挿話4  契 機











 そいつを始めて、目にした時。
 新入生だと・・・そう確信していた。
 相手がたとえ、教卓に立って・・・・・


「俺、孫悟空!皆よろしくな!」
 と体育の担当教師だと名乗ってもただの冗談だと思っていたほど。





 そいつは大学出たてで、まだ何も知らないペーペーの新米教師。
 それがいきなり2年の担任で・・・正直勤まるのだろうかと、がらにもなく不安な
 感情を抱いてしまった。

「えーと、あんたが・・・三蔵?」
「・・・そうだ」
 名簿を見ながら確かめている。
「よろしくな!俺、悟空!」
 まるで教師らしくない、中坊のような顔で、無邪気な笑顔を浮かべた。
「・・・・・」
「三蔵の髪、綺麗だな!きらきらして太陽みたいだ!」
 にこにこにこ。
「・・・・・・・」
 にこにこにこ。

 ・・・・・・・・・・・こいつは馬鹿だ。絶対に間違いない。
 こんな奴がどうしてここの教師になれたか、たぶん近い将来、七不思議に仲間入り
 することは想像に難くなかった。




 それが『孫悟空』との最初の出会い。
 そして・・・俺の静かな学園生活の終焉。





















「ほら!いっちに!さんっし!ちゃんと柔軟体操しておかないと怪我するんだからな!
 そこっ!!さぼんなよっ!!」
 珍しく教師らしい言葉を並べつつ、悟空は体育の授業をすすめる。

「あれー、三蔵?・・・もしかしてすっげ・・・体、固い?」
 生徒たちの間を歩きながら指導していた悟空がふと、三蔵のところで立ち止まる。
「・・・・・・・・知るか」
 三蔵の返答に首を傾げた悟空は・・・・・・・・



 ぐぁきっぼぉきっっ!!!



「・・・・・・・・・・・あ」
「・・・・・・・・・(汗)」
 座って前屈をしていた三蔵の背を思いっきり押した。
 介助をしていた生徒は汗を垂らして背後へ下がる。
 
「あー・・・・・三蔵、大丈夫か?」
「・・・・・・・」
 三蔵は前屈の姿勢のまま・・・首だけを悟空に向けた。
 その顔に浮かぶのは読み間違えることもない「怒り」の表情。




「こぉの・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿サルがぁぁっっ!!!!



 バシィィィンンッッッ!!!

 悟空の後頭部にハリセンが炸裂した。

「いっ・・・・・いて〜〜〜っっ!!!」
 悟空が頭を押さえて涙目で抗議する。
「叩くことないじゃんっ!オレ、手伝っただけなのに!」
「うるせぇっ!!てめぇは俺を殺す気かっ!!あぁっ!?」
「だから、ごめんって!オレ、三蔵がそんなに体固いって知らなかったから・・・・三蔵て
 体なまってんじゃねーの?それとも老化かなぁ?」
 謝っただけで済ませばいいのに、一言どころか二言も三言も多い悟空は再び、三蔵の
 怒りのハリセンを二発、三発と容赦なく叩き込まれる。


 周りはそんな二人の漫才を見ないふりで真面目に授業を続けるのだ。
 ・・・そう。
 この二人のやりとりはすでに恒例となり、改めて見物するのも馬鹿馬鹿しいほど
 毎日行われていた。
 クールビューティ、アイスドールと皆に遠巻きにされ畏怖されていた三蔵も、その仇名を
 呟かれなくなって久しい。それもこれも全て悟空が居るがため。
 悟空と居るときの三蔵は感情豊かで・・・専ら怒りがそのほとんどを占めるが・・・
 とても以前の三蔵とは思われぬほどだった。
 ・・・・それを本人が自覚している否かは定かではなかったが。





















「江流、最近楽しそうですね。お友達でも出来ましたか?」
「・・・・・・・・・・は?」
 いつものように朝、登校する前の玄関先で三蔵は養父の光明に声をかけられた。
 ・・・がいつもならばすぐさま即答する三蔵も言われた内容のわけのわからなさに
 咄嗟に言葉が浮かばなかった。

「楽しいのはいいことです♪ようやく三蔵にも春が来たんですね〜」
「・・・・・・・・・・」
 何やら一人で想像たくましく幸せにひたりだした光明に三蔵は対抗する術はない。
 否定しても・・・『またまた、そんなことを言って。私にはわかっているんですから♪』とか
 何とか言われて煙に撒かれることは間違いない。
 
