+++ 欺瞞の影  挿話 +++


■ 温もり ■








「父上」


そう呼ぶと、その人は

悲しそうな顔で






笑った。

































「ここが家なんだけど・・・」

 ・・・と連れてこられた家は、とても広くて目をまわしそうなほどだったけれど、何故かとても冷たく感じてしまった。その感覚のままに、寒いと言ったらその人は慌てたようにわたわたと家中を走りまわって、僕に上掛けをかけてくれた。
「ごめん、今引越しの最中で火の気がどこにあるかわからないんだ・・・まだ寒い?」
 僕は、上掛けをぎゅっと握り締めて首を横に振った。
 上掛けじゃなくて、その人の触れた部分からぬくもりが、体中に広がっていくみたいだった。
 その人は見るからにほっとしような表情をすると、もう一枚持っていた上掛けを兄上にも渡した。
「源太君も。二人ともその格好じゃ寒いね。・・・服があったかなぁ・・・」
「お前ので十分間に合うんじゃねぇ?」
「・・・五右衛門。俺は、そこまで小さくないと思う・・・」
「そうかぁ?」
「五右衛門っ!」
「わかった、わかった。適当に調達してきてやるよ」
 怒ったその人に、『五右衛門』と呼ばれた男は笑うと軽々と塀を越えて消えた。
      少し、驚いた。
「まったく・・・あ、ごめん。お昼にしようか・・・って、何か食べるものがあったかなぁ・・・」
「真田様、俺たち・・・」

 兄上が何か言おうと声を掛けると、その人は歩き出そうとしたままの格好で固まり、ぎぎぎと音がしそうな動きで僕たちを振り向いた。

       えーと、その、『真田様』ていうのは・・・」
「「????」」
「昌幸、でいいよ」
「え、でも・・・俺たちあんた・・あなたにご奉公するわけですし呼び捨てなんて」
「は?!ご奉公!?」
「「え??!!」
 驚くその人に、僕たちも驚く。
         そういう意味で引き取ってくれたんじゃなかったんだろうか?
「そんな、ご奉公なんて!俺、そんなことしてもらえるような人間じゃないんだよ」
 こんな広い屋敷を持ってて?
 不審そうな顔の僕たちに、その人は困ったように笑って、ごめんと頭を下げた。
「ちょっとバタバタしてたから事後になって、本当に二人には悪いんだけど・・・」
「「???」」
「二人とも、俺の養子になったから」


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」

 僕と兄上の声は見事に重なった。


「いや、その!あの・・えっと・・・・・・嫌だったら、無かったことにするけど・・・・あ、もちろんっ!そんなこと
関係なくここで暮らしてくれていいから」
 僕たちの死んだ父上と母上よりも、たぶん若いだろうその人は、武士とは思えないほどに柔らかい印象で僕たちみたいな『子供』と、対等に話してくれようとしている。

「でも、あんた・・・結婚してるんじゃ・・・」
 さすがの兄上も驚いて口調が元に戻っていた。
「してないよ。子供も居ない」
       どうしてそんな悲しそうな顔で笑うんだろう・・・
「養子って言っても、別に何かして欲しいわけじゃないんだ。俺と五右衛門じゃ、この屋敷は広すぎるし、俺は・・・仕事があって、毎日帰って来れないだろうから、二人が居てくれるととても助かる。どうかな?」
 どうって言われても・・・困って兄上を見上げると、兄上も同じような困った顔で僕を見ていた。

 ・・・・・本当のことを言うと、僕は、まだ会って数日しか経っていないこの人が好きだった。
 僕たちみたいな戦争孤児を引き取ったって何も得することなんて無いのに、家も食べるものも与えてくれておまけに自分の子供にまでしようなんて・・・こういうのを『物好きにも程がある』て言うのかもしれないけれどたぶん・・・本当に『いい人』なんだろうと思う。
 家畜のように働かされていたころに比べたら、信じられないほどの生活で、僕はひそかに夢を見ているのかもしれないと今でもまだ疑っているのだけど・・・。
 でも、これが夢でも・・・この人の子供になれたら、とても嬉しい気がした。

「源太君、弁丸君」

 優しい声で呼ばれて、僕は一歩前に出た。
 差し出された手をとり、こくりと頷く。
 兄上を振り向くと、同じように頷いていた。

「それじゃあ、改めてよろしく」

 握られた手が、とても暖かかった。

















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