作: KAI 様









あの日、あの時、あの瞬間・・・出会って、約束をした。
あれからもう500年の時が流れ、約束の色も他の者から見れば色褪せた様に見えただろう、
けれど正式な闘神となってからの焔にとってはその約束は色褪せることなく、それどころか色は濃くなっていった・・・。
鈴麗がいなくなり、自分の館で何時もの様に時間を持て余していた。
そのときに出会った、自分と同じ呪われた運命を持って生まれてきた幼子。
鈴麗を失ってから初めて胸の中に、心に生まれた存在だったのに・・・それを、焔は守りきれなかった。
最愛の者を奪われ、大罪の罪を着せられ、それら全ての記憶、そして力を封印されて意識を持ったまま、
その幼子は岩牢に幽閉された。
それがどんなに苦しく、辛いものであると言うことを焔は誰よりも知っている。
かつて鈴麗を失った自分がそうであったように・・・あの幼児も苦しんでいる。耳を澄ませば聞こえてくる。
悲しい声が、悲鳴が、叫びが・・・。
その声が自分に向けられているものではないと知っていても、その場所に行ってやりたかった。
その辛い運命、鎖を全て断ち切ってやりたかった。
金蝉ではない、自分が。
もし、それを実行しようと思えばいつでも実行することは出来ただろう、けれど、心の奥ではわかっていたのだ。
あの幼児がその救いを求めているのは金蝉だけだ、ということが。
自分はその間に割って入ることもそれを奪うことも出来ないだろう、
それは本能。
記憶がなくても感覚が、身体が求め続けている。
その本能すらも押さえ込んでお前を手に入れたい、

約束しただろう?

一緒に・・・


・・・・一緒に海を見に行こう、と・・・・
















その日、悟空は夢を見ていた。
その夢は今日に限ったことじゃない、ここ最近、ずっと見ている。

どこかで見たことのあるような景色。

手足には枷。
自分の身体は所々、血に濡れて紅。
後ろから色々な人たちの声がする、何もわからない頭で思い浮かぶのは・・・

―――そうだ、約束・・・

誰と約束したのかも覚えていない、でもそれがとても大切であることだと言うのは覚えている。
急いでその場所から飛び出して、約束の場所へと向かう、

おぼろげに覚えているのはコスモスの咲き乱れた花畑・・・

何処に行けばあるんだろう、誰がそこにいるのだろう、そんなことを考えながら夢の中の悟空は駆けて行く。
約束の場所へ・・・
道を走り抜け、緑のあふれた場所に飛び出した。

一面のコスモスの花・・・・
その花畑の悟空の視界の真ん中に誰かが立っている、
誰だろう?
見たことのある面影・・・

『・・・悟空・・・』

その誰かが自分の名前を呼んだ。
不意に風が吹く、コスモスの花弁を風が巻き上げ、視界が・・・遮られる。

「   !!」



誰の名前を叫んだような気がした、
いつもここで目が覚める。

後味の悪い夢・・・

怖くなって、自分の手を見てみる。
手には枷も、血も付いていない・・・

「焔・・・。」

そう、あいつが現れてからだ。
こんな夢を見るようになったのも、
胸が苦しくて不安になるのも、でも・・・

懐かしいような気分になる。
そして穏やかな風が吹き抜けていくように何かがざわめく。
誰かに呼ばれているように・・・


「悟空。」

呼ばれて振り返ると、そこに立っていたのは三蔵だった。
今まで考えていた出来事が風のように通り過ぎていき、そして悟空はいつもと変わらない笑顔で三蔵のほうへ駆けて行く。

その笑顔がいつもと少し違うことに三蔵は気がつかない振りをした・・・。



「焔、何処かに出かけるのですか?」

紫鴛に言われて焔は立ち止まった。そして、静かに目を閉じると、
『遊びに行って来る。』
それだけを告げて、焔は姿を消した。
そんな焔を見ながら紫鴛は振り返り、空を見上げる。
静かに雲が流れてゆく、風が穏やかさを保ちながら服を揺らしてゆく・・・。

「焔・・・貴方はいつまで捕われているんですか?相手は覚えていないのに・・・。」

紫鴛はそう呟くと自分もあの場所へ姿を消した。


『焔の目もとっても綺麗だよ?だってこっちはお空の色で、こっちは金色。どっちもとっても綺麗だ!!』

初めて言われた、自分の目が綺麗、だと。
出会ったのはきっと偶然ではなく、必然。
同じ、忌むべき瞳を持つもの。
前闘神、ナタク太子・・・貴方の気持ちがわかるような気がしてくる。
あなたも・・・

貴方もあの幼子(悟空)が好きだったのだろう・・・?

