+  ただ流れるままに  +









(ん〜、あれは握り飯だな・・・あ、あっちは葉っぱかなぁ・・・こっちは絶対、兎だよなぁ・・・)


 藤吉郎はぼんやりと空を見上げ、流れる雲の形を想像する。
 ふと、おかしくなって笑みを浮かべた。


 物心ついた頃には、まだこうして空を見上げていた記憶が微かながら残っている。
 けれど、いつしか藤吉郎は地面しか見なくなっていた。
 殴られないように小さくなって、言いがかりをつけられないように俯いて。
 ただ、視線は下ばかりを向いていた。
 振り上げられた手の影がとても大きく、必死に目をつむり、痛みに耐えた。
 怖くて、恐ろしくて、とても上を見ることなど出来なかった。
 おどおど、びくびくして。

 空があることなんて、忘れていた。

 思い出したのは。
 そう。




(・・・・殿の、上に)

 眩しい太陽の煌きと、青い空、風に流されていく雲。
 見上げた殿の上に、それらはあった。

 ああ、空は上にある。

 『織田信長』、彼に仕えるようになって、藤吉郎はそのことをやっと思い出した。

 殿の上にはいつも太陽が輝き、青い空が広がっていた。
 眩しくて。眩しくて。
 振り上げられた手も、怖くなんてなかった。


(・・・そうえいば、あの雲なんて殿の髷にそっくりだ・・・)

 込み上げてくる笑いに、我慢ならなくなって藤吉郎は寝転がっていた地面を転がった。



 ごつ。



「あ・・・・?」
「・・・てめぇ、何やってんだ・・・?」
「あ。と、とととととと、殿っ!!?」



 げしっ。



「その呼び方はやめろっつっただろうが」
「う〜、す、すみません・・・・信長様」
 藤吉郎は殴られた頭を押さえて、呼び直した。
「・・・で?」
「は?」
 気の短い信長の額に、ぴしっと血管が浮かび上がる。
「あ!えーと!?その・・・・っ、そ、空、見てました!」
「・・・・・・・・」
 信長が藤吉郎の言葉に空を見上げた。
「・・・何もねーじゃねぇか」
 何か目新しいものがあるのかと、信長が期待したものはそこには何も無かった。
「ありますよ。空が」
「・・・・・・何を、当たり前のこと言ってやがる」
「ええ、当たり前のことなんですけど」
 理解不能と顔をしめる信長に、藤吉郎は微笑を漏らす。
 
 そう。空には空がある。
 当たり前のこと。

「まぁどうでもいいが・・・・てめぇ、覚悟はしてるんだろうな」
「は?」
「・・・人にさんざん働かせておいて自分はのんびりしてるとはいい度胸じゃねぇか・・・」
 信長の声が地を這う。
「え!?いやっ・・・ちょっとぼーっとしてただけでっ!さぼってなんかいませんって!」
 慌てて起き上がり、藤吉郎は必死に無実を主張した。
「問答無用」
「そんなぁっ!!」













 見上げれば空がある。
 あなたの上に。






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From モンゴル (笑)