運命の輪
閑話 Incantation
坊ちゃん=ダナ 2主=ローラント
騒ぎが人を呼ぶのか、人が騒ぎを呼ぶのか。 バナーの村での騒動の結果、コウ少年をグレッグミンスターのリュウカンに診せなければならなくなり 図らずもダナは三年ぶりに故郷へ姿を現すことになった。 行方不明だった英雄の姿に、喜ばないトランの人間は居ない。 大統領以下、国をあげてのお祭り騒ぎ。ダナも三年間の不義理をさすがに悪いと思ったのか、出来る 限りのもてなしは受けようと、連日出かけていたのだが、1週間ほどして漸くそれも落ち着きはじめた。 その間、ローラント達は他国からの賓客扱いで王宮のほうへ部屋を用意されていたのだが、カスミと サスケ、フッチとルック・・・つまりはローラントとナナミを除けば、皆元々このトラン出身ということで、 客扱いというのは、何だか面映くそれを辞退した。すると、普通の平民出身のローラントとナナミも、 息苦しい王宮は性に会わないということで、これまた辞退する。 さすがにそれは、と困ったレパントにダナが、助け舟を出し、三年間留守にしていた我が家へ一同を 招くことになった。 「皆、悪かったね。忙しくて相手が出来なくて」 久しぶりにダナと一緒の夕食の席で、ダナが開口一番そう告げた。 「そ・・・」 そんなことないです、と赤面して言おうとしたフッチをおさえてローラントが身を乗り出す。 「そんなこと無いですっ!こうしてダナさんの家に居られるだけで、僕幸せですからvv」 「・・・・・・・・。・・・・・・・・バカ」 ルックがテーブルの端の席でぼそりと呟いている。 ダナにとんでもない告白をしたローラントに、問答無用のロッドで一撃を与え気絶させたルックは、 フッチとカスミの気遣いにより、ローラントと一番離れた席になっていた。 別にローラントに同情したわけではなく、これ以上騒ぎを起こして欲しくないために、である。 一応、このメンバーで主賓はローラントであるので、主人であるダナには最も近い席に居る。 「ありがとう、そう言ってもらえて助かるよ」 「そんな〜vv」 社交辞令もわからいのか、このバカ。アホ。マヌケ・・・ぼそぼそと端で呟くルックはかなり怖い。 「さぁさぁ、今日は坊ちゃんもいらっしゃることですし、グレミオ特製シチューをお腹いっぱい召し上がって 下さいねっ!・・・・うぅ、グレミオはまたこうしてこの屋敷で坊ちゃんのお世話を出来るなんて・・・っ」 グレミオ、エプロンの裾を掴んで涙を流している。 「・・・・・・。・・・・・・・」 「・・・・コレ、は気にしないでいいから」 ダナがにっこりと一同に笑いかける。グレミオは『コレ』扱いされたにも関わらず、いまだ感動の渦に あるらしい。確かに気にしないほうがいいのだろう。 一同は引きつりつつも、スプーンを手にとって食事を開始した。 月の綺麗な夜だった。 ”あの夜”を思い出さずには居られない、夜だった。 ダナは自室の窓から夜空を見上げていた。 トレードマークのバンダナをはずし、静かに入ってくる風が黒髪をゆらすままにしている。 「・・・どうぞ、お入り」 先ほどから扉の外に気配を感じていたものの、なかなか入ってくる様子が無いのにダナは自分から 声をかけてやった。 「あのっ、し、失礼しますっ!」 「いいえ、どうぞ」 どたばたと入ってきたローラントにダナはソファへかけるように促す。 「何か飲むかい?」 「いえ・・・その、すみません。お休みしてたのに」 「構わないよ。何か僕に用があったのだろう?」 とりあえず、ダナは度数の低いワインをグラスに注ぎ、ローラントに渡した。 「それで?」 「あの・・・その・・・・僕と・・・」 「付き合って下さいっっvv」 「・・・・・・・・。・・・・・・・・」 部屋に沈黙が落ちる。 「えっと、僕まだまだこんなで、お子様で、とてもマクドールさんにつりあわないと思うんですけどっ・・・ マクドールさんのこと、一目見て、僕の運命の人だってわかったんですっ!」 「・・・・。・・・・・・・・」 「えっと、だから・・・・・っ」 「・・・・・・・ローラント」 次々とまくしたてるローラントの言葉を、ダナの静かな一言が遮った。 「はい?」 「君は確かに、まだ子供だろう。・・・だけど、馬鹿では無いね」 「・・・・・・。・・・・・・・」 「駄目だよ。