自分が鈴麗を失ったときよりも強く、貴方(ナタク)は傷ついた。
己の心を止めてしまうほどに。
そして貴方(ナタク)も叶わぬ恋をしてた。

忌むべき瞳を持つ、純粋無垢な子供に。


もっともそれは自分も同様・・・

何故、約束などしたのだろう。
そしたらこんなに執着せずにすんだ。
無理矢理、この手に奪って、手に入れれば良かった・・・。

欲しいのは・・・心・・・。

口には出さない、言えば崩れる。
態度にも出さない、止められなくなる。
こんな・・・・こんな醜いものを・・・・

・・・・お前に見られたくなどない。

全てを見透かす瞳。
今度見つめられたらきっと・・・

本能も何もかも押さえつけてお前を手に入れようとするだろう。

『金蝉。』

そう言って去って行った後ろ姿を・・・見つめて苦しくなったのは、何時の事だっただろう・・・。


波の音が耳に響いていく。

ここがお前に見せたかった景色だ、孫 悟空・・・
海と空は同じ色をしているだろう?

お前が前に言っていた俺の片目と同じ色だ・・・

『わぁ〜、本当に同じだ〜。焔の瞳と同じ色・・・。』
お前がこの場に居たらこんなことを言うんだろうか?
笑いかけて、この海に触れて、お前はどういう反応を示すのだろう?

幻想が攫って行く・・・

目を細めて自分の瞳に触れてみる。
『綺麗な色』

「そんなことを言ったのはお前が初めてだ、孫 悟空。」

焔はそう呟いて、しばらく海に立ち尽くしていた・・・・。



「・・・・空、悟空!!」
「え?」

悟浄に言われて、悟空は慌てて悟浄のほうへ振り向いた。
その呼んだ本人である悟浄は半分呆れ顔、
三蔵はなんだか苛立っている様子、
八戒はいつも通りのポーカーフェイス。
呼ばれた悟空は苦笑して軽く声を出して笑っている。

すかさず、三蔵のハリセンが飛ぶ。

「いってぇなっ!!何すんだよっ!?」
「うるせぇ!!殺すぞっっ!!」

次の瞬間、銃声が連続で響く。

驚いた表情で三蔵を見つめる悟空。
撃った当人の三蔵はいまだに苛立っている様子。
悟浄は新しいタバコに火をつけて、
八戒はさっきと変わらず、やはりポーカーフェイス。

「・・・・・・。」

しばらく、沈黙が四人の中を走り抜けていった。


久しぶりに来た町で買い込むために八戒と悟空は繁華街を歩いていた。
しかし、その二人の両手にはすでに山並みの量が詰まれている。

「ちょっと、買いすぎちゃったみたいですね。」
「・・・・うん・・・・。」

八戒はまだ首までだったが、悟空の場合、頭まで埋まっていたのでフラフラしながら歩いていて、
ここまで誰にもぶつからず、しかも荷物を落とさずに来たのはさすがだが、やはり、ぶつかった。
・・・・・思いっきり。

「ああ、ご、ごめんっ!!」

持っていた荷物を全部ぶちまけてしまった悟空は慌ててそれを拾う。
すると、目の前に落とした荷物が差し出される。

「あ、サンキュー。」

と、言ってそれを受け取り、顔をあげると、悟空の持っていた荷物がまた思いっきりぶちまけられた。

「あ〜あ、何やってんだ?もったいねぇだろ?」

そう言って目の前に居た人物は荷物の一つである果物を手にとって言う。

「・・・・・是音。」

目を見開いたまま、悟空が静かに呟いた。


「すみません。荷物、持ってもらって。」
「ああ?いいって気にすんな。」

八戒並の荷物を両腕に抱えながら是音は悟空たちの宿に向かっていた。
悟空も少し荷物を持っている、どうやらあれからまた少し買い物をしたようだ。
無言の時間が過ぎてゆく、宿への距離が少しずつ近づいていくのがわかる。

