挿話 3 団 欒
「突然の不幸」 そう 不幸というものは突然にやってくるのだ。 |
「孫悟空くん!!」 校庭で友人たちと遊んでいた悟空は鬼気迫る担任の声に身を固めた。 「・・・せん、せい?」 小学四年になった悟空は幼く可愛らしい顔をきょとんとさせて見たことも無い担任の 形相に少しばかり怯えた。 「すぐにお家に帰りなさいっ」 余程急いでいたのか担任の鼻息は荒い。 「どうして??」 悟空はまだまだ皆と遊んでいたかったのだ。 放課後のこの時間は誰に邪魔されることもない自由時間。 友達と遊んで遊んで・・・・泥だらけになって家に帰る。 そして、『今日も元気に遊んだのね』と母親が迎えてくれる。 「おじさまが迎えに来られてるの」 「おじさま・・・・?」 聞きなれない単語にクエスチョンマークを浮かべた悟空は担任に僅かに遅れて あらわれた人影に破顔した。 「金蝉!」 悟空の父の弟にあたるその人は相変わらず不機嫌な表情を浮かべている。 それでも、悟空は大好きだった。 「どうしたんだよ、金蝉?」 金蝉が学校に来るのは初めてのことだった。 金蝉はしかし、悟空の問いには答えず沈黙をかえす。 「金蝉・・・・?」 「空港に行く」 「え?空港??」 悟空はわけがわからない。 そんな悟空を金蝉は見下ろし、呟いた。 「飛行機が墜ちた」 お前の母親と父親の乗っていた飛行機が。 ------墜ちた・・・・・・・・お・ち・た・・・・・・・・・・・・・・・? ぐらりと揺れた悟空の体を金蝉が咄嗟に支える。 「悟空」 金蝉の呼びかけがひどく遠かった。 「「悟空っ!!」」 空港に到着した2人を出迎えたのは先にやって来ていた天蓬と倦簾だった。 二人の呼びかけに金蝉に抱えるように車を降りた悟空の反応はない。 普段の快活さが嘘のように静かだった。 「どうなっている?」 金蝉が天蓬に状況をうかがう。 「もくすぐ航空会社から家族への説明があるそうです」 「悟空、行くぞ」 「・・・・・」 静かに頷きだけを返した悟空は金蝉に支えられて用意された部屋へ向かった。 説明は。 あらためてされるまでも無く。 ただ、『生存は絶望的』 頭をいくら下げられようと、いくら保障がされようと。 家族は帰って来ない。 そして。 「・・・ただ今、全員死亡が確認されました」と紙切れを読みながら責任者が告げた。 部屋には悲しみと怒りが満ちる。 そんな中、悟空は静かだった。 「悟空・・・」 金蝉の呼びかけに悟空は虚ろな金色の瞳で見上げる。 そんな悟空の瞳は見たことが無かった。 悟空の瞳はいつも明るく、強く輝き・・・魅了する。 ころころと表情を変え、笑顔をみせる。 「悟空・・・帰るぞ」 こんな場所に悟空を置いておくわけにはいかない・・そう決断した金蝉は天蓬と 倦簾に目で合図すると席を立った。 一歩、部屋を出るとそこには記者団が待ち構えていた。 フラッシュの嵐が4人を襲う。 「ご遺族の方ですよねっ!」 「今のお気持ちは!」 「どなたが御亡くなりになったんですかっ!」 「お名前は!?」 金蝉の額に血管が浮かぶ。 天蓬のにこやかな笑顔がいっそう深まり、倦簾は静かに拳を握った。 3人は揃ってキレていた。 「ねぇ、君・・・!」 そして、記者に一人が悟空に声をかけた瞬間、当の記者は吹っ飛んだ。 一瞬にして静かになる場所。 記者を殴ったのは・・・・・ 「悟空っ!!」 金と碧という世にも珍しいオッドアイを持つ秀麗な美貌の主。 悟空の従兄、焔だった。 焔は悟空を抱き上げると、颯爽とその場を後にする。 もちろん金蝉、天蓬、倦簾も続いた。 「悟空・・・・・」 用意させていたリムジンに乗り込むと焔はあまりに静かな悟空の顔に触れた。 だが、悟空は何の反応もかえさない。 「おい、焔。あれはやりすぎじゃーねぇの?」 倦簾が口を開いた。 「煩い、3人も揃っていて何も出来なかったくせに偉そうな口をきくな」 「・・・・っ」 社会人として自立している3人に比べ大学院生という立場にあった焔だったが、 相変わらずの傍若無人な言い様だった。 「天蓬、悟空の様子を見てくれ」 険悪な焔と倦簾は放っておいて、金蝉は医療知識のある天蓬に悟空を診せる。 「悟空・・・僕の声が聞こえますか?」 「・・・・・」 「悟空、いつまでもぼうっとしてんじゃねぇよ」 「・・・・・」 「一時的な虚脱状態にありますね・・・・一刻も早く休ませましょう」 「わかった」 「これからどうするつもりだ、焔」 「何をだ?」 「お前だけでは悟空は育てられんだろうが」 「お前ならばできると、金蝉?」 「少なくともお前よりはマシだろうな、これでも一応”社会人”とやらだからな」 「それならば俺が院をやめればいいだけの話だ」 「悟空がそれを喜ぶとでも?」 