そんな言葉では同盟軍へ協力は出来ない。僕以外の誰かならまだしも、同じ軍主という 立場に居た僕を騙すことは出来ない」 「・・・・・・・・。・・・・・・・でも、僕がマクドールさんに一目ぼれしたのは本当です」 苦笑したかのようなローラントの表情は、今までのものが嘘のように大人びていた。 「それは、ありがとう・・・・・・でもね。僕は君に対してどんな思いも抱いていない」 「・・・・・・さすが、マクドールさん。一筋縄ではいきませんね」 「うん、こう見えて僕は情に強い人間だから。・・・・だから、一度人を愛すると、忘れられない」 「・・・・・・・・・」 ダナはそう言うと、胸元から懐中時計を取り出し、その中身をローラントへ見せた。 「・・・・・・・・?」 中にあったのは、たぶん人のと思われる黒髪で・・・それがいったい何を意味するのかわからない ローラントはダナを見上げた。 「これはね、僕が愛した人の形見だ」 ローラントが息をのんだ。 「・・・・・・・・そして、君がよく知っている人物のものでもある」 「・・・・・・・・・・・・・・・え」 ぽかんと口を開いたローラントに、ダナはその髪を愛しそうに見つめ、告げた。 「ルカ・ブライトのものだよ」 ローラントの目が驚愕に見開かれ、何か言おうと口が開閉し・・・・そして閉じた。 「これは。君が、その手で討った・・・・・ルカの遺髪」 ダナはもう一度、その髪を見つめ懐中時計の蓋を閉じた。 「ほんの半年ほどの間だったけれど、僕はハイランドに居て、ルカの傍で暮らしていた。・・・最期の日は 戦場までついて行っていた」 ローラントは目を見開いたまま、ダナの話を聞いている。 「僕は、あまり他人に興味が無い。自己か他か・・・それ以外の認識をあまりしない。そんな僕にとって 他人を愛したり、好きになったり、大切に思ったりするのは本当に・・・本当に稀なことなんだ」 「・・・・・・・。・・・・・・・」 ダナは、ルカを・・・自分の大切な人を殺したのは、ローラントなのだと言っていた。 まさかトランの英雄と呼ばれるダナがハイランドに居て、そこでルカと一緒に暮らしていただのと 誰が想像するだろう。ルカ・ブライトは、これまでずっとローラントにとって倒すべき相手で、故郷を 焼き、自分が・・・自分たちが戦わなければならない理由を作った元凶だった。 数多の残虐非道な行いは、同盟諸国の人間のみならず自国の人間にさえ恐れられ、憎まれていた。 だから。 まさかそんな相手を、大切に想う人間が居るなど。 今の今まで、思ったことも無かった。 「ルカは・・・愛し方を知らない、不器用な男だった」 「・・・・・・・・。・・・・・・・・」 「もちろん、僕は彼がやったことを肯定しようとは思わない。彼がやったことは許されない行為だ。 それでも・・・いや、だからこそ。僕は、誰にも愛されず、憎まれ続けることを望んだ彼を、愛しいと 思ったんだよ」 ダナの表情はどこまでも、静かで深い深海を思わせる黒曜石の瞳は穏やかだった。 「だからね、ローラント」 ダナの瞳がローラントに向けられる。 「心ない想いは、僕には届かない」 本当の望みでなければ、真実の願いでなければ・・・ダナには届かない。 「・・・・マクドール、さん・・・・」 漸く搾り出したローラントの声は、かすれていた。 「僕を・・・・・・・・・・僕を、憎んでいるんですか・・・・・?」 ダナは、静かにローラントを見つめる。 その目からは、どんな感情も読み取ることは出来なかった。 「憎んでいるのか、と問われれば・・・・たぶん、答えは『否』だろう。僕はルカを殺した君を憎んでは いない。むしろ・・・・いや。君は君が成すべきことを果たしたに過ぎない。僕が君にどんな感情を抱こう が気にすることは無い」 「それは・・・・僕が、”特別”でも何でもない他人だからですか?」 「・・・そうだね」 がたんっと椅子を引いて、ローラントが立ち上がる。 「僕は・・・・・・・・・・・・・・・・っ」 ローラントは拳を握りしめ、何かを叫ぼうとして・・・・言えず、そのままダナの部屋を飛び出していった。 ダナはそれを止めず、ただ見送った。 「・・・・・・・・・随分、面白いことをやっているね」 「ルック、覗き見とは趣味が悪いよ」 窓から入りこんだ一陣の風と共に、一人の少年が部屋へ現れた。 