それは三蔵一行が西方に旅立つ少しばかり前に時は遡る。
 八戒と悟浄は時折、悟空に会うために寺院に出かけ、悟空も八戒のおいしいおやつを
 もらうために八戒の・・・もとい悟浄の家へ行き来する・・・そんな日々が送られていた頃。


 世にも恐ろしい椿事はその穏やかな日々のある一日に起こった。


 
「おや?・・・・確か買っておいたと思ったんですが・・・困りましたねぇ・・・」
 冷蔵庫を覗いて八戒がぽつりと呟いた。
「なになに?どうしたの?」
 八戒の手作りおやつを心待ちにしてやって来た悟空がその声を聞きつけて現れる。
「ああ、悟空。ミートパイを作ろうと思って昨日、お肉を買ってきていたんですが・・・・
 何故か無くなっているみたいなんです」
「え・・・じゃぁ・・・今日はおやつ無し?」
 じわわ・・・と悟空の金色の瞳に涙が浮かぶ。
「いえいえ大丈夫ですよ!今から買いに行けばすぐにできますから、心配しないで、ね?」
 
(・・・・考えられる犯人は悟浄ですね・・・)
 たぶん、昨夜遅く帰ってきた悟浄が夜食の一つにでも使ったに違いない。
 帰ってきた気配を感じたものの何も用が無かったことで、放っておいたのが間違いだった。
 八戒は笑顔の奥で悟浄へのお仕置きを考えつつ、町へと買い物へ行く準備をする。

「なぁ、八戒」
「何ですか?」
 それを横で見ていた悟空がとてとてと八戒に近づく。
 後ろ髪が跳ねる様子が子犬の尻尾のようでとても愛らしい。
「オレもついて行っていい?」
「ええ、いいですよ。それじゃあ一緒に出かけましょうか?」
「うんっ!」
 悟空は笑顔で頷く。
 町には食べ物がたくさんある・・・・・けれど三蔵に『一人で町に行くな』と厳しい顔で
 約束させられているのだ。

「それじゃあ、今日は日差しがきついですからこれを被って下さいね」
 八戒がにこやかに笑って悟空の頭に乗せたのはピンクの白いリボンがついた麦藁帽子。
 いつか悟空に・・・と思い、密かに用意していた一品である。
「へへ〜vv」
 悟空は帽子のつばに手を当て、無邪気に喜ぶ。
 その様子にますます八戒は笑顔を深くして・・・

(・・・まぁ、悟空とお出かけできますし、悟浄のお仕置きは少しばかり大目に見ましょう
 かねぇ・・・・)
 

「では、出かけましょう♪」
「行ってきま〜す♪」
 八戒と手をつないだ悟空は家の入り口で誰も居ない家へばいばいと手を振った。








*******************



「うわ〜〜〜」
 悟空は見るもの全部が珍しくて、きょろきょろと視線をうろつかせながら歩く。
 そんな悟空を上手く誘導しながら目的の肉屋へと進む八戒。
「ほらほら、よそ見していたら転びますよ」
 と言う間に悟空は転がる石につまづきかける。
「っと・・・ほらね」
 傾ぐ悟空の体を受け止めて八戒が『駄目ですよ?』と片目をつむる。
「ごめん・・・・ありがと!」
「いえいえ、怪我が無くて何よりです」
「へへっ!」
 

 そして、二人は目的地=肉屋へと辿り付く。
 そこは八戒ご愛用の肉屋である。

「こんにちわ〜」
「へいっらっしゃいっ!!」
 少々小太りのオヤジがもみ手をしながら現れた。
「こちらのお肉を5キロほどいただけますか?」
「毎度ありがとうございますっ!」
 半端じゃない量を頼む八戒に驚いた顔も浮かべず、笑顔のままで受け答えする店主。
 その主の笑顔が・・・・・・・固まった。
「・・・・?」
 (どうしたんでしょうねぇ・・・??)

「あ・・・あんたその子は・・・・・・」
 何か信じられないものでも見たように悟空を指差す店主。
 その指はふるふると震えている。
「はい?」
「なに、八戒?」
 悟空もわけがわからず八戒を見上げる。


「・・・・・悪いが、他のところで買っとくれ」
 ふっと笑顔を収めた店主はそれだけ言うと口を一文字に閉じた。
 突然のこの豹変。
 いったい何が起こったのか?
 ・・・・どうやら悟空に関係ありそうなのだが・・・。

「あの・・・どうしてなんでしょうか?」



「・・・・・・。・・・・・うちは先祖代々由緒正しい仏教徒だ。
 金目の子供なんかに肉は売れねぇっ!」



 八戒と繋いでいた悟空の手が固まった。
 慌てて悟空を見下ろすと、そこには顔をうつむかせた悟空。
 表情は麦わら帽子で隠れて見えないが・・・震える肩が痛々しかった。
 ここで店主を懲らしめるのは容易い。
 だが、それは余計悟空を悲しませることになるだろう。

「・・・・わかりました。他の店で買わせていただきます」
 鉄面皮の笑顔というのも珍しいが、八戒は怒りを内に押し隠し悟空の手を引き、
 一刻も早くとその肉屋を後にした。







「・・・・・・悟空?」
 他の肉屋へと歩いていた八戒は突然立ち止まった悟空に声をかけた。

「・・・・・ごめん、なさい」
 今にも泣き出しそうな震えた小さな声。
「悟空?」
「・・・・・オレが・・・・・オレがついて来たから・・・・・」
「・・・悟空」
 あの店主の言葉がどれほど悟空を傷つけたか。
 八戒はその傷に胸が痛んだ。