「・・・・・・」 「何だか親権を争う父親と母親みたいで微笑ましいですねぇ」 「・・・・・微笑ましいのはお前だけだって・・・・」 ほとんど傍観者として無視されている天蓬と倦簾はお茶を飲む。 カタリ。 ふと、階段から物音がした。 「「「「悟空??」」」」 焔と金蝉は一時休戦し、部屋を出る。 天蓬と倦簾も続いた。 「悟空」 「悟空、何をしている」 玄関を向き、たたずんでいる悟空に焔と金蝉が声をかける。 「・・・・・・居ない」 悟空がぽつりと呟く。 「・・・・・・・居ない」 振り向いた悟空の目は虚ろなまま。 小さな悟空の体がいっそう小さく見え、今にも消えてしまいそうだった。 4人の胸に去来したのは『恐怖』 ―――――――このまま、悟空を失ってしまうような・・・・ 「・・・・・・・・・・・・・皆も・・・・・居なくなっちゃうの・・・・・・?」 虚ろな瞳。 何の感情も映さない。 だからこそ・・・・・・・・・・胸が締め付けられる。 どんな感情も現せないほど悟空の衝撃が強いということだから。 「・・・・馬鹿が。居なくなるわけねぇだろうが」 「金蝉!」 天蓬が口を開いた金蝉を押し止めようとする。 けれど、金蝉は悟空に近づきながら言葉を続けた。 「お前は何を見ている。お前は父親と母親を失ったかもしれないが・・・焔だって 俺だって失った立場なら同じなんだ」 金蝉は兄と義姉を失った。 焔は実の父母を事故で亡くし、今度は養父母を亡くした。 「何を我慢する?悲しいのなら泣けばいいだろう」 「・・・・・・出ない・・・・・・涙が、出ない・・・・よ・・・・・」 泣きたくないわけじゃない。 胸が張り裂けそうに痛くて・・・痛くて。 苦しいのに。 うつむいた悟空はふわりと温かいものに包まれた。 「・・・こん、ぜん・・・?」 小さな悟空の体は金蝉の腕の中にすっぽりと納まった。 「馬鹿サルが・・・泣けるだろうが。泣いてみろ」 「こんぜん・・・・っ」 包まれたぬくもりが・・・凍っていたものを溶かしだす。 悟空の瞳にじわ・・と涙が浮かんだ。 そして。 「うわぁぁぁぁぁぁぁんんんんっっっっっっっ!!!!」 悟空は泣き出した。 「お茶をどうぞ」 「ああ」 天蓬の差し出した湯のみに頷く金蝉の腕の中には泣きつかれて眠ってしまった 悟空が居た。 それを見守る、金蝉、焔、天蓬、倦簾。 「もう、悟空は大丈夫ですね」 「いや、当分は一人にしないほうがいいだろうな」 金蝉の言葉のとおり、悟空はしばらく一人になることを恐れた。 常に誰かが傍に居ることを望んだ。 居なければ、悟空は探し始める。 家を飛び出し、外を彷徨う。 それほど悟空の精神は不安定になっていた。 だが、焔以外の一同は住む場所も違い始終誰かが傍に居ることは不可能に 近かった。 それでも。 誰かが傍に居なければ・・・・・・。 「一つ提案がある」 葬式も相続のごたごたもあらかた片付いたころ、金蝉が一同を呼び集めた。 「何ですか?」 「家を建てる」 「・・・・・・・・えー、それで俺たちがどんな関係があるわけ?」 金蝉が家を建てようが建てまいが倦簾たちには何の関係もない。 「この一ヶ月間、この家に行ったり来たりするのは大変だっただろう」 「でも悟空のためですから、苦にもなりませんよ」 「だが、面倒なことは確かだろう」 「なら、来なければいいだろう。悟空の面倒ぐらい俺一人で十分だ」 「お前が研究で大学から帰ってこれなくてもか?」 「・・・・・・・・・・」 「もしかして、金蝉・・・・・悟空と一緒に住むために家を建てると?」 「ああ、そのほうが楽だろう」 「マジかよ・・・」 「そうですね、僕は構いませんよ。どうせ今住んでいるのはマンションですし・・・ 悟空の食生活の管理もきちんとできますし」 「あー・・・俺も別に構わねーかな」 「焔、お前はどうだ?」 「俺は悟空がいいのならそれでいい。どうせ今も一緒に住んでいるんだ。場所が 変わるだけだろう」 「・・・・ということだ、悟空」 金蝉が部屋の入り口で様子をうかがっていたらしい悟空に声をかけた。 「・・・・ホント?・・・・本当に皆と一緒に住めるの?」 「ああ」 「よろしく頼みますね、悟空」 「ま、よろしくな」 悟空は顔をくしゃくしゃにするとぎゅっっと皆に抱きついた。 そして、一年後。 悟空と4人は新築の洋館に引っ越した。 新しい『家族』 「おはようございます」 「ただいま」 「おかえりなさい」 そして 「おやすみ」 そんな日常の挨拶に慣れた頃。 悟空の傷は癒えていた。 |
† あとがき †
こうして金蝉たちは一緒に住んでいるのでした。
当初は1年ほど悟空を心神耗弱にしとこうかなぁ・・と
思ったんですが、さすがにかわいそうで。
明るい悟空にはこんな過去があったんだよ、というわけです。
話としては挿話の1と2の間に入ってきます。
次はいよいよ三蔵編ですね・・・いつになることやら・・・・(+_+)
では、ご拝読ありがとうございましたv