いつもより一層不機嫌な顔で、ルックを少しでも知っている人間ならまず近づかないだろうほどだ。 「まさか話すとはね」 風使いの少年は、その宿す紋章の縁からかダナとは3年間、時々顔をあわせていた。 ダナがハイランドに居たことも知っていた。 「僕の顔はハイランドに知られている。黙っていてもいつかバレるだろう・・・手を貸すならね」 「手を貸すつもりがあるわけだ?」 「さぁ・・・どうかな。僕の話を聞いて、それでもローラントが願うなら・・・あるいは」 「・・・・気に入らないね」 ダナは苦笑を浮かべた。 「心配してくれるの?」 「・・・・・誰が」 ”憮然”といった単語が、まさに当てはまる顔になったルックにダナは微笑を浮かべる。 「いつかルックが言っていたじゃないか」 「・・・?」 「僕は馬鹿だから」 「・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・本当にね」 呆れたように吐き出される。 「ルック・・・・初めはただの好奇心だったんだ。それがこんな想いに育つ・・・人の心というのは難しい ままならないものだよ。知っていたかい?」 「・・・・よくあることだよ」 「何だか経験ありそうな口ぶりだね・・・何だか意外だ」 「ふん・・・好きにすればいい」 「ありがとう、ルック・・・・」 いつも心配してくれて・・・・そう付け加えたダナの言葉は風にかき消され、ルックに届いたかどうかは わからなかった。 翌朝。 そろそろ同盟軍のほうへ帰らなければならないというカスミの言葉に、一行はレパントへ挨拶をして 旅立つことになった。ダナもそれを国境まで見送る。 国境までの馬車の中で、いつもは誰よりも騒がしいローラントは不気味に静かだった。 「それじゃ、元気で」 柔らかく微笑んで見送るダナに、カスミやフッチは後ろ髪をひかれつつも別れの挨拶をかわす。 「ダナ様もお元気で・・っ」 今生の別れのような挨拶をするカスミやフッチに、何もこれで二度と会えないわけじゃないんだからと 苦笑しながら、送り出す。 一行はダナに見送られながら、再び戦いに戻っていく。 おそらく戦はまだ終わらない・・・。 「・・・・マクドールさんっ!」 「どうしたんだい?」 息せききって戻ってきたローラントに、何か忘れ物でも・・と首をかしげたダナをローラントの強い思い を秘めた目が見上げた。 「僕は・・・・僕は、マクドールさんが僕のこと何とも思ってなくても、やっぱり好きですっ!」 「・・・・・・・。・・・・・・・」 「同盟軍や僕に力を貸してくれなんて言いません。だけど・・・見ていてくれませんか?僕がちゃんと僕の 望みを果たせるように、僕の傍で」 「・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・」 ダナの返事を、ローラントは緊張して待っている。 「・・・・・・・・いいよ」 「マクドールさんっ!」 破顔したローラントは、勢いのまま、ダナへ抱きついた。 ぼぐっ! 「・・・・・・・・・・・・この馬鹿軍主」 「・・・・・・・ルック」 わざわざ転移の呪文まで使って、ローラントを殴りに帰ってきたルックにさすがのダナも呆気にとられ、 地面と仲良くなってしまったローラントに気遣う言葉をかける。 「・・・大丈夫かい、ローラント?」 「そんな奴心配するだけ無駄だよ。ゴキブリより性質が悪いん・・・」 「大丈夫ですぅっ!僕、幸せですからvv」 「「・・・・・・・。・・・・・・・・」」 ルックに殴られて?・・・さすがに打ち所が悪かったのだろうか、とダナとルックは視線をかわす。 「マクドールさ〜んvvv」 「・・・・・・・・。・・・・・・相変わらず妙な奴に好かれるね」 「・・・・・・・・」 珍しくも同情するようなルックの声に、たまらずダナは笑い出したのだった。 |
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黒・・まではいかないけれど灰色っぽいのが、うちの2主です。
・・・時々天然入りますけどね(苦笑)
Incantation=呪文、まじない
『言葉』は呪文です。
その『言葉』で、人は傷つき、また元気になる。
特別な特別な、重い呪文です。