聞きたいことがあった

でも、それを言い出せずにいる。
聞いたらきっと何かが壊れてしまいそうな、そんな予感がした。

「約束・・・。」
「え?」

不意に是音が口を開く。その言葉に悟空は驚いて是音のほうを見た。俯きながら

「覚えてるか?約束・・・」

と、是音が問う。けれど、悟空は意味がわからなくて首を横に振った。

「そうか・・・。」

是音は少しだけ口を開いて言った。
そのやり取りを八戒はただ聞いていただけだったけれど、その"約束"という言葉がひどく気になっていた・・・。



『焔』

その名前を呼ばれるだけで幸せと充実感を感じた。
鈴麗、幸せだった。
不浄の者、禁忌の瞳を持った自分に唯一話し掛けてくれた女性。
そして愛したもの・・・。
けれど、それはけして報われぬもの、わかっていたはずだった。

『鈴麗!お前を連行する!!』

あの日、鈴麗は俺と通じていたという罪で捕まった。

そのときに思った。

どうしてだ?
どうして、俺を罰しないのだ。
罪を犯したのは俺だ、愛してはいけない人を愛したのは・・・・

そのとき、呪った。再び・・・

自分という存在を・・・

守りたくても守りきれなかった。
手を伸ばしても届かなかったもの。

『鈴麗・・・・お前を・・・・』

『・・・愛している・・・・。』


鈴麗、お前にも見せてやりたかった。
この海を二人で。
二人で天上という枠を脱ぎ捨てて、普通の人間として生きて・・・

「鈴麗・・・。」

海の中で目を覚ました。
こんなことをいつまでも引き摺っている自分に苦笑しながら、焔はしばらく海に浮いていた。
"空の色が海に落ちたから空と海の色は一緒だと誰かが言ってた・・・。"
この瞳も空から降ってきた色なのだろうが。
厄罪と共に・・・

"汝の罪は我と共にあり・・・"

「その通りだな・・・・。」

金色の目を片手で覆いながら、焔はまた空を見上げていた・・・。


惹かれたのは偶然じゃないはずだ。
自分とは違う金の瞳を持つ者。
鈴麗を失って初めて心に生まれた存在。

その力も身体も心も全てが欲しかった。

鈴麗以外で初めて欲しいと思った。
叶うはずはないと、心の中ではわかっていたのに。
あの幼子の心はたとえ、何度生まれ変わろうとも金蝉のものだ。
力ずくで奪って閉じ込めても何時かはまた何処かへ行ってしまう。

・・・だから昔の約束に縋ろうとする・・・

己が、こんなに弱いものだと再認識される。
失ったことがあるからこそ湧き上がる恐怖、
けれど、それ以上に勝る欲求。

『お前が欲しいんだ・・・・孫 悟空・・・』

声にならない声で呟く、海が焔を包む。水が・・・

----自分がこれから流す涙のようだ・・・



是音と別れた後、悟空は一人、宿の自分の部屋で、窓の外を眺めていた。
空には雲が風に乗って流れ、まるで綿飴のように見える。
思わず出そうになる涎を抑えて、悟空はさっき是音が言っていたことを思い出していた。

『覚えてるか?約束・・・』

誰かと約束した覚えなんてない。
あるとすれば三蔵と自分より先に死なないって強くなる、と約束したくらいで・・・

『いつか見に行こう・・・お前と・・・悟空』

一瞬頭を掠めた一言。
誰の声だったのだろう、そして何を見に行くと言ったのだろう。
その言葉はまるで水蒸気のように消えた。

誰かが待ってる、約束の場所で・・・

思うのは夢の中の自分。
誰かと約束した、偶然出会った場所で。

約束の場所は花畑。

再び出会った、懐かしい花が咲き乱れる場所・・・・

考え事をしていたら、空の陽はもう落ち始めていた。
ぐぅぅ・・・とお腹も鳴る。
悟空はその考えを振り払って、自分の部屋を出ると、三蔵に

「三蔵〜!!腹減ったぁッ!!」

と言って飛びついた。

もちろん、そのあと、三蔵のハリセンが悟空の頭にクリティカルヒットしたのは言うまでもない・・・。


夕ご飯を食べ終えて、部屋に三蔵と戻ってきた。
今日の同室はジャンケンで三蔵に決まった。
その三蔵はかなり不満な様子だが・・・。

二人が眠りに落ちて数時間、三蔵は悟空の声で目を覚ました。
もっとも寝言だったのでハリセンで叩き起こしてやろうとも思ったのだが、
その閉じられた目から流れる涙に三蔵はハリセンをしまった。

