それは幼く、稚拙な恋だった。

だが、何よりも真摯で、純粋で

だから

それは確かに 『恋』 だったのだ。





























 ふと、自身の名を呼ぶ、聞き覚えのある声に振り返った。
 

「ナタクっ!!」
 そこにはやはり自分のよく知った奴が居た。
「悟空」
 大きく手を振りながら悟空が廊下の端から駆け寄ってくる。
「もう!やっと見つけた!」
 そう言った悟空はもう放さないぞ!とばかりに俺の裾を掴んでくる。
「何だ、探してたのか?」
「朝からずっと!忘れたのかよ!・・・・一緒に魚釣りに行くって約束したの・・・」
 しゅん、と悟空が頭を垂れてしまう。
 直前に俺の目に入ってきたのは今にも涙が零れ落ちそうな悟空の涙だった。
「ごめん、悟空。忘れてたわけじゃないんだ。ただ、どうしても天帝のクソじじぃが呼び
 出しやがって・・・・悪かったな、悟空。伝言頼んでおけば良かった」
 だが、たとえ傍つきの女官に伝言を頼もうとも悟空には決して届かなかっただろう。
 自分たちの周りの人間は誰も彼も俺たちが親しくなることを嫌がっている。
「・・・本当?」
 悟空がおずおずと見上げて来る。
「本当だって。だからさ、今から行こうよ?」
「今から・・・・?」
「駄目なのか?」
「う・・・・・」
 悟空が考えるそぶりで眉間に皺を寄せる。
 今から釣りに出かければ悟空に架せられた門限は確実に破ることになる。
 悟空は保護者である金蝉童子から夕日が沈む前には戻ってくるようにときつく
 言い含められているのだ。
「大丈夫、ちょっとくらいなら許してくれるって」
「・・・・そうかなぁ?」
「そうだって」
 悟空は純粋で人を疑うことを知らない。
 金蝉童子は悟空が門限を破れば、怒るだろう。
 手間をかけさせやがって・・・・と。
 だが、それは裏を返せば『心配していた』ということなのだ。

 悟空には心配していくれる人間が居る。


「じゃ、行く!」
 暗く沈んでいく思考を浮揚させたのは悟空の笑顔つきの一言だった。
























「うわっ、すっげー遅くなっちゃった!金蝉怒ってるだろうな〜〜〜」
 メシ抜きかもと悟空が肩を落とす。
 予想通りというか何というか、やはり門限は過ぎてしまった。
 しかも夕日どころか空にはすでに星が瞬いている。
「そん時は俺のところに来いって。何か食わしてやるからさ。門限破りさせたのも
 元はといえば俺のせいだからな」
「そんなこと無い!・・・へへ、でもありがとう、ナタク!」
 悟空は釣った魚を入れたバケツを片手で提げながら満面に笑顔を浮かべた。

 俺にとっては魚釣りよりも何より・・・悟空の傍に居ることが楽しかった。
 いつもへの字に曲げている口だって悟空と一緒に居れば自然に笑顔を浮かべる
 ことができる。

「また・・・・魚釣り行こうな」
「うん!絶対!やくそくーっ!」
 悟空が天ちゃんに教えてもらったのだと、俺の小指に自分の小指をからめて
 『ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーますっ!』と意味不明な呪文を
 唱える。
 天蓬元帥直伝というあたり、かなり不気味だと思ったが唱え終わった後も何か
 異常事態が発生した様子も無かったので大丈夫だろう・・・たぶん。

 俺たちは互いの宮への分岐点で立ち止まった。

「じゃ、またね。ナタク!」
「ああ、また・・」
 近いうちに悟空と会えるといい。
「おやすみーっ!」
「おやすみ!」
 悟空は後ろを振り返り、手を振りながら駆けていく。
 俺はそれをずっと見送りながら・・・

 ため息をついた。



「悟空・・・」
 初めて出来た、ただ一人の俺の友人。大切な友達。
 一緒に居るだけでいいのに。
 それだけで十分なのに。































「お・・・・?」
「何だ、どうした二郎神?」
 不可思議な声をあげた二郎神に観世音は蓮の池から視線を移した。
「いえ・・・今、ナタク太子の目から涙が零れたような・・・・」
「はぁ?」
 観世音が全ての感情、感覚を閉ざしてしまったナタクを見るがどこも変わった
 様子は無い。
「あ、いや・・・・・おそらく気のせいでしょう」
「・・・・・・。わからねぇぜ?案外本当に泣いてたりしてな」

 だが、例えそうだとしてもそれを止めることが出来る奴はもう天界には居ない。
 記憶を奪われ地上へ落とされた。


「・・・・・哀れだな」
 池に視線を戻した観世音の顔には何の表情も浮かんではいなかった。














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初めて、例のあの場面で悟空はナタクに
自分の名前を告げたわけで、こんな日常が存在していた
はずは無いんですが・・・それはナタクの夢ということで(笑)



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