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ねえ いつだってそばにいるよ
何処へだってついて行く
あなたはオレの輝ける 地上の星
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作: ナギ様
サクサクサクと、軽い足音が響く。
足音に合わせて乾いた砂が僅かに宙に舞った。
そこにあるのは乾いた砂と岩と、過酷な気候にも耐えうる植物だけ。
道と呼ばれるものなど全く存在しないその荒野は、常人であれば常態で歩く事さえ困難な、それどころか一度足を踏み入れれば元の場所へ戻ってくる事さえも難しいと近隣の街では怖れられている場所であった。
だが、今この場所に踏み入れている二人は道無き道をものともせず、真っ直ぐに北東方向へと進んでいる。
前を跳ねる様に進むのは、小柄な少年。
その後ろから、僧装束をまとった青年がこちらは飄々と、足元が岩と潅木の転がる荒地であることなど微塵も感じさせない滑るような足取りで歩いていた。
白の法衣と頭に戴く金冠が、彼を高位の僧だと表していた。
マイペースで歩いているようでその実、前を行く少年の歩調に合わせて進んでいたその僧は、辺りを紅く染める夕陽を見ると微かに目を眇め、軽いため息を吐いた。
「三蔵?なにため息ついてんの?」
ヒョコ。と、かなり先を進んでいたはずの少年が、いつの間に傍に来ていたのか、三蔵の顔を至近距離から覗き込んでいた。
夕陽を映して朱金に染まる金色の大きな目を眺め、一拍置いて、一言。
「日が、暮れるな」
「だよなー!夕飯の時間だよな。あー腹減った」
「……オマエ先刻から街で買い込んだ食糧ガツガツ喰ってたろーが」
「え、あれはおやつだって。夕飯は夕飯!なー三蔵、次の街、全然見えねーけど?次の街でメシ、じゃなかった宿とるんじゃなかったのか?」
「………誰のせいだと思ってやがる」
ギクリ。
「俺は言ったな?今日の朝早く出てこの荒野を抜ければ次の街につけるはずだと。
それを寝汚く昼まで寝つづけたのは誰だ?さらに食事に買い物と、時間を使いまくったのはどこのサルだった?ああ?」
「……う〜」
「俺達は遊んでいるわけじゃない。七面倒くせェ任務だが途中で放り出すわけには行かないんだよ。さっさと任務の報告を三仏神に済ませてウザい仕事から開放されたいんだ。……無駄に時間をとらすな、悟空」
三蔵が三仏神直々の命を受けたのが、20日前。
内容は取るに足らない簡単なものであったが、任務を果たすためには多少遠方へと出向かねばならないものだった。
当初は三蔵独りで赴くつもりだったが、悟空も何かを察したのか簡単な旅支度をしている三蔵の元へと、いつもは大抵遊びに僧院から出ていて決して帰ってこない時間に部屋に戻ってきて、軽い押し問答の末、ついて来たのであった。
「……ちぇーっだ。」
冷たい声で悟空を諭す三蔵の姿を見るのが辛くて、悟空は身を翻すと、少し先にある階段状に高くなっている岩盤へと走り、飛び上がった。
トン、と体重を感じさせない着地音を僅かに響かせて岩山の頂上部分に着地し、そのまましゃがみ込む。
そして、小さく舌打ち。
思っていたより平面部が広いその場所は僅かに高い位置にあるせいか、これまで二人が歩いてきて、これから二人が歩んでいかねばならない荒野を遠く見渡すことが出来た。
大小様々な岩石と倒れた潅木、その隙間に押し込まれているかのように生える低木がまばらにある他は、何もない。
先程まで辺りを紅に染めていた太陽も、遠い西の空に僅かに朱鷺色の残滓を残して姿を隠していた。
南の地平線上に這うように煌く光はキラキラと、星のよう。
自分達が後にしてきた街の明かりだろうか。
綺麗だな、と悟空は思う。