「金・・・蝉・・・。天・・・ちゃん、ケン兄・・・ちゃん・・・」

ゆっくりと紡がれる三蔵の知らない者たちの名前。
それが気に入らなかった。
けれど、それがあの岩牢に捕われる前に悟空に関わっていた者たちのものであることは三蔵にも察しはついた。
そして最後に悟空はしばらくを間を空けて呟いた。

「・・・・焔・・・・。」

その言葉に三蔵は同様と驚きを隠すことは出来なかった。
そして異様に腹が立った。
何故、そこで焔の名前が出てくるのか三蔵にはわからない。
多分、焔も悟空の以前のことに関わっていたのだろうとは思っていた。
それだったら何故、初めて出会ったとき、あんなに悟空を欲していたのかも大体理解できる、でも・・・

だったら何故あの岩牢へ行って助けなかった?
何故、悟空があんな場所へ幽閉されるのを黙って見ていたんだ?

止められたんじゃないのか・・・・?

頭の中で湧き上がってくる疑問。
苛立ち。
全てが焔に注がれた。

欲したのなら何故、俺に連れ出させたんだ・・・?

そこまで考えて三蔵は気がついた。

―――そうか、あいつは俺たちで遊んでいるんだ・・・・。



陽が落ちて、空に月が輝く、この瞳とはとても似つかぬ眩い光が体を包んでいく。

焔は一人、悟空のいる宿のすぐ近くの木の枝に気配を消してやってきた。
窓から部屋の様子が少し見える。
寝ている悟空の瞳にうっすらと浮かぶのは・・・

・・・涙?

泣いているのか?誰のために、何のために?
夢の中でもいい、お前の中に俺は存在しているだろうか?
塊でなくてもいい、その記憶の一粒、一粒に俺の存在があれば。
それとも・・・今の現実に心を奪われ、存在すらも無くなってしまっているだろうか?
憎しみでもいい、どうか俺を消してしまわないでくれ。
お前の中にいる俺だけが本当の俺に成し得るのだから。

お前一人だけのために向けられる笑顔。
お前一人だけのために芽生えた想い、
そして約束・・・

「約束を・・・果たそう・・・悟空・・・。」

お前と二人でこの空と海を見るために。

そして

お前を俺のものにするために・・・・


ガッシャ――ンッッ!!

いきなり、ガラスが割られた。
窓辺に寝ていた悟空を庇うように三蔵は悟空を覆う。
ガラスの破片は三蔵目掛けて、飛び散った。
けれどおかしいことに悟空は傷一つ負わず、まるで三蔵一人を狙っているような・・・

タンッ

誰かが窓の戸に降り立つ音がした。

三蔵は、ゆっくりと顔を上げる。
紫の瞳がその人物を強く睨んだ。

月の光で揺れるシルエット。
黒い髪、両腕につけられている枷。
軽く羽織られている薄着が風でバサバサ、と揺れた。
暗い夜の中でも開かれている金色の目は軽い笑みを浮かべている。

「金蝉、か・・・。」

その人物が三蔵に声をかける。
三蔵はその名前に少し反応したもののその人物を睨んだままだった。

「悟空を渡してもらおうか・・・。」

スッ、と片手が差し出される。けれど、三蔵は悟空を抱き寄せると、

「嫌だ、と言ったら・・・?」

挑発するようなその言葉にその人物の顔が一瞬緩んだ。
けれど、その次の瞬間、三蔵のすぐ目の前にその人物はいた。

「無理矢理でも貰うさ・・・。」

静かに耳元で囁く。
三蔵が銃を向けて、発砲する。
しかし、その弾は当たることなく、三蔵の脇腹に激痛が走った。

「ぐっ・・・!!」

ガクッ、と三蔵が膝を着く。
騒ぎを聞きつけ、遠くの離れ部屋で寝ていた八戒と悟浄が部屋のドアを蹴破る。

「三蔵!悟空!!」
「何かあったんですかっ!?」

入ってきた二人の目に飛び込んできたのは膝を着いて蹲って倒れている三蔵と、
余裕の笑みを浮かべている神と呼ばれている人物の一人、焔、
そしてその腕の中で静かに寝息を立てて寝ている悟空の姿だった。

