侮れない彼







「思ったより早く済んだな・・」
 夜明け間際の薄暗い街道をのんびり歩きながら、五右衛門は呟いた。
 信長に言われた仕事を片付けるのに約1週間と期限を考えていたのだが、思いのほか早く終わった。
 仕事が早く終わるのはいい。別にそれは構わない。
 ただ、余った時間が問題だ。
 次の仕事がすぐにあるわけでもなく、手持ち無沙汰になる。
 以前の五右衛門なら仕事を求めて諸国を漫遊するという手も使えただろうが、今はこの尾張を離れるわけには
 いかない。―――いや、離れたくないのだ。

「ま、いっか♪・・・朝飯でも食べさせてもらいに行こう♪」
 朝早い彼は、きっと起きて朝食の準備をはじめているだろう。
 グッドアイデア!・・・と五右衛門は足取りも軽く目的地へ急いだ。





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 鶏さえ、まだ羽を休めている時分から起き出した藤吉郎は、竈に火をつける。
 鍋に水をはり、ご近所の人に貰った野菜を手早く切ると、その中へと放り込む。
 無駄な動き一つない、流れるような作業である。
 かなり手馴れている。
 
「・・・そろそろ秀吉起こさないとな〜」
 一緒に登城するわけではないが、朝強い藤吉郎とは違い、秀吉は朝に滅法弱い。
 いつだったか、そのうち起きるだろうと朝食の用意を整えて、藤吉郎は先に登城したことがあった。
 信長の朝駆けについて行き、帰ってきた藤吉郎がいつもの仕事場に顔を出したとき、そこには秀吉の姿は
 無かった。―――寝坊していたのだ。
 それ以来、藤吉郎は律儀に秀吉を起こしてやっている。
 遠く離れた家に住んでいるわけでもなく、一つ屋根の下、広くもない長屋に一緒に住んでいるのだ。
 大した手間ではない。
 藤吉郎は味噌汁の味を調えると、竈の火を弱め秀吉を起こしに立ち上がった。


「秀吉、朝だよ。・・起きろって」
「うー・・・」
「ほらほら、早く。ご飯冷めるだろ」
「・・・う・・・ぐ・・・」
「秀吉っ!」
 なかなか目覚めない秀吉の鼻を藤吉郎はぎゅっとつねってやった。
「・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・っっっぶはぅっ!」
「あ、起きた」
「て、てめーっ!俺を殺す気か!?」
「すぐに起きない秀吉が悪いんだろ。おはよう」
「・・・・おはよ」
 しぶしぶ身を起こした秀吉を確認し、藤吉郎は朝食の膳を用意する。
 麦飯をよそい、味噌汁を椀に入れ、漬物を添える。
 いつもほとんど変わり映えのしない献立だが、時折これに魚がついたりする。
 その間に、秀吉は着替えて外で顔を洗ってくるのだ。

「あー・・・あ?」
 井戸の水で顔を洗い、意識をはっきりさせた秀吉は囲炉裏の前に置かれている膳に首を傾げる。
「・・・なんで三つ?」
「だって」
「だって?」
「五右衛門いるから」
 当たり前のように言われて、秀吉は素早く周囲を見渡す。
 ――― どこにもその姿は無い。
「は?」
 秀吉が声を出すよりも早く、何か嫌な音がした。



「「・・・・・・・。・・・・・・・・」」
 藤吉郎と秀吉が天井を見上げると―――― 足が突き出ている。
「な・・・」


「何やってんだっ、てめーーッ!!!」


 秀吉の叫びに答えるように、足が引っ込み、黒い塊が二人の前に落ちてきた。

「や、おはよ♪」
 藤吉郎ににこやかに、手をあげるのは・・・五右衛門である。
「お・・・・おはよう」


「アホかっ、人ん家を壊してんじゃねぇ!」


 怒り心頭の秀吉は、五右衛門の胸元をつかんで叫ぶ。
「いやー・・壊すつもりは無かったんだけど・・・」
 あはははは、と五右衛門は髪をかきながら笑う。
 笑い事じゃねぇんだよっ!ちゃんと直せよっ!と怒り続ける秀吉に、いい加減な返事をかえしながら、
 五右衛門はちらりとその背後の藤吉郎を見た。

 (おっかしーなぁ・・気配、ちゃんと殺してたはずなんだけどなぁ・・・何でわかったんだ?)

 まさかバレるとは思わず、驚かせるつもりで天井裏に潜んでいた五右衛門は、反対に驚かされて
 ついついお約束なことをしてしまった。

「ちゃんと扉から入って来い!扉から!」
「はいはい」
「・・・って、全然聞いてねーだろうが!人の話をっ!!」
「なーなー、藤吉郎」
「おいっ無視すんなっ!」
「俺、今日帰るって言ってたっけ?」
「ううん」
 藤吉郎は首を振る。
「じゃ、何で俺が来るってわかったの?」
 藤吉郎にバレるようでは、忍廃業である。

「わかったっていうか・・・匂い?

「は?」
「匂い?」
 秀吉と五右衛門は、藤吉郎を見つめる。
「うん。何かね、五右衛門の匂いがしたから」
「・・・・・。・・・・・」
 五右衛門は素早く自分の匂いをかいでみる・・・・別に気になる匂いはしない。だいたい忍がそんな気づかれる
 ような匂いを身にまとうわけもない。
 隣の秀吉も胡散臭そうな顔をしつつも、匂うか?と目で問いかける五右衛門に首を振ってみせる。
「五右衛門だけじゃないよ。秀吉とかも近くに居るとわかるし」
「・・・匂いで?」
「うん、匂いで」
 にっこり無邪気に笑う。
「「・・・・・・・・。・・・・・・・・」」
 何だ、お前は!野生か!野生の動物なのかっ!?

「どうしたの?早くご飯食べよう」
 混乱する二人に、あくまでマイペースな藤吉郎。
「・・・・そう、だな」
「・・・・いただきます」

 にこにこ笑う藤吉郎に、得体の知れないものを感じつつ二人は箸を取るのだった。










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