愛しい、愛しい









 俺には感情が無い。
 そう信じて、疑っていなかった。
 何しろ、どんな死体を見ても、どんな女を抱いても、どんな財宝を見せられても、俺は興奮するということが
 無かった。表面的には驚くように、喜ぶように見せながらも、常に心の中では冷静に相手と状況を分析して
 いた。忍の職業病ともいっていいそれは、いつしか俺の中で覆すことの出来ない確固たる存在として俺の中に
 息づき、決して理性を手放させるようなことは無かった。





「そんな俺がねぇ・・・」

 木の上から馬を追いかける小さな影を見つめながら、苦笑いを漏らす。

「人を・・・・愛しい、なんてな」

 思う日が来るとは。まさか思いもしなかった。
 それは自分には最も縁の無い言葉だと、感情だと思っていた。
 それを、いとも容易く覆してくれたのは、何の価値も無さそうな小者・・・一見したところは。
 ちょっと耳と目が大きくて、察しが良くて、一生懸命で・・・ただ、それだけ。別に珍しい存在では無い。
 ・・・・・はず。

 出会ったときは、今とは違う名前だった。
 俺としては、そちらの名前が気に入っていたのだが、まぁ、今の名前も悪くは、無い。

「藤吉郎、藤吉郎、藤吉郎・・・・そのうち慣れるだろ」

 無条件に、手を貸してやってもいいと思ったのはあいつが始めて。
 言った自分が、驚いた。
 そして、こうして今は見守ってさえいる・・・・丸っきりおかしい。おかしすぎる、自分。
 これでは恋に狂った男も同然。
 
 ・・・全てが敵になるかもしれないあの状況で。
 忍と、織田方と、スパイかもしれない女と・・・・予言なんてただのきっかけだ。
 けれど、そのきっかげが、ここまでこの思いを俺に育ませた・・・・らしくなさに笑えてくるほどに。
 だが、決して笑いはしない。

 だって、自分はこの思いを抱いたことを後悔などしていないし、気まぐれの冗談でも無い。
 ・・・・本気なのだ、どこまでも。
 途方に暮れるほど、どうにもならない。


「藤吉郎・・・・藤吉郎・・・・責任、とってくれよ」

 涙がこぼれそうだ。
 お前が。





 愛しくて、愛しくて。


 ―――――― 愛し過ぎて。







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別名、『五右衛門の初恋』・・・(爆笑)