「孫 悟空は確かにいただいてゆく・・・。」

そう一言だけ焔は告げると月の方向へ飛び立った。

「おい!!猿をどうするつもりだっ!!!」
「悟空!!!」

宙を舞った瞬間に焔と悟空の姿は消えた。
その様子を八戒と悟浄はただその光景を見ているしかなかった。
三蔵はもう一度、二人の消えた方向へ銃口を向けると、

ダアァァ――ンッッ!!

その銃声だけが月の光に照らさせて星の光となった・・・



欲しかった、ずっと欲しかった・・・
自分とはとても似つかぬ瞳を持った大地の申し子。
それを求めたのは陰と陽の関係と同じものだ。
自分の足りないものを求める、まるで子供のように。

「・・・ん・・・。」

軽く、悟空の身体が震える。

「寒いのか?」

羽織っていた薄着を悟空に包んでやると、穏やかな顔つきに変わった。
そんな悟空に顔を近づけて額に口付ける。

「悟空、目を開けろ・・・。」

両手で頬を包み込み、焔が悟空を見つめる。

「そして、言ってくれ・・・俺の目は・・・・」

『俺の目は綺麗か?お前の目と同じように・・・』

不意にゆっくりと、悟空の目が少し開く、金の瞳に焔の顔が映し出された。

『誰・・・?』

おぼろげな頭で悟空はこの顔の人物を探した。
そしてその瞳に映ったのは・・・

金と青の瞳・・・

「・・・焔・・・」

ゆっくりと悟空が焔の名前を呼ぶ。
そして、それに答えるように焔は悟空の唇に自分の唇を重ねた。
触れるだけの・・・
頭の靄が薄れてゆく、目の前にいる人物を再認識して悟空は目を見開いた。

『焔っ!!』

ガッ、と両手で焔を引き離そうとする。
それに気がついて、焔は更に深い口付けを求めた。
口を抉じ開け、舌を忍ばせる・・・

「・・・っ・・・・!!」

それに驚いて悟空はコブシを作ると、焔目掛けて殴り掛かった。
その手を押さえ込んで唇が離れる。

「なにす・・・!」

悟空の目が再び見開かれた。
寂しげな焔の顔が瞳に映し出される。
その表情に一瞬、警戒心がなくなりかけ、その隙を突いて焔が悟空を引き寄せる。

「離せよっ・・・!!」
「俺の目は・・・」

焔のその言葉に悟空の動きが一瞬止まった。
片手で顎を掴まれ、無理に焔のほうへ顔を向かせられる。
その顔は怯え、を示していた。

「俺の目は綺麗か?・・・孫 悟空・・・・。」

言ってくれるだろうか?

前のときと同じように、

『焔の目は綺麗だ』

と・・・。

「・・・・綺麗・・・な・・・わけないだろっ!!」

ピキッ

その悟空の言葉に焔の胸が少し割れた。

当然といえば当然の答えだったはずだ。
あのころは状況が違いすぎるのだから。
自分と悟空は敵同士。
その敵に『目は綺麗か?』と聞かれても普通は否定するはずだ。

でも・・・

「確かに焔の片目は俺と同じ色だけど、綺麗だなんて思わない。誰が思うかよっ!!」

悟空は強く焔を睨みつけて叫ぶように言った。
そんな悟空に驚きながらいや、ショックを受けながら焔はあえてそれを顔に出さずに悟空を開放する。

「なん・・・・で?」

ザシュッ

変な音がした。
後ろから。
自分は傷ついていない、痛みもない。
じゃぁ、誰だ?