……きっとあの光のもとにはたくさんの人がいて、暖かな場所で、隣にいる人と、今日一日の楽しかった事とか話してるんだろうな。
『無駄な時間をとらせるな』
悟空はしゃがんだ体勢からそのまま後ろへ転がるように、仰向けに寝転んだ。
「……無駄、かぁ」
空は朱から群青、そして紫紺へと姿を変えていく。
月はない。澄んだ空気が空一面の星達を美しく瞬かせていた。
寝転んだままで悟空は首を僅かに左へ傾け、南にある街の灯りへ目を向けた。
地上の星達は紫紺の帳に包まれていよいよ美しく、輝いていて。
……やっぱ綺麗だ、ともう一度思った。
「……とうとう腹の減りすぎで死んだか?バカ猿」
冷たく透き通った声が、悟空の頭越しに響いた。星明りで作られた影だけが、左を向いたままの悟空の視界に捉えられた。
ドサッ、と無造作に腰を下ろす音。悟空のすぐ右隣。
何故だか、右側だけあったかくなった気がする。ぼんやりとそんな事を思った悟空は、ひどくゆっくりと首を動かし、火の点いていないマルボロを咥えた男に目をやった。
じっと、見つめてみる。
三蔵はその悟空の視線に気付いていないはずはないのだが、意識的にかはたまた関心がないのか、ちらとも視線を返すことなく、袖下から取り出したライターで煙草に火を点けた。
星明りとは違う、暖かい朱金の光りが辺りを一瞬だけ金色に塗り替えた。
ライターが消えた後は、煙草の先の炎が三蔵の呼吸に合わせて僅かに瞬く。
灯りと呼ぶには小さすぎる焔だが、三蔵の端正な顔を浮かび上がらせるには十分の光。
美しい紫暗の瞳は今は炎を宿し、淡いスミレ色に見えた。
豪奢な金髪は光の粉をまぶしたかの様。
神様なんて見たこと無いけれど。コウゴウシイ、って、こういうののことかな。
「……きれーだなー」
「何が?」
「星が。」
三蔵が。なんて言えないから。ああ、でも言ったら面白いかな。きっとスッゲーヘンな顔で嫌がるんだろな。もれなくハリセンのオプション付だよ。
クスクスと悟空は小さく笑った。眉を僅かに寄せて自分を見返してくる三蔵に向かって、全開の笑顔で言を継ぐ。
「星が!キラキラしてて、なんか美味そーじゃねぇ?口にいれたらパチパチはじけて
甘くってうまそーなんだもんよ!」
「……オマエの頭の中はそれだけか。」
ハァァ、とわざとらしいくらい大げさなため息を吐いた三蔵に、ニシシシと笑う。
前動作なしで腹筋のみで起き上がると悟空は大きく伸びをして、ハラ減ったーッと大きな声を夜空に放つ。
ウルセェバカ猿、との三蔵の悪態に、だって星が落ちてくるかもしんねーじゃん。なんて返して。
そんな悟空の姿を見た三蔵は、前を向く悟空の視界に絶対入らない事をわかった上で、ひっそりと、微かに笑みを浮かべる。
そして懐に手を遣り、小さな布袋を取り出すと、中身を少量、手のひらにあけ、悟空に呼びかけた。
「おい」
「あ?何、さんぞ…っと、うわっ!」
三蔵の呼びかけにくるりと振り向いた悟空に、三蔵は手のひらのモノを目の前の少年の頭上に高く放った。
パラパラパラと、何かが降って来る。星明りに照らされて、まるで本物の星が落ちてきているかの様だ。
コツン、と額にあたったソレを、悟空は腕の一振りで捕まえた。
手のひらに小さな、ゴツゴツとした感触。
さくら色の、小さな星。
「こんぺいとうだ……」
手のひらのそれをみて小さな声で呟く悟空に、三蔵からこんぺい糖の詰まった袋が、今度は直線的に投げられた。
その袋は、前の街で三蔵に散々ごねて立ち寄ってもらった、お菓子屋のものだ。
パシッ、と顔の横辺に投げられたそれをうまくキャッチした悟空に、明後日の方角を向いた三蔵が声をかける。
「どこかのバカ猿のおかげで今日はここで野宿だ。夜にこの荒野を抜けるのは方向感覚が狂って危険だからな。それでも喰ってとっとと寝ろ」
「あ、うん……」
