・・」
「子供って・・・・あのぷくぷくしてふにゃふにゃの奴?」
「ぷく・・・?ふにゃ・・・・ああ、赤ん坊のことか。まぁ、それのことだな」
 あまりの表現に悟浄は苦笑する。
「いらない!」
「へ・・・?」
 あまりの即答に一瞬悟浄は言葉を忘れる。
「だってさ、あいつらってすっげー弱っちくて、触っただけで壊れそうなんだもん。
 あんなのいらない」
「さいですか・・」
 悟空にとって赤ん坊というのは未知の生命体に近いものがあるらしい。
 まだまだお子様なのだ。
 そんな悟空に問いかけた悟浄が間違いだった。

「でもさ・・・。あいつらってすっげーいい匂いするよな」
「おい・・・お前まさか、喰うつもりじゃ・・・」
「違うって!そうじゃなくてさ!・・・あいつら見てると何かふわふわしてくるって
 いうか・・・くすぐったくってあったかくなるっていうか・・・そういうのはすげーって
 思うけど」
「・・・・・ふ〜ん・・・」
 確かに赤ん坊には不思議な力がある。
「三蔵にもあんなときがあったのかなって思うと怖いけど・・・」
「ぶっ・・・」
 思わず噴出してしまった悟浄を誰が責められよう。
「ちょっとうらやましくなる」
「・・・何が?」
 問いかけに悟空は不思議な笑みを浮かべた。


「オレは違うから。石から生まれたオレにはたぶん、赤ん坊の時って無かったと
 思うからさ。だから・・ちょっとうらやましい」
「悟空・・・」
「いいよな、悟浄にも八戒にもあったんだよな、赤ん坊の頃・・・」
 悟空が夜空を見上げる。

「想像すると不思議っていうか変な感じだけど・・・悟浄が言ったのとは違うかも
 しれないけど・・・」
 悟空が天に向かって手を伸ばす。

「三蔵も、八戒も・・・悟浄も、みんなぷくぷくふにゃふにゃして・・・」
 悟空は何か大切なものを抱くように、腕をからませる。
「でもきっと三蔵は三蔵で、八戒も八戒で、悟浄も悟浄で・・・」
 支離滅裂な言いようだが、意味はわかる。





「三人みたいな子供なら・・・欲しいかな、て思う」

 そう言って浮かべた笑顔は慈愛に満ちた『母』の顔だった。




「・・・・・・、・・・・・」
 悟浄はしばらく言葉を無くし、何故か赤面した。































 家にたどり着いた二人は、予想通り待ち構えていた八戒に出迎えられる。
 悟空はもちろん叱られたのだが、何故かとばっちりが悟浄まで。

 それでも不思議と、上機嫌な悟浄なのだった。












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こういう修羅場?みたいなのって絶対に悟浄にはあると思うんですよ。
いくら商売女ばかりが相手とは言っても彼女たちも人間。
やっぱりいい男が居れば、惚れる。
(ここでいい男が誰か突っ込まないように/笑)
でもね、『これ』が欲しい、ていうのは悟浄にとっては最大に否定されることで
自分の遺伝子を継ぐ、ていう存在が耐えられない。
そこが悟浄のトラウマ。
肉体的には大人でも精神的にはまだまだお子ちゃまですね(笑)
しかし、悟空は大人だ・・・(笑)






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