悟空はゆっくりと後ろへ振り向いた・・・・・

コロンッ

何かが床に落ちた。それは暗い中でも金の色を輝かせた・・・・

・・・目・・・

「やめっ!?焔、何やってんだよっ!!?」

慌てて焔の元に掛け寄り、もう片方の目も採ろうとする焔の腕を掴んだ。

「離せ・・・孫 悟空・・・。」

生気のないような低い声で焔は自分の片手を掴んでいる悟空に言った。
目が有った場所からは血が溢れ出し、焔と悟空を濡らして、それでも手を離さない悟空を焔は見つめると、
もう片方の手を自分の目に当てた。

「やめろっ!!やめてくれよっ!!焔っ!!!」

ザシュッ、グググ・・・

指を自分の顔の中に入れ、目を採ろうとする、それを止めようと悟空はその手を掴んだ。
けれど、焔はそんな悟空を無視するようにその目を採り出そうとする。

「嘘だからっ!!焔の目は綺麗だ!!太陽と空の色でとっても綺麗だからっ!!
・・・・・・・だから・・・・・もう、やめてくれよ・・・・。」

その言葉すらも嘘かもしれない。
自分が目を外すのをやめさせるためだけに紡いだ言葉かもしれない。
それでも・・・

焔の両腕が下に垂れた。
残った空色の目から涙と血が流れ出す。
そんな焔に悟空は必死でしがみ付いていた・・・

「孫・・・悟空・・・・。」

微かに口が開く。名前を呼ばれて、悟空は返事をした。

「何だよ・・・・?」
「俺の目は綺麗か・・・?お前と・・・同じように・・・・。」

「綺麗だよ、俺と同じで。焔の目は太陽と空の色だ・・・・。」

その一言で焔は何かが自分の足りなかったものが満たされていく気がした・・・。


「孫 悟空、お前はもう一つ空と同じ色のものを知っているか?」

あれから数十分の時が過ぎた。
一度、外した目を手のひらで転がしながら、焔は自分の胸の中にいる悟空に向かって問い掛けた。
その問に悟空は首を横に振る。

「空とは逆の地に存在するもの・・・・『海』という」

『あれ?』

焔のその言葉に悟空の中に不思議な感覚が降ってくる。

前にも言われたことがあるような気がする。
これに似たようなことを。

でも、思い出そうとする度に頭の中には霧が掛かってゆく・・・。

「うみ・・・焔は、見たことあるのか?」
「ああ、遠い昔・・・・な」
「・・・今は、今は見ないのか?」
「・・・・・。」

『海』は、綺麗だった。
自分の目の色とはとても違うけれど。
でも、お前が俺の目を綺麗だと言ってくれたからこの目は・・・・『空』とそして『海』と同じ色だと思えた・・・・。

見たい景色があった。
孫 悟空、お前と。
空と海が一緒に存在する景色。
鈴麗とは見れなかった景色をお前と見たいと思った。

欲しい、と思った・・・。

「・・・だったら・・・一緒に見に行かないか?その『海』って場所へ・・・。」

焔の目が見開かれる。
頭の中にあった記憶が重なる。
そして・・・

「約束だ・・・。」

そう呟いた。

また守られることのない約束かもしれない。
でも、それで俺はこの約束と、お前のために生きていける。
記憶の一欠けらに俺が宿ってそして俺という存在をお前の中に留めておける・・・。

これを、人は『嬉しい』と言うのだろうか。


そして金蝉を失い、大罪を背負わされたお前を救うのは俺でありたかった。
あの岩牢の中からお前を連れ出すのも俺でありたかった。
でも、お前は金蝉しかその瞳に映そうとはしなかった。
力で奪おうとしてもお前は俺を拒否する。

残されたのは"約束"と辛い痛みだけだった。

欲しいのは心。
でもそれを認めてはならない。
認めたらお前を苦しめてしまう。

金の瞳を持つ幼子。

それでも、本能すら押さえ込んでお前を手に入れられたら、どんなに自分は救われただろう・・・・・・。


「ここが『うみ』かぁ・・・本当に空と同じ色してる・・・。」

目の前に広がる空と同じ色したものを眺めながら悟空は呟いた。

「ここの水は『海水』と言って塩水と同じ・・・」
「うわぁっ!!しょ、しょっぺぇ〜ッ!!」

焔が言いかけた瞬間に悟空の声があがる。
舌を出したまま、悟空は焔のほうへ駆けて来て言った。

「焔〜、ここの水、水のくせに何か異様にしょっぱいんだけど・・・。」

そんな悟空を見ながら焔は軽く苦笑すると、

「ここの水は『海水』と言って、塩水と同じだ。だからしょっぱいのは当然だな。」
「だったらそうだって早く言えよ〜・・・・うう、しょっぺぇ〜。」
「ほら、これを飲め。」

