閑話  Instinct






動物には本能がある
それは時に恐ろしいほどの威力を発揮する















「この村が僕を呼んでるっ!」
 いきなりそう言い出した同盟軍軍主ローラントは、はっきりいってなーんにも無さそうな小さな辺境の
 村に突撃していった。
 システムの常で、軍主から離れられないパーティの残り五人も仕方なくそれに続く。
 本日のメンバーは保護者のカスミ以下、フッチ、サスケ、ルック、ナナミ、となっている。

 宿敵ルカ=ブライトを倒し戦にひと段落ついた後、ジョウイの裏切りとも言える行為に傷つく(ふりをしている)
 ローラントにシュウが珍しくも休暇を与え、お目付け役のカスミとその他一同を送り出したのが昨日のこと。
 丸一日かけてトランとの国境までやってきたローラントの目的はいったい何なのかわからない。
 ・・・もしかすると何も考えていない可能性も90%ほどあるが。
 とにかく、皆は村の入り口で叫んで走り出したローラントに呆気にとられ、置き去りにされた。

「何?電波?宇宙人とでも交信してんの?」
 口を開けば”何か用?””馬鹿馬鹿しい”という決まり文句しか言わないルックが珍しく三文節以上の言葉を
 口にした。・・その内容はともかくとして。



 一同がローラントに追いついたとき・・・彼は一人暴走していた・・・小さな宿屋の前に仁王立ちしていた。
 営業妨害だ。
「ここだ!ここが僕の運命の場所だっ!」
「・・・・あいつ、頭にキたのか?」
 拳を握り締めて叫んでいるローラントにサスケがぽつりと落とす。
 誰も・・・ナナミさえ否定しないところをみると、多かれ少なかれ思うところは同じなのかもしれない。
「ここって確か・・・ローラントに憧れて同じ格好をしている男の子が居たところだと思うんだけど」
「あいつに?」
 信じられないとサスケが目をむく。
「新同盟軍のリーダーに憧れてるんだって。ローラントがそうなんだってことはわかってないみたいだけど」
 ナナミの言葉に、なるほど、と深く一同は頷いた。
「いらっしゃいませ〜」
 宿屋兼食堂らしいそこはローラントたちの姿に明るい声で出迎えてくれた。
「あっ、この間のお兄ちゃん!」
 入り口をくぐってすぐそこに例の男の子がローラントそっくりの姿をして立っていた。
 ローラントに気づくと駆け寄ってくる。
 ローラントとナナミがその男の子の相手をしている間にカスミが宿の手続きをする。シュウにメンバーの
 お目付け役を頼まれているカスミの苦労は絶えない。何しろ協調性の「き」の字さえ知らないどころか
 知っていてあえて無視する連中なのだ。
 思わず宿帳に記帳する際、ため息を漏らしたカスミを誰も責められはしないだろう・・・。
 さて、そんなカスミの苦労も知らず、ローラントは例の男の子と楽しげに会話している。

「ねぇねぇ、いいこと教えてあげる!でも誰にも秘密だよっ!」
 それだけ大きな声で話していれば秘密も何もあったものではないが、いつものことなのか周りの大人は
 気にすることなく自分たちの仕事に精を出している。
「今ね、ローラント将軍がここに泊まってるんだよっ!」
「え、嘘だろ」
 そんなわけあるか、とサスケが即座にかえす。
「本当だよっ!・・・名前は違ったけど・・・きっと隠してるんだよっ!」
 必死に言い張るコウ少年の手を、ローラントが徐に握り締めた。
「会いたい、会えるかな?」
「おい」
 何を余計なことを、とサスケが口を挟みかけるのをローラントが手で黙らせる。
 残るギャラリーは遠巻きにして眺めていた。
「うん・・・でも見張りの人が居るんだよ」
「見張り?」
「頬に傷のある金髪のお兄ちゃん。きっとローラント将軍の護衛なんだ!」
 そのとき、ぴくりとルックの目元が動いた。
 先ほどまで興味を示していなかった、フッチとカスミも同時にふりむく。
「どうしても会いたいな、その人に」
「それじゃ、僕が囮になるからその間に会ってくればいいよ!将軍は奥の釣り場に居るから」
「ありがとう、コウ」
「ううん!もし将軍だったら僕にも教えてね!」
 男同士の約束(?)だとローラントとコウは握手する。
 そして、俄仕立ての穴だらけの計画が発動した。