片膝を立て、二本目のマルボロに火を点しながら発せられた言葉に、なんとか答えたものの、悟空はこんぺい糖の袋を握ってその場に立ち竦んだまま。
おい、という三蔵の再度の呼びかけに、ハッと目が覚めたかのように我に返ると、
スタスタと三蔵のすぐそばまで戻って来て、隣に座り込んだ。
袋をあけてニ、三粒の砂糖の星を口に含み、ちょっと考えてから、三蔵の肩に、寄りかかってみる。
肩の重みに気がついた三蔵だが、チラリと目の端で寄りかかってくる小さな頭を確認した後はそれ以上のリアクションを取る様子もない。
その様子を窺って、悟空はエヘヘと小さく口に出して笑い、さらに肩口に擦り寄るようになついてみる。
「懐くな」
「だって寒いじゃん。三蔵、あったかいからさ。」
実のところ、寒くなんてないのだけれど。
季節柄、今は夜でもどこか暖かな空気だ。
しかも三蔵は平熱が異様に低く、子供体温な悟空にすれば彼の人の肌はいつだってひんやりとしていた。
……でも、あったかいんだよ。
「三蔵」
「何だ?」
悟空は小さな声で呼びかけると、僅かに此方に首を動かした三蔵のタートルネックに指を引っ掛けて、引っ張るのではなく自分が三蔵の膝に乗り上げる格好になった。
咥えていた煙草を指で挟んで取り上げて、そのまま唇を寄せる。
「ん……」
緩く開いた唇から舌を侵入させると、舌の先に痺れるような煙草の苦味。
彼の、味がした。
口付けたままうっすらと目を開けると、閉じられていない瞳が悟空を見つめていた。
綺麗な綺麗な紫の眼。俺を導くその光。
瞼を閉じて深く唇をあわす。指先に持っていた煙草は何時の間にか持ち主の指に帰っていた。悟空は男を引き寄せるように、両腕を三蔵の首に回した。
ひんやりとした手のひらが、悟空のうなじに添えられるように触れる。
細く長い指の先には煙草をはさんだままなのか、微かに紫煙が悟空の嗅覚をくすぐった。
「…ゥン…ッ」
最後にちゅ、と音を立てるキスをして唇を離す。
目を開けてにぱっと笑う悟空の目の前には、眉を顰めた三蔵。
「……甘い」
「星のおすそわけだって!」
三蔵の口の中には、甘い甘いさくら色のこんぺい糖。
ハァ、と三蔵はため息を吐く。
「もういいからとっとと寝ろ。」
「おう♪」
ギュッと胸元にしがみ付いて。先刻はなかった肩に回された三蔵の腕の重みを感じながら。悟空は南に目を遣った。
地平線に煌く地上の星たち。
……きっとあの光のもとにはたくさんの人がいて。
暖かな場所で隣にいる人と幸せな気分を分かちあっている。
「なぁなぁ三蔵。」
「寝ろっつってんだろ。……で、何だ」
「星、綺麗だなー。」
「……そうだな」
「俺、楽しいんだ」
アンタは無駄って言うけれど。
暖かな場所で隣にいる人と俺は幸せ。
だってアンタは俺の、地上の星。
三蔵は自分の胸に縋り付いたまま眠りにおちた少年の呼吸音が一定になったところで、置いてあった荷物から上着を引っ張り出して上に懸けてやる。
さらに眠りやすいようにと、頭を自分の肩の縁にもたせ掛けてやった。
煙草を取り出しかけたが、眠る少年のことを思って止めた。
すぅすぅと、小さく聞こえてくる呼吸音。
空を見上げれば、そこは満天の星空が広がっている。
『俺、楽しいんだ』
「……俺も、楽しいぜ」
その一言は誰の耳に入ることもなく。
夜空に吸い込まれて、消えた。
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ねえ いつだってそばにいるよ
何処へだってついて行く
あなたが嫌だと言っても無駄
あなたは俺に幸せをくれた人
あなたは俺に幸せをくれる人
きらきら瞬く 幸せの光
あなたはオレの輝ける 地上の星
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ヲハリ。