 だから。

「・・・・・行って参ります」
 いつものように挨拶するだけに留めたのだった。


「お友達によろしく、江流♪今度、遊びに連れてきて下さいねv」
 いたって楽しげで喜んでいる様子の光明に・・・・・

 ・・・・きちとんと否定するべきだったかもしれないと後悔した三蔵だった。





















 そして、屋上。
 久しくサボっていなかった体育の授業をすっぽかして三蔵はここに居た。

 ・・・・・別に光明の言葉を気にしたわけではない。
 ただ、何となく。
 さぼりたかっただけだ。

 そう自分に言い訳して、三蔵は高校生ながら胸ポケットからマルボロを取り出して
 大気に煙をくゆらせる。
 


「・・・・・ふん、馬鹿馬鹿しい」






「なーにがっ?」




「・・・・・・っ!?」
 誰も居ないと思って呟いた言葉に返事をかえされ、三蔵は煙にむせそうになった。
「三蔵、みーっけ!」
 『みーけっ』てお前・・・・・本当に教師か?

「・・何か、用か?」
「今の時間は?」
「・・・・・・・・・・体育の時間だな」
「わかってんじゃん!だったらさぼらずに出ろよなーっ!」
「出ようと出まいと俺の勝手だ。高校なんて義務教育じゃねぇんだからな」
「ダメっ!」
 三蔵のある意味、理に叶った言い訳に、しかし悟空は即答で否定した。
「・・・おい」
「三蔵は絶対に出ないとダメなんだっ!」
「・・・・・・・・」
 何故、そこまで強制されなければならない?
 元来、人に強要されるのを死ぬほど嫌う三蔵の反骨精神?がむくむくと顔をもたげる。

「俺の勝手だと言っただろうが」
 視線に殺気をこめて言い放つ。

「でもダメ!俺が嫌!!」
「・・・・・は?」

「三蔵が居ないとつまんねーじゃんっ!」
「・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 何だ、その理由は?
 『授業は真面目に受けるもの』だの、『単位が取れなければ卒業できない』だの・・・・
 そんな建前的な理由ではなく。

 『自分が』嫌だと?


「・・・・・・・・・・・・馬鹿か、お前は?」
 思わず呆れたように言い放つ三蔵に悟空は笑みを浮かべて答えた。






















「だって、オレ。三蔵が好きだからなっ!」

 








「・・・・・・・・・・。・・・・・・・・」
 絶句。
 口から煙草がぽろりと落ちた。

「あ!ダメじゃんっ!ちゃんと灰皿に捨てろよっ!」
 ・・・・注意するべきはそこじゃないだろう?
 脱力感でいっぱいになりながら三蔵は心の中で突っ込んだ。

 そして。
 開きなおった。
 


 どうせ一年間はどうあがいたってこいつと付き合うしないんだ。
 避けたって追ってくるなら、追わせるまでだ。
 こいつが飽きるまで。
 こいつが俺を見捨てるまで。
 存分に逃げてやろうじゃないか?


「悟空」
「先生!」
 自分より幼い顔をして『先生』も無いものだが。


「膝貸せ」
「え?」
 答える暇を与えず、三蔵は立っていた悟空を座らせ、その膝の上に頭を預けた。
「・・・・・三蔵!?」
「寝る。起こすなよ」
「え、う、うん・・・・・・・・・・・・・・て違う!」
 思わず頷いてしまった悟空は慌ててここへ来た目的を思い出して否定するが
 三蔵の目を固く閉じられたまま。
 どうあっても開く気は無いらしい。




「・・・・・・・・・・・・っもう!」
 悟空は一瞬、ぷ〜っと頬を膨らせ・・・・・・・くしゃりと笑った。
 それは、まるで悪戯子を見るような慈愛に溢れた・・・・そんな笑顔。

「次はちゃんと出ろよな!」

 返事はかえらない。
 でもきっと。
 次は出てくれるだろう。

 そう、悟空が信じているから。





 そして。真実。
 三蔵は・・・・・・・・・・・・『・・・・出てやるか』なんて思っていたりする。

 案外、光明の言葉は的を射ていたのかもしれない。






 青空の下。
 三蔵は深い眠りに落ちていった。















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×××あとがき×××

久しぶりの疾風怒濤、番外編です!
お待ちかね?の三蔵と悟空の出会い編です♪
こうして二人は愛を育んでいったんですね〜(笑)
・・・焔に奪われるけど(爆笑)

さて、次回の挿話5あたりでこの番外編も終了しようかな・・?
と思うのでうが如何でしょう?
まだ何方かの番外編をご希望でしたら掲示板へどうぞv


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