花千樹



<下 3>



 空はどんよりと厚い雲に覆われ、今にも白いものが落ちてきそうな、寒い冬の日。

 漸く床離れを医者に許された日吉は、探し物をして城内をうろついていた。
 吉法師を庇い、日吉が受けた傷は至近距離から斬りつけられたせいもあり、割と深いものだった。医者から完治には三ヶ月はかかると言われていたものの、脅威の回復力を見せ、二週間も過ぎる頃には普通に生活できるまでになっていた。
 城内に与えられた自分の部屋で床についている間、一益や小姓たち、畏れ多くも信秀までもが見舞いに訪れてくれた。
 けれど、日吉が誰よりも会いたいと願う人はいつまで経ってもその姿を見せることは無かった。何も見舞いに来て欲しい訳では無い・・・ただ、無事なその姿を確認したかった。
 信秀などから、元気にしているということだけは聞いていたが、実際にその姿を見るまではどうにも実感がわかない。
 そういう訳で城内ならばと、外出する許可をもらった日吉は吉法師の姿を捜して彷徨っていた。
 吉法師が行きそうな場所を探してみるのだが、全く見つからない。城下に出ているのかとも思いきや、出会う人ごとに吉法師のことを聞いてみると、どうやら城内に居るらしい。
 だが、いつまで経っても見つからないというのはおかしい。見かけたという場所に行ってみるのだが、すでにその場所には姿は無い。
「・・・もしかして、俺・・・避けられてる・・・?」
 呟いた日吉は呆然と立ち尽くした。
「・・・・どうしよう・・っ、怒らせちゃったんだろうか・・・そういえば頬ぶった・・・よな・・・・どうしよう・・・顔も見たくないほど怒ってるのかも・・・」
 絶望的な気分に日吉はその場に座り込んだ。


「何をしている?」


「っ!?の、信秀様っ」
 反射的に立ち上がった日吉に、信秀は穏やかな笑顔を浮かべて怪我はもう大丈夫なのかと聞いてきた。
「はい、もう大丈夫です。俺……私は丈夫なのだけが取り柄なんで」
 心配してもらった事がくすぐったくて、日吉はほんのり顔を染めて頭をかく。
 少々強引なところはあるが、根は優しい人なのだ。
「そうか、無理をするなよ。ところで、こんな場所にしゃがみこんで何をしていた?」
「あ、えと、その・・・」
「吉法師を捜していると聞いたが、まだ見つからないのか?」
「・・・・はい・・・・あのっ!」
「ん?」
「俺、吉法師様を怒らせてしまったんでしょうか?もう・・・必要無いんでしょうか・・・・」
 言葉は知り窄みに消えていき、顔も俯いた。
「あれがそう言ったか?」
「いえ・・・でも、全然お顔を見せて頂けないんです」
 力無く肩を落とした日吉は、小柄な体が一層小さく見える。・・・それが庇護欲を誘う。
「ふむ、では吉法師の世話役の任は解くか……」
「え!?」
 慌てて顔をあげた日吉に、にやりと信秀が笑った。
「代わりに俺の世話役に任じよう、どうだ?」
「あ・・・俺、は……」
 日吉は小さく首を振った。
「ありがとうございます、信秀様。俺なんかには過分なお言葉です。……でも、俺は……吉法師様のお世話役ですから」
 迷いの無い言葉だった。
「そうか…………良かったな――― 吉法師?」
「え」
 どうして吉法師?
 首を傾げた日吉の視線の先、信秀の背後から気まずそうな顔をして吉法師が姿を見せた。
「・・・っ」
 驚く日吉の肩をぽんぽんと叩き、笑いながら信秀は去って行った。
 残された二人は、黙ったまま―――。
 何か、何かしゃべらなければと思うものの、頭の中はぐるぐるとまわり、訳がわからない。
「サル――・・・」
「すいませんっ!!」
 口を突いて出たのは謝罪だった。
「は・・・?」
「ご無礼なことをして申し訳有りませんっ!お咎めはどのようにもお受けいたしますので、どうか・・・どうかこれからも側にお仕えすることをお許し下さいっ!お願いしますっ、吉法師様!」
 一息に言うと、日吉はその場に土下座した。
 頭を強く、床に押し付けぎゅっと目を閉じ、吉法師の沙汰を待つ。
「・・・・。―――・・・馬鹿」
「え・・・」
「っとに、てめーは馬鹿だな」
「は、はぁ・・・」
 どこの世界に命をかけて救ってくれた相手を咎めるような人間がいようか。
 吉法師が日吉を避けていたのは怒っていたからではない。どうしていいか、わからなかったのだ。
 何の損得も無く、吉法師を庇ってその身を犠牲にした日吉。籠が来る間、目の前でどんどん顔色の悪くなっていく日吉に、吉法師は恐れを抱いた。
 もし、このまま日吉が死ねば―――。
 浮ぶ考えを何度も打ち消し、吉法師は何も出来ない己の不甲斐なさと、こんなことになった原因である自分を責めた。
 籠がやって来て、城に運ばれ、命をとりとめたと聞いても、もしかすると嘘かもしれないという疑いに日吉の顔を見るのが、怖かった。
 だから、必死で避けたのだ。
「吉法師、様・・・?」
「どうして俺を・・・いや」
 どうして自分を助けたのか、その問いかけを吉法師は呑みこんだ。
 日吉は、吉法師の父親である信秀に、側へ仕えよと言われていたにも関わらず、まだ海のものとも山のものとも知れぬ相手のほうが良いと言い切る馬鹿だ。
 聞くのは一度だけでいい。
 吉法師は、頬の痛みと共にそれを憶えている。
 それでいい。
「・・・何、とろとろしてんだ、遠がけ行くぞ」
「え・・・は、はいっ!」
 不器用な吉法師に、日吉は顔をあげ、一番の笑顔を浮かべた。去っていく小さな背中に追いつくべく、立ち上がる。

「吉法師様っ」

 この方が、己の仕えるべき唯一の主君。
 一番大事な方。










―――終生、お側にあることをお許し下さい。















漸く幾つかあるバックアップハードディスクから見つけ出してサルベージしました!
2004年のデータなので、えーかれこれ14年ぶりですね!
何というか昔すぎて自分で恐れおののきました(苦笑)
でも拍手で続きが読みたいと仰って下さった方がいらっしゃったので何とかアップできました。
こんな昔過ぎる作品ですが(今読み返してもあまり今と成長が無い気がする)
お楽しみいただけると嬉しいですっ!
ありがとうございました!!!!