−金蝉−
「よぉ、久しぶりだな」 この世に存在するモノは入れない、『還りの宮』。 観世音菩薩は、そこで久々の、なつかしい憮然とした表情をにやにやと笑いつつ 眺めていた。 「・・・何の用だ・・・?」 さらに眉間に皺を寄せ、金蝉は尋ねた。 「ご挨拶だな。久しぶりに寂しくしているだろう甥を訪ねてきてやったというのに」 「・・・笑いにか?」 「ふふふふふ・・・」 金蝉は殺意を覚えた。 あの、忌まわしい事件。 ・・事件、などという言葉では到底おさまりのつかないそれの結果。 金蝉はここ、『還りの宮』に入ることとなった。 そこは、永遠の命を持つ天界人にとって終焉の地を意味する禁忌の宮。 はっきりいえば・・・・牢獄なのだ。 存在していても、『存在していない』 見えていても、『見えていない』 確かに己ではここに『在る』はずなのに、無い。 今の金蝉はそんな『モノ』。 「実はお前の処遇が決まってな。伝えに来たのさ」 「・・・やっとか」 「くくっ、天界の奴らにしちゃぁ早いだろ?」 たった500年足らずだ。 永遠とも思える天界人にとっては瞬きするほどの時。 「・・・・で、完全に抹消か?」 「まさか」 観世音が笑う。 「下界に転生が決まった」 金蝉は驚きに目を見開いた。 「あいつらの言うことには下賎な下の世界に転生させることを罰として与えよう、だと」 「・・・・・・・」 観世音は完全に面白がっている。 何しろ、金蝉にとって下界に転生することは罰どころか・・・・。 「・・・漸く、会えるぞ?」 「・・・・・黙れ」 むすっとした金蝉の顔、けれど先ほどとは格段に纏う空気が和らいでいた。 「くくっ、相変わらず素直じゃねーな。まぁ、いいがな・・あいつも500年寂しく 待っているんだろうし・・・・早く見つけてやれよ」 「・・・・・・」 言われるまでもない、と言ったところか。 「で、だ。俺がここに来たのはそれだけを伝えに来たわけじゃない。下界に転生する 可愛い甥にせめてもの餞別をくれてやろうと思ってな」 「・・・・どうせろくなものでは無いんだろう」 「おや、心外だな。珍しく、この天界の観世音菩薩が願いごとを聞いてやろうと 言ってるんだ。遠慮はいらんぞ?」 「・・・・・・・・本気か?」 「ああ、もちろんだ」 疑わしい眼差しを向けてくる金蝉に、観世音はよく見せる「にやり」とした人の悪い 笑みではなく・・・まさに慈愛を司る神に相応しい微笑を浮かべた。 「ならば・・・・・」 「ならば?」 「・・・・・誰にも劣ることの無い、体力と力を」 「・・・・・・」 甥の願いに、しばし観世音は沈黙し・・・・・次第に肩が奮え、くるりと背を向けた。 その背中も小刻みにゆれ、観世音は両手で口元を押さえこんでいる。 ・・・・それは爆笑するのを我慢している姿に他ならなかった。 「笑うな!」 ・・・と言われれば言われるほどに、おかしさが募るのは世の常。 観世音は酸欠で昇天してしまいそうだった。 「仕方ないだろう!この体は貧弱で・・ろくに走れもしない。体力も続かない。 こんな体では例え、転生しても・・・・また同じことだ」 また、何も出来ずに・・・・大切なものを失ってしまう。 そんなことは、一度だけで十分だ。 「わ・・わかった」 何とかそれだけを言葉にした観世音は・・・・まだ笑いがおさまらないらしい。 ちょっと待て、と手振りで示しながら目元に滲んだ涙をにぐいつつ腹を押さえている。 金蝉は不機嫌な顔をさらに不機嫌にした。 「・・・てめぇの体力はよぼよぼのじじぃ並だったからな・・・・・ぐふっ」 噴出すのを我慢できなかったらしい観世音に、金蝉は殺意を覚えた。 そのまま笑い続けること、約10分。 深呼吸してやっと落ち着いた観世音は、金蝉に向き直った。 「体力と力、それでいいんだな?」 「・・・ああ」 もう、何だかどうでもいい気分になりかけていた金蝉だった。 ・・・・・よくぞ、今まで我慢した。 「では、その願い。観世音菩薩の名にかけて聞き届けよう」 「三蔵は鬼みてーに強いんだからなっ!」 悟空が叫ぶ。 だから、守る必要など無いのだと。 「ふふ・・・・金蝉。本望だろう?」 天界の片隅で、そっと笑う神が居た。 |
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>中書き<
ちょ・・ちょっとした息抜きということで。
しかし・・金蝉、あんた本当に体力無さすぎですよ・・・