「本当にこんな作戦がうまくいくのか?」
 サスケが疑わしげにローラントに問う。
「もちろんだよっ!うまくいかないわけが無いっ!」
「・・・・・。・・・・」
 いったいその自信はどこから沸いてくるものやら。
 一行はローラントを先頭にコウ少年に教えてもらった奥の釣り場へ続く細い道を歩いていく。
「あ、きっとあの人よ」
 ナナミが指差す。
 向こうもこちらに気づいたらしく、慌てたように駆け寄ってきた。
「あ・・・あの、あのすみませんっ!今こちらは通れないんですっ!ですから・・・っ」
 頬に傷がある、とかいうから怖い人を想像していたローラントは拍子抜けした。どう見ても人の良すぎる
 兄ちゃんだ。
 そのとき。


 「うわーっ!そこにひと〜そこの金髪のお兄さん〜っ!たすけてぇ〜」


 ・・・・・・。・・・・・・・・・何て下手な芝居なんだ。
 棒読みにしか聞こえないコウ少年の助けの声に、ローラントを除く一同はさすがにがっくりきた。
 ・・・がしかし。


「あぁっ!大変っ!」
 何と、金髪兄ちゃんはあっさり騙されてコウ少年のところへかけていく。


「・・・・・・・・。・・・・・・・・・・」
 複雑な心境の一行だった。





 まぁ、ともかく計画は順調なのだ。気をとりなおしてと先に進むと、教えられた釣り場に到着した。
 
「・・・・・・・・。」
 小さな釣り場には、少年が一人静かに糸を垂れている。
 後姿しかわからないが、印象的な赤い服にバンダナ。どこか見覚えのあるその姿にカスミ、フッチ、ルックは
 足を止めた。

「ぼ・・・・」
 そんな中、ローラントが一歩踏み出す。
 そして。















「僕の運命の人っ!」

 叫んで突進した。





 じゃぼんっ!


 続いて、勢いよく水飛沫があがる。
 ひょいっと身軽に避けた少年に、ローラントは勢いのまま釣堀に落っこちた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大馬鹿だね」
 ルックの一言を誰も、何も否定しなかった。


「・・・・・っダナ様っ!」
「やぁ、カスミ。久しぶり」
 釣堀であぷあぷしているローラントを放置して、カスミは少年に駆け寄る。
 フッチとルックも続いた。
「フッチも、ルックも・・・元気してた?」
「ダナさん・・・・っ」
 カスミとフッチはほとんど涙さえ浮かべて、少年へ近づく。
「「・・・・・??」」
 事情がわからないサスケとナナミは、とりあえず溺れているらしいローラントを助けあげた。
「君、こんなとこで何してんのさ」
「え、釣り」
「・・・・・見ればわかるよ・・・・・」
 ルックの目がすがめられる。そういうことを聞いているのではない。
「ダナ様っ!ご無事で・・・っどれほど我らが心配いたしましたか・・・っ」
「うん、ごめん。でも元気でやってるからさ、ご覧の通り」
 ぽんぽんとカスミの肩を叩いた少年は、どう見てもカスミより年下に見える。
「ところで・・・君たちのリーダー、大丈夫?」
 ダナの言葉に、ようやくローラントのことを思い出したらしいカスミがサスケとナナミの手を借りて釣堀から
 這い上がってくるローラントに視線をやった。
 ローラントの髪には藻がからまって妙な髪形になっている。
「大丈夫だよ、殺したって死なないゴキブリ並の生命力だからね」
「相変わらずだね、ルック」
「・・・・君もね」



「ルーーーッックッッ!!」


「・・・うるさいな、人の名前を大声で呼ぶな」
「えぇいっ!僕をさしおいて、僕の運命の人と話すなんて許せーーーんっ!!」
「・・・・・・・・馬鹿」
 藻をからませたまま、突進してくるローラント。靴がちゃぷちゃぷと音をたてる。


「初めまして!僕、ローラントですっ!」

 ダナの目の前まで来たローラントは、大きな声で自己紹介してダナの手を掴む。
 一瞬、ダナの顔に不快そうな表情が浮ぶがすぐに消えたため気づいた者は誰も居なかった。

「あの・・・僕と・・・・・」
 ローラントが頬をぽっと染めた。












「・・・結婚して下さいっv」







 ぼぐっ。




「・・・・・馬鹿が」
 ルックのロッドがローラントの後頭部に直撃した。









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