慰撫
『信長行状改方』という何だかよくわからない役職を、いきなり与えられて一週間。 ・・・・・はっきり言おう。 日吉は疲れ果てていた。 「どうだ、信長の傍に居るのには慣れたか?」 清洲城。 信秀からの招致ということでやって来た日吉は無いを言われるのだろうかと、何かヘマを してしまっただろうか、と内心冷や汗をかきながら額づいていた。 そんなわけで、信秀にそういわれてすぐに返事をかえすことが出来なく、『ええ、まぁ・・』 なんて曖昧に頷いてしまった。 信長もそうだが、日吉にとっては信秀はさらに威圧感を感じる人物である。 さすが、実質的に尾張を支配するだけある。 本当なら日吉など声どころか顔さえ見ることがかなわない上の人だ。 「どうした?何か不都合があれば遠慮なく言え。暴れ馬に手綱をつけることは生半可な労力 では無かろうからな」 自分の息子であろうに、そんな風に表現してしまう信秀に、ひきつると共に・・・この人は 信長様のことを本当に大切に思っているんだな、と嬉しくなった。 「・・・何だ?」 「あ・・いえ・・・その・・・信長様のこと、愛してらっしゃるんですね」 「・・・あれは俺によく似ている。不器用なところもそっくりだ。幼い頃に母親と無理矢理離した せいか、誰かに甘えるということを知らん。それが、お前には我侭を言うそうだからな・・」 「え?・・え、そんなことは・・・俺は、傍においていただけるだけで十分なんです・・」 照れて顔をあげられない日吉に、信秀は慈しむような表情を浮かべた。 ・・・あっという間に消えてしまったが。 「日吉、と言ったな」 「は、はい」 「少しばかり付き合え」 「・・・・は?」 信秀は立ち上がると、日吉についてくるようにと促す。 慌てて日吉は後を追った。 「お前は飲めるほうか?」 「・・・は?あ、いえ・・・それほどは・・・」 くいっと銚子をあげる仕草をされて、日吉は首を横に振った。 「そうか、知っているかもしれぬが信長も下戸だ。あいつがよく下げている徳利の中身は 実は酒では無く、牛の乳なのだ」 「あ、お聞きしました・・・びっくりしましたから」 「ほぅ、あれが言ったか・・・信長はお前のことを気に入ったのだな」 「そ、そんなことは!!・・・よく殴られたりしますし・・・」 一日に最低1回・・信長に殴られるのは日常茶飯事となっている。 「くっくっくっ・・・あれも大きいなりをしてまだまだ子供だな。気に入ったものほどイジメたくて 仕方が無いらしい・・・・・」 信秀は半歩下がって、とてとてと小動物のようについてくる日吉へ視線を向けた。 ふわふわと揺れる薄い色素の髪に思わず手を触れた。 「・・・っ!?」 大きな瞳が信秀を見上げる。 ここまで素直に反応をかえして貰えれば、信長もさぞやりがいがあるというものだろう。 イジメたいという信長の気持ちがわからないでも無い。 「あ・・・あの・・・信秀、様・・・?」 「一滴も飲めぬというわけでは無かろう?月見に少し付き合え」 「・・・は、はい!」 緊張からか、しゃきーんっと固まってしまう様子に笑いが漏れる。 本当にこの荒んだ時代に珍しい素直さだった。 誰が裏切るかわからない・・・肉親でさえ信用できない時代だ。 だが、何故か日吉だけは裏切らない、そんな気を起こさせる。 「あ、お注ぎします」 侍女たちは全て下がらせたため、酌をする者がいない。 日吉は自分しかいなくて申し訳ないと思いつつ、信秀の手にある朱塗りの盃に透明な 液体をとくとくと注いだ。 「お前も持つがいい」 「は、い、いただきます・・・」 公式の場なら日吉などとても城主である信秀直々に盃をもらえるような身分ではないが ここで拒むというのは、誘った信秀に失礼だろう。 畏まりながらも、日吉は盃を取った。 今夜は曇も無く、月が冴え冴えと輝いている。 「・・・日吉、と言ったな」 「はいっ」 「俺はお前に・・・信長の支えとなって欲しいのだ」 「は・・?」 「あれは人に弱みなど見せぬだろうがな・・・たぶん近く荒れることになる」 「・・・・??」 信秀はくいっと飲み干した盃を盆に伏せて置いた。 「俺は長くない」 ・・・・・・・・・。 日吉は信秀の言葉がすぐには理解できず、ぽかんとしたものの・・・・その意味に気づき 目を見開いた。 「な・・・っ!?」 「信長には冗談で紛らわせたが・・・己の体調は自身が一番よくわかっている。医者などは ゆっくり養生すればとは言っているがな・・・・駄目だろう」 「そ・・んな・・・・・そんなこと言わないで下さい!どうしてそんな・・・」 信長の唯一の理解者である、信秀。 亡くなるには早すぎる。 つきん、・・と日吉の胸が痛んだ。 どれほど、信長が悲しむことだろう・・・と。 「お前は優しいな」 「そんなことありませんっ!」 「いや、お前のような者が信長の傍に居てよかった。人間始終気を張り詰めて生きることは 出来ん・・・安心できる居場所が必要だ」 「俺は・・・俺なんかは・・・・」 信秀は震える日吉の手をなだめるように叩いた。 「大丈夫だ。お前ならやれる・・・・・・・信長を頼む」 「・・・・・・・」 普段は苛烈な正面からは恐ろしくて見られないような信秀の眼差しが、今は穏やかで 浮かべられた微笑が日吉を安心させる。 信長行状改方とは名ばかりの農民あがりの自分に、何故、信秀はこれほど真摯なのだろう。 ・・・・そんな風に言われて拒めるわけが無い。 「俺は・・・信長様の支えになれるような人間だとは思いません。・・・・でも、少しでもそう思って いただけたら・・・とても嬉しいと思います」 くっくっと信秀が笑いをこぼす。 「・・・なかなか、強情だ。だが、それもまた良し」 「・・・・信秀様っ」 酒のせいもあって、日吉の顔にたちまち朱がのぼる。 「あれを・・・・信長を頼んだぞ」 「・・・・・・・はい、力の及ぶ限り」 「俺は・・・・」 『信長を・・・・』 「織田信長の・・・天下が・・・」 『・・・頼んだぞ』 「見たいんですっ!」 少しでも・・・俺はあなたの頼みをかなえられたでしょうか・・・・・・・・? 信秀様。 |
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同盟チャットで有東様と河童様にリクエストされて
調子に乗って書いてしまったパパヒヨ
・・・大人の余裕と魅力です(笑)
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