天界の「時」は、ゆっくりと留まるように流れる。
 
 自分が果たしてどれほどの「時」を生きてきたのかはっきりと自覚している天界人が
 どれほど居ることだろう・・・・。
 いや。
 そんなものを気にしていては、この「時」は生きることは出来ないのか・・・。
 ・・・・・・・それとも生きていないのか・・・・・・・・
 
 ただ息をし、手足を動かし、心臓を動かし。
 けれど心は凍ったまま。
 緩やかに凝る「時」を・・・・・・・・・・・・・過ごす。























 ガッシャーんッ!!!!









「・・・・・・・・・」
 思考を打ち破った騒々しい音に、金蝉の額に血管が浮き出た。









 ドタタタタッ!!!!ガゴッ!!めきしッ!!

 バッターンッ!!!

「こんぜーんっ!!!」
 勢いよく、聖なる執務室に飛び込んできた茶色の物体。
 ・・・・その物体は金蝉にタックルをかますと、もろともに後ろへひっくり返った。









「・・・・・・の・・・・・・・・バカ猿がぁぁっっ!!!!!
 どげしっ。
 ・・・と見事な音をさせて金蝉は茶色の物体に鉄拳制裁を与えた。

「・・・ってぇ〜〜っ!!何すんだよ、金蝉っ!!」
 茶色い物体・・・いや、金蝉の養い子・・・悟空はあまりの痛さに頭に手をあてて
 涙で潤んだ眼差しで抗議の声をあげた。
「うっせぇっ!!お前は廊下の一つも静かに歩けんのかっ!!」
「だってっ!!・・・・綺麗な花があったから金蝉にあげようと思って・・・そしたら、
 足に壷がはまって取れなくなって・・・・構わず走ってたら割れたんだもんっ!!」
「構えろっ!」
 支離滅裂な悟空の言にずきずきと痛む頭を押さえる。
「・・・・で、その花とやらはどこにいったんだ?」
 金蝉にタックルをかました時にはすでに持っていなかったような気がする。
「え・・・・あれ???・・・あれっ!?」
 盛んに自分の両手を交互に眺めて、首をかしげる悟空。
 ・・・・・自分でもわからなくなったらしい。

「・・・・・・・バカ猿・・・・本気でバカだな、お前は」
 あまりの悟空のぼけ様にがっくりと肩を落とした金蝉は立ち上がる。




「あ・・・・・・あぁぁぁぁっっ!!!!!」
 途端に悟空が何かを指差し、大声をあげた。
「だから・・・うるせぇつて言ってるだろうがっっ!!!!」
 そんな叫び声をあげる金蝉も十分煩いのだが、そんなことは本人眼中に無い。
「だってぇっ!!金蝉の下・・・・・・・・・・・つぶれてるぅぅっっ!!!!」
 うわーんっ!と子供特有の高い声で泣き出した悟空。
 見れば、確かに・・・・見事に押しつぶされた花があった。
 ・・・・・どうやらタックルをかました時に見事に二人の下敷きになったらしい。
 金蝉がそんなことを確認している間も悟空はわーんっとわめきつづける。


 いったい何がそれほどショックだったのか?
 花ならまた摘んでくればいいことだ。












「せっかく、焔にもらったのにぃぃぃぃっっっ!!!!」









 ぷち。

 どこかで、何かが、確実にちぎれる音がした。





「知らねぇ奴に物貰ってくるなと言っただろうがっ!!」
「焔は知らなくないもんっ!知ってるもんっ!!」
「知ってても貰ってくんじゃねぇっ!!!」

 物騒で禍禍しい・・・とても天界人とは思えぬ気を持つ焔。
 近頃、何故か悟空に急接近していて金蝉は警戒を強めていた。
 その心情は、手塩にかけた娘に見知らぬ虫が近づいたがごとく。
 もし、焔が目の前に居れば、金蝉は迷わず「おととい来やがれっっ!!」と叫んで
 塩をまいていたことだろう。
 ・・・もっと過激に追い返すかもしれない。


「金蝉の・・・・・・・・けちっ!!」
 そんな金蝉の複雑な心の内を知らず、悟空はそうのたまった。
「・・・・・・・っ(怒)」
 すねてぷいっと明後日のほうを向いた悟空を金蝉は眉間に皺を寄せて睨みつける。
 
「・・・・・」
「・・・・・」
 両者無言で意地の張り合い。
 
 
 けれど5分も経たないうちに悟空の茶色の髪が前後に力なく揺れ出した。
 悟空の怒っていた顔が・・・・だんだんとしおれてくる。
 金蝉のほうをちらりとうかがう悟空。
 
 まるで、それは飼い主に叱られた子犬のように。

 はぁ、と金蝉は内心で吐息をついた。
 

「・・・・・・怒った?金蝉・・・」
 小さな体をさらに小さくして金蝉の様子を見上げる悟空に金蝉は背を向けた。
「・・・・・・っ!金蝉っ!!」
 
 後ろを見なくても、今の悟空が泣きそうになっているのがわかった。
 金蝉のぐにもつかない一挙手一投足に過敏すぎるほどに反応をかえす悟空に
 ・・・・・金蝉は胸がつかまれたように苦しくなる。

 つらいのでは無い。
 むしろ。
 これは・・・・・・・・・・。



 喜び。

 この小さな・・・・けれど輝きに満ち溢れた魂・・・・・悟空を独占しているという喜び。



「・・・・来い」
 立ちすくんだまま動けずにいた悟空に金蝉を手を差し出した。
「・・・・・・・?」
「・・・代わりの花を摘んでやる」
「!?・・うんっ!!」
 
 重なる小さな手。
 ・・・・カシャン、と鳴る耳障りな音が金蝉を不機嫌にさせる。

「?・・・金蝉?」
「ああ。何でもない」

 何でもない。
 このぬくもりが傍にあるなら・・・・。
 


「金蝉」
「何だ?」
 見下ろすときらきらと光る金色の瞳が喜びをあらわに金蝉を見上げていた。

「金蝉、大好きっ!」
 一点の曇りもない、純粋な感情。
 ・・・・・・自分のものとは全く違う・・・・・。

 そして、誤魔化すように悟空の頭に手を当て、くしゃりと髪をかき混ぜた。
 単純に喜ぶ悟空。

 
 

 



 天界に流れる時はゆるやかなはず・・・・だった。
 
 だが、悟空に出会ってからの、目まぐるしい日々の生活。
 時が流れるのが早ければ早いほど・・・・・・・・・・終りも近づくのが早い。

 
 いつか、きっと・・・・・・来るだろう終焉の日。
 

 だが、それまではこの満たされた日々は続く。
 もう倦怠に腐れた日には戻れない。
 ・・・・・戻ろうとも思わない。

 



「悟空」
「なぁに?」
 お前は生きて生きて・・・・・・生きつづけろ。
 
「バカ猿」
「っ!猿じゃねぇっ!!」
 



















 それは最後に見た優しい夢。


















         悟空・・・・・愛している











  











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◆あとがき◆

・・・・・暗い・・・暗すぎる・・・・
あまり胸が切なくなるような小説は好きじゃないんですが・・・
たまには・・ということで許してやって下さいませ。

金蝉の最後の心の声が聞きたい方は・・・『独占欲』参照。





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