春の宵。
 目の前には薄紅の桜が舞う。

 喧騒を背後に、ただ人知れず『太閤』は桜を見上げていた。



























 こうして一人になると思い出す過ぎ去りし日々。
 何よりも自分らしくあれた時代。
 そして



 ――――――――――――――――――愛された記憶。



 荒々しく抱かれる中、落とされた・・・優しい口づけ。
 腕に。
 首筋に。
 肌けた胸に・・・・・・。

 その場所が燃えるように熱くなる。
 熱くて熱くて・・・・・・熱に犯される。

 

『・・・日吉』
 

 そう、気まぐれな自分の主は情事の時だけ己の名を正確に呼んだ。
 

『・・・殿・・・・・信長さ、ま・・・・』


 触れられた箇所から全身に熱が広がる。
 その熱に攫われるのが恐ろしくて。
 必死に腕を伸ばした。


 耳元で笑う気配。


『・・信長さま・・?』

『お前にしては上出来だ・・・日吉』

 意味がわからなくて首を傾げると・・・口づけられた。
 その後はもう・・・・何が何だかわからない。




 ただただ激しい波にさらわれて・・・
 
『日吉・・・』


 焦がれる熱に犯されて・・・

『日吉・・・』


 信じられないほどに優しい腕に抱かれて・・・・・・・・・・・・・・・・

 満たされて、いた。




「・・・・信長、さま・・・・」
 ほろりと零れた言葉は夜の闇へと消えていく。



 『日吉』
















「太閤殿下」

 背後から声がかかり、我にかえる。
 ああ・・・・これが今の自分の呼称。

「こちらにお居ででしたか。皆が探しておりますれば、どうぞ座のお戻りください」
「ああ・・・すぐに行く」
 
 男は一礼して去っていく。
 






「殿・・・・」
 散りゆく桜に呟く。
「もう・・・・俺を『日吉』と・・・『サル』と呼ぶ者は誰もおりません・・・・」
 もし・・・・
 もし、あなたが生きていれば・・・・・・・

 ・・・・・・それは幾度となく繰り返された意味の無い仮定。
 頭を振り、過去を彼方に追いやる。

 
 自分は今を生きている。
 過去に囚われるわけにはいかない。
 ・・・・いつか、その日が来るとしても。
 それは『今』ではない。


「殿・・・・俺はあなたの夢を叶えることができたでしょうか・・・・」
 
 かえる言葉はなく、ただ桜が宙に舞う。
 





















 体の奥に残る熱。
 その熱に。
 じりじりと内から犯されている。

















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++ あとがき ++

日吉の年は考えてはいけません!(笑)
しかし、これも変則的ではあるけれど『死にネタ』に
分類されるのでしょうか・・・??
何となく『ジパング』だと信長さま死なないような・・・(笑←願望)


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