「サル!」 「は、はいっ!」 いつものように信長に呼ばれて傍近くに控えていた日吉は駆け寄った。 「何でしょう、殿?」 「明日が何の日が当然、わかっているよなぁ?」 「・・・・は」 何の日だっただろうか・・・・? 信長の誕生日?いや・・違う。では・・・何かの記念日だったろうか・・・・? 日吉の記憶には全く無い。 明日は特別なことなどない、普通の日なはずだ。 「何か・・・ありましたでしょうか?」 「おおありだ!明日は『ばれんたいんでぃ』と呼ぶ日だ!お前は俺に感謝の気持ちとして 『ちょこれぇと』を贈らなければいけない!わかったな!」 「は・・・・え・・・・えぇっ!?」 いったい何がどうして、わかったなどと言えよう。 日吉にとって『ばれんたいんでぃ』も『ちょこれぇと』も初めて耳にする言葉である。 いったいそれは何なのか? 「あ・・・あの、殿・・・・ぷはっ!」 何なのかを尋ねようとした籐吉朗は顔面に何かを投げつけられた。 ぱらぱら、と音をして顔を滑り落ちていったのは一冊の書物。 「聞くな。それに書いてある、読め」 信長はそれだけ言うとすたすたと部屋に入って行った。 残された日吉といえば・・・ 「・・・・・・・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 その背中を見送りながら深く重たい溜息を大きくついていた。 「・・・・で、わかったのか?その『ばれんたいんでぃ』に『ちょこれぇと』というのは?」 何やら書物を胸に一際疲れた顔で帰って来た日吉に事情を聞いた秀吉がなかば呆れた ように尋ねた。 「うん、それが・・・『ばれんたいんでぃ』というのは明日、2月14日のことで、『ちょこれぇと』 というのはその日に渡すものらしい・・・んだけど・・」 「何だ?」 日吉は秀吉の目の前に書物のあるページを開いて見せた。 色鮮やかに着色され、綺麗に製本されたそれは相当に高価な品物だ。 これ1冊でも日吉の1年間の給料を裕に越えてしまうだろう。・・・悲しいことに。 だが今はそんなこと気にしている暇はない。 「・・・・四角だな」 「うん。しかも焦げ茶色」 どう見てもそれは、四角く切られ、焼き豆腐にしてようと失敗して黒こげた代物。 「・・・これが、”ちょこれぇと”なのか?」 「・・・たぶん・・」 その絵の下にのたくたと見たこともない文字が並んでいるのだが、たぶんそれがこの ”ちょこれぇと”の説明なのだろう・・・・が、あいにく日吉も秀吉も読むことは出来ない。 「・・・・・どうするんだよ」 「・・・・・どうしよう・・・」 期限は明日まで。 信長のことだ、『出来ませんでした』なんて許されない。 そんなことにでもなれば・・・・・・・。 日吉は想像して頭をぶるぶるっと振った。 想像するのさえ、恐ろしい。 「・・・仕方ない。とにかく似たものを作ってみる」 「・・・豆腐を焦がすのか?」 「・・・・・・」 いくら何でもそれはまずいだろう。 「・・・ひ、ヒナタに聞いてみる!ヒナタなら何か知ってるかもしれないしっ!」 「まぁ、ここで俺と考え込んでるよりは建設的だな。まぁ、せいぜい頑張れよ」 「えぇぇっ!!秀吉は!?」 「何で、俺が?お前が殿に言われたんだから俺は関係無いだろ」 「・・・・うぅ」 酷い。酷すぎる。 涙を潤ませて睨みつける日吉に一瞬、秀吉は怯んだものの・・・すぐに持ち直す。 信長の日吉いじめは何も今はじまったことではなく、今や日課。 これが無ければ一日が始まらないと言っても過言では無い。 それを邪魔するのは命を捨てるも同じ。 秀吉も命はまだ惜しい。 「・・・・骨は拾ってやる」 「・・・・・秀吉ぃぃぃぃぃぃっっ!!!!」 青い空に日吉の叫び声が無情に響いた。 「・・え?チョコレート?」 「知ってんだ!?」 「それは・・知ってるけど。でもどうして日吉が?」 「いや〜実はかくかくしかじかで・・・」 日吉は信長の命令を聞くも涙、語るも涙でヒナタに訴えた。 