差し出された水筒を受け取ると、悟空はその中身を飲んだ。
口の中で甘味が広がる。

「甘いなぁ・・・これ・・・。」
「ミカンの果汁と砂糖などを混ぜた飲み物だと聞いたが、そんなに甘いか?」
「ああ、すっげぇ、甘い。」

その飲み物を見ながら立ち尽くしている悟空に近づいて、顎を掴むと、
そのまま顔を近づけて焔は悟空に口付けた。

「本当に甘いな・・・。」

唇を離してそう呟くと、悟空は顔を赤くして焔を軽く睨んだ。
けれど、それには殺気は篭っていないので照れているのだと、焔は解釈した。
水筒を持ったまま、後ろに振り向いて、悟空はまた海のほうへ歩いていく。
そんな悟空を愛おしそうに見つめ、焔は口を開いた。

「孫 悟空・・・。」

自分を呼ぶその声がとても低く、寂しげな声だったので悟空は振り向こうとする。

「そのままで・・・聞いてほしい」

振り向こうとした瞬間に聞いた焔の声に悟空は海の方向へ再び向いた。

波の音が響いてゆく、雲がいつまでも浮かんでる。
流れることなく・・・。

足音が近づいて、悟空の後ろでその足音が止まった。
後ろから焔に抱きしめられ、悟空は胸が高鳴るのを感じた。
そんな悟空を知ってか知らずか、焔は悟空の耳元で囁く。

「好きだ・・・。」

「!!」

焔のその声に悟空は驚きと戸惑いと・・・そして不本意にも嬉しさを感じた。
けれど、自分はそれを受け入れることが出来ないのは知っていた。
焔だって多分、そのことを承知して言っている。

「好きだ・・・悟空・・・・。」
「焔・・・。」

焔が悟空の顔を後ろに向かせて、そのまま口付ける。
それを悟空は拒めなかった。
けれど、受け入れることは出来ない。
でもせめてこれだけは精一杯に答える。

「俺のそばに・・・いてほしい・・・・。」

初めて口に出した。
これが報われないものだとわかってもそれを口に出さずにはいられなかった。
鈴麗のときはこれを口に出すことは許されなかった。
言えばそれが己々を滅ぼすことだとわかっていたから。

今回も同様だと、わかっていたはずなのに・・・

「悟空、俺のそばに・・・・。」


焔のストレートな告白に悟空は戸惑いを隠せずにいた。
どうやって断ればいい?
自分には三蔵しかいない。
三蔵以外には自分の存在はありえない、そう心は決まっていたけれど・・・

「・・・焔・・・。」

こんな自分のために己すらも傷つけてしまう弱い焔を、見捨ててしまうのはできない。
けれど、この想いを受け入れることも出来ない・・・・。

「ごめん・・・なさい・・・。」

小さく悟空は呟いた。
一度外された金色の目を片手で愛おしそうに撫でる。
その金色の目から涙が零れた。
焔の顔が一瞬歪む、けれどいつもと同じポーカーフェイスを装う。
それが焔の強さだった。
それに気がつかない振りをして、悟空は自分から焔に口付けた。
軽く、焔の目が見開かれる・・・。

「ごめん、な・・・焔・・・。」

そう呟いて、悟空の目からも一粒の涙が零れた。


解り切っていた結果を突きつけられ、焔は涙を止めることは出来なかった。

多分、心の何処かでは期待していたのだろう。

悟空が自分を選んでくれるのではないか、などと・・・。

触れた悟空の唇にもっと触れていたくて、何度も繰り返し口付けた。
空しさだけが、心に吹き付ける。

欲しかった、ずっと・・・

前に言っていた予感は当たる。
海が・・・海の水がこれから自分の流す涙のようだ・・・・

「しょっぱい・・・・な・・・。」



別れ際、去り行く悟空に焔は聞こえない声で囁く・・・。

「力ずくでもいい・・・今度会うときにはお前を手に入れる。」

"今度は手加減なんかしない。本能すら押さえ込んでお前を手に入れてやる・・・。"

そんな焔を気にしながら悟空は三蔵たちの元に走っていった・・・。








                                             FIN(?)


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