「・・・・・ごめん」
「悟空!」
 それ以上聞きたくなくて八戒は小さな悟空の体を抱きしめた。
「・・・僕こそごめんなさい」
「八戒・・・?」
「嫌な場所へ連れてきてしまって・・・・」
 貴方を傷つけてしまって・・・。
「・・・ううん。・・・・大丈夫だよ・・・オレ・・・・・・・・寺に居たらよく言われるし・・・・」
 言われ慣れているからと言って平気だと、どうして言えよう。
 ・・・・言われ慣れているからこそ、つらいことだってある。

「・・・本当に、・・・・ごめんなさい、悟空」

 












「おう〜!何してんだぁ?」
 そんなシリアスな場面に能天気な声がかかった。


 八戒と悟空は声のかかった方向を振り向く。
 そこには暢気に手を振る悟浄の姿。


「・・・あ、何だ?」
 何やらただならぬ雰囲気に悟浄は一歩後ろへ引いた。

「・・・・何でもねぇよ!」
 悟空は八戒の腕から抜け出すと近寄る悟浄にあっかんべーと舌を出した。
「はん、生意気じゃねぇか、小猿ちゃん♪」
「サルじゃねぇっ!!」
「・・・んで、何しに来たのよ?」
 悟空をなだめつつ、視線を八戒へと向けた悟浄が尋ねる。
「いえ、ちょっと足りないものがあって買出しに来たんですけど・・・・ね」
「足りないものぉ?」
「ええ。・・・・お肉ですよ、悟浄が食べてしまったね」
「・・・・・あー・・・・それは・・・・・そのー・・」
 藪をつついて蛇どころか、鬼を出してしまった悟浄である。
「・・・すみません」
 とりあえず、素直に謝る。
「ええ、謝ってください。思う存分、悟空にね」
「は・・・・?」
「一応、罰としてお肉10キロよろしくお願いします。僕と悟空は帰って待ってますから」
「・・・10キロ持って帰んのかよ・・・・・・お金は?」
「悟浄のポケットマネーでよろしくお願いします♪」
 にこやかに笑顔で八戒。
 しかし・・・短いとはいえない付き合いの悟浄。
 八戒が静かに、普段に無いほど怒っているのがわかった。

「・・・・・謹んで買わせていただきます」
 肉10キロが自分の命と引き換えというのなら安いものである。











*********************




 さて、泊まりに来た悟空が八戒の豪華フルコースの料理を思う存分食べ尽くし、
 寝静まった頃。
 悟浄と八戒はキッチンで向かいあって・・・・・ボトルを空けていた。

「・・・・はぁん、なるほど。そんなことがあったわけか」
 昼間の様子の違った二人の経緯を教えられた悟浄がなるほどと頷く。
 だが、口元に笑みを浮かべつつも悟浄の目は笑っていなかった。
 悟浄にとってさえ、悟空は『特別』なのだ。
 その『特別』が言われもない、くだらない非難を受けて面白かろうはずがない。
「そう、あったわけです。その原因の何割かは悟浄にあることを忘れないで下さいね」
「・・・・・はい」
 冷や汗をたらしつつ、グラスに口をつける悟浄。
 本日の八戒はどこまでも怒り続けている様子。

(マジこえぇ〜〜〜)


「・・というわけで、僕はちょっと出かけて来ます」
「・・・・は?どこへ?」
 何が、『というわけ』なのか悟浄にはわからなかったが八戒は椅子から立ち上がり、
 グラスに満ちる酒を飲み干した。
 もちろん、ザルどころかワクの八戒はその程度で酔いはしない。

「そんな・・決まっているじゃありませんか。『し・か・え・し』・・・ですよ♪」
 
 (いや、そんなさわやかに言われても困るんですけど・・・)

 悟浄は口に咥えていたハイライトが床に落ちたことにも気づかず、腰をひく。
 八戒が本気で怒っている。
 ほとんど口で相手を陥落させてしまう八戒が行動に出ようと言うのだ。
 
「では、行ってきますから留守番よろしくお願いしますねv」
 どこまでもにこやかに八戒は扉を出て行った。
 けれど、緑眼に浮かんでいた文字は間違いなく『殺』。


「き・・・・・気をつけてな・・・・」
 悟浄はぎこちなく手を振り、見送った・・・見送るしか出来なかった。








*********************




 それから2,3日後。
 
 
 町に遊びに(稼ぎに)出てきた悟浄は何の気なしに、あの肉屋の前を通りがかった。
 正確には・・・・・・・・・・・・あったはずの場所へ。


「・・・・・・。・・・・・・・」
 肉屋があった場所に、今は何も無かった。
 肉屋の建物も・・・・残骸も・・・草木さえも。
 そこには剥き出しになった灰色の土だけが残っていた。
 ・・・・まるでそこには、はじめから何も無かったかのように。

 
 しばし言葉も無く突っ立つ悟浄。
 そしてぽつりと呟いた。























「・・・・・・俺、ぜってー八戒だけは怒らせないようにする・・・」
 もはやそれは誓いだった。












++++++++++++++++++++++++++++++++++++
■ あとがき ■

こうして八戒の恐ろしさは悟浄に刷り込まれていくのでした(笑)
何だか、悟空が可哀想だったかも・・と後悔の御華門。
でもその後できっと八戒や三蔵のフォローがあったのは
間違いないのでよしとしておこう・・・と自分をなぐさめる(爆)



【BACK】