「なるほど」 ヒナタはそれを苦笑しながら聞いて頷いた。 「でも・・・この時代にカカオ豆なんて無いし・・・チョコレートを作るのはちょっと無理だと思うわ」 日吉は石となって固まった。 「だけど・・別のものを用意してもいいんじゃないかしら?バレンタインデーなら」 「え・・・?」 「バレンタインデー、ていうのはね」 不思議そうな顔をした日吉に、ヒナタは笑いながら『バレンタインデー』について 話してやった。 -----2月14日。 幸いなのか不幸なのか、朝から天気に恵まれ空には青空が広がり太陽が光り輝いていた。 「・・・・よしっ!」 日吉はヒナタに言われて用意したものを大事そうに抱えると長屋の戸をあけた。 それを見送る秀吉は日吉の健闘を祈るばかり。 「じゃ、行って来る!」 「ああ、せいぜい頑張れよ」 まぁ、なるようにしかならないだろう。 「あ・・そうだ」 「何だ?」 「あのね。・・・・そこの机に置いてあるの」 「あ?」 目を向ければちょこんっと丁寧に包装された箱が置いてある。 「俺から秀吉に」 「・・・・は?」 ぽかんと口を開いた秀吉に日吉は笑うと今度こそ家を出た。 「殿っ!おはようございますっ!!」 いつものように挨拶をして縁側に控えた日吉は信長が顔を出すのを待つ。 晴れているとはいえ、まだまだ寒い日が続いている。 吐く息も白く、手足の熱は刻一刻と奪われていった。 それでも日吉はこうして信長が出てくるまでの時間が好きだった。 いったい今日はどんな役に立てるのか? そんなことばかりを考えている。 「・・・よぉ、サル」 「殿!今日は殿が仰ってた”ばれんたいんでぃ”ですね」 「おお。ちゃんと用意してきやがったか?」 「はい!・・・えぇと、ただ・・・”ちょこれぇと”は用意できなかったんですが・・・」 「何・・・?」 信長の顔が不機嫌に歪む。 「で、でもっ!違うものを用意してきました!」 そう言って日吉は包みを信長に差し出した。 それを受け取った信長は乱暴に包みを解くと、中から出てきたものを手にとり眺める。 一見するところは文献のチョコレートにそっくりだったが、その長細く寒天のように つるつるな表面の中につぶつぶが入っている、それは・・・紛れも無く、”羊羹”。 「あの・・初めて作ったんで・・・上手くできたかわからないんですが・・・殿は甘いもの お好きだとお聞きしていたので・・・」 「サル、てめぇが作ったのか・・・」 「は、はいっ!あの・・・俺なんかのものでお口にあうかはわからないんですが・・・」 日吉はそれだけ言うと頭を下げて、信長の言葉を待つ。 やがて・・・。 「・・・・ふん、貰っといてやるよ」 日吉は思いがけない言葉を聞いて、がばっと顔をあげると部屋へと入っていく信長の 背中が見えた。 「・・・あ、ありがとうございます!!」 日吉は感激した。 ・・・自分なんかが作ったものを信長が食べてくれる。 それだけで幸せになれる日吉は、今回の苦悩が信長の『ばれんたいんでぃ』に『ちょこれぇと』 を渡せという無理難題から起こったことを綺麗さっぱり忘れていた。 ・・・まぁ、忘れているからこそ幸せなのかもしれないが・・。 当人たちが良ければ他が口を出す問題でもないだろう。 瓦の上で傍観していた五右衛門は一人、そう納得するのだった。 その五右衛門も後日、日吉に同じものを貰い幸せに浸っていたのだから他人のことは いえないだろう。 ということで、めでたし、めでたし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・? |
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++あとがき++
バレンタインにUPするつもりがずるずると・・・・(涙)
漸く日の目を見ることが出来ましたv
次はホワイトディですね!
きっとまた殿が暴れてくれることでしょう(笑)