殿を殴った・・・ この右手 この痛みは 俺のじゃない。 |
徐々に現れた暗雲は。 すでに天を厚く覆っていた。 それは、惜しまれる人物を亡くした追悼の色であり・・・・ 抑えなければならなかった信長の心情を表しているようでもあり・・・・ 日吉はいたたまれなかった。 後悔はしていない。 間違ったことをしたとも思っていない。 それでも。 発散できなかった感情というのは内に篭もり、己自信を苛む。 ――――殺されても、良かった・・・ 諦めなんかじゃなく、 それで少しでも殿の心をなぐさめることが出来るのなら。 自分の命など惜しくはない。 だから。 「・・・・殺されても良かった・・・・」 ぽつりと出た言葉。 その途端。 日吉の脳天に強烈な刺激が落ちた。 「・・・・☆×#*◆!??」 「何くだらねーこと言ってやがるっ!!」 信長が拳を振り上げていた。 「と・・・殿っ!?ど・・どうしてここにっ!?」 てっきり城に戻ったと思っていたのに・・・。 「てめーがほけほけ歩いているからだろーが!さっさとついて来いっ!!」 「は・・はいっ!!」 慌てて駆け出した日吉は、どすんっと何かにぶつかった。 「うわっぷ!」 目の前には白い壁・・・・・・・・・・・・ではなくて布。 ・・・・・・・信長の背中。 「あ・・・す、すすすすすすみませんっっっ!!!!」 「てめぇ・・・・」 信長の押し殺した声に日吉は殴られるのを覚悟した。 「何・・・泣いてやがる」 「・・・・・・・・・・・・・・・へ?」 「ったく、サルだな!自分が泣いてることもわかんねーのか!」 「え?え?・・・・・泣いてなんて・・」 日吉の顔に信長の手がのびる。 びくりと反射的に震える日吉の体。 予想外に。 信長の手は。 優しく触れた。 「ほら、濡れてるだろーが」 目前に差し出された信長の手は濡れていた。 「あ・・・・・」 本当だ・・・・。 「・・・たく・・・・・そんな顔してたら俺が泣かしたみてーだろうが・・・」 「す・・すみません・・・」 「てめぇは・・謝ってばかりだな」 「すみま・・・あの・・・・」 「謝るってのには自分の非を認めたってことだ。てめぇは何か間違ったことでも したのかよ」 『間違ったことをしたとも思っていない』 「いいえ!」 やけにはっきりと答えた日吉にやや驚いたような眼差しで信長が見つめた。 「・・・・で何が『殺されても良かった』んだ?」 「あ・・・・・いえ、その・・・」 「はっきり言えっ!!」 短気な信長はなかなか言い出さない日吉にキレた。 「あのっ!!殿に殺されても良かったと!!」 沈黙がおりた。 「・・・・・・・・・・・馬鹿が」 「た・・・確かに俺は殿より馬鹿で役立たずで・・・何の取りえもないですけど!!! でも・・・それでも俺を殺して殿の気持ちが少しでも晴れるなら殺されても俺は 全然構わなかったんですっ!!」 それだけ日吉は言い放つと、きっと殴られると思いきつく目を閉じた。 「大馬鹿だな」 けれど返ってきたのは苦笑まじりの信長の声だった。 「しかも大ボケとくる」 「は・・・・」 「てめぇは俺の天下が見たいと言ったな」 「はい」 「死んで見れるとでも思ってんのか?」 「・・・・・・・いいえ」 「なのに『殺されてもいい』だなんて言うわけか?」 「・・・・・・・・。・・・・・・・・・それが殿の天下を取る役に立つならば」 日吉はぎゅっと拳を握り締める。 「役になんざ立たねぇな。サルの死なんか」 「・・・っ」 ずきんと痛むのは・・・・・胸。 泣きそうになるのを堪える。 「本当にわかんねぇな・・・てめぇは・・・・・・こういうときこそ泣くもんじゃねぇか?」 「それは・・・・」 泣きたいけど泣かない。 これは自分勝手な痛みだから。 ――――――あの涙は・・・泣けなかった殿の代わりに流れた涙。 草履取り風情が分不相応な・・・そんな考えだけれど。 あれは自分の涙じゃない。 この右手の痛みが自分のものでは無いように。 「・・・サンキューな」 「・・・・・。・・・・・・・は?」 今のは幻聴か。 「何度も言わせるんじゃねぇっ!!」 「す、すみませんっっ・・・」 「お前の右手の痛みは・・・・」 信長が日吉の右手に触れた。 「・・・・・・わかっている」 「・・・・・・・・・・・」 それだけで十分だった。 他には何もいらない。 右手が・・・・・・・・目が・・・・・・・・・・・熱い。 涙が止まらなかった。 |
++++++++++++++++++++++++++++
◆ あとがき ◆
討ち死に・・・(+_+)