閑話  God bless








「行かれるんですか?」
 
 誰の気配も無かった場所からの掛け声に、ダナは驚くことなく振り向いた。

「・・・・ササライ」
「ルカ皇子が亡くなられてはもうこの国には用は無いということですか。つれないことですね」
「残念だったね。僕が・・・こいつを暴走させなくて」
 嫌味に嫌味を返したダナの顔は無表情で、類稀なる美貌はますます人外じみて見えた。
「今回はあなたの紋章が目的では無いと言いましたが・・・まぁ、五分五分というところで」
「・・・だろうね。本当にルカに死んでほしくないんだったら、もう一度ユーバーに魔法を使わさればいいだけ
 だったのに・・・・そうはしなかった」
 ダナは淡々と言うと、左手を掲げた。
 ササライの頬を鋭い風が切り裂く。

 血臭が空気に混じった。

「・・・僕が大切な人を殺されて、黙っているような聖人君子に見えたか?」
「いいえ。ですが・・・実際にルカ皇子の魂を喰ったのはあなたでしょう?」
 ササライの冷笑は、気の短い人間なら殴りかかりそうに腹の立つものだった。
 ダナも殴りかかりはしなかったが・・・短く呪文を唱えると、ササライの帽子を無残に切り裂いた。

「・・・お前は本当に腹が立つ」
 ダナの黒い瞳が、怒りのせいで紅色を乗せた。
 怒っていても、ソウルイーターではなく風の紋章を使うあたり、ダナは冷静さを失ってはいない。
 ソウルイーターの与えるダメージは大きいが、同じく真なる紋章を宿すササライ相手では逃げられ
 かねない。使うだけ損だ。

「・・・ルカ皇子の魂は、如何でしたか?」
 ダナは怒りの熾火が灯る目でササライを睨みつけ・・・・・そして、微笑った。

「もちろん、極上品さ。この僕が、傍にと望んだ魂なのだから」
 ダナを己の右手を引き寄せると、その甲に愛しげに口づける。
「・・・・・僕の大切なものは全て、ここにある。この手にソウルイーターがある限り、彼等は永遠に僕と
 一緒だ・・・・・・・・・ねぇ、それはこの上もなく幸せなことでは無いか?」
「・・・驚きました。てっきりあなたはその紋章を厭っているものと思っていましたが」
「ああ、呪いたくなるほど嫌いだ・・・・だが、これは僕の親友の形見だからね・・・・お前たちに渡すわけには
 いかない」
「手放せば楽になるとしても、ですか?」
「目の前の誘惑に負けて後悔する気は無い。他をあたることだ」
「・・・それは、残念です」
 言葉ほどにはそう感じていないらしい、ササライにダナは背を向けた。

「次はどちらへ?」
「お前に言う義務は無い」
 にべもなく返された言葉にササライは苦笑した。

「・・・・一つだけ言っておく」
「はい?」
「当分、の前に姿を見せるな。・・・・容赦はしない」
 ダナの体から、静かに殺気が溢れた。

「・・・・・・御意」














「・・・行かせてよかったのか?」
 今までどこに隠れていたのか、ササライの後ろからユーバーが現れる。
「仕方が無い。これ以上、彼を怒らせてはこちらの身が危険だからね」
「二人がかりなら負けはしなかったと思うが」
「それはどうかな。・・・・彼はソウルイーターの力を完全に制御できるようになっているようだし。わずか
 三年の間にそれをなした彼の能力は失うに惜しい」
 ユーバーはどうでもいい、とばかりに肩をすくめる。
「さてと、僕たちも本来の目的に戻るとしようか」
「獣の紋章か・・・」
 まだまだこの地は荒れるだろう。
 ルカ=ブライトという”悪”が失われ、正義の名のもとに二つの勢力がぶつかりあう。
 
 (人とは・・・いつまで経っても愚かな生き物だ・・・)



























「ルカ・・・・・・・・・・ッ!!!」
 本当は・・・こんな魂だけではなく、君が・・・傍で生きていてくれたほうが、どれほど嬉しかったか・・っ!
「馬鹿・・・馬鹿っ、君は本当に馬鹿だっ!」
 魂はダナに微笑みかけはしない。
 怒りもしない。
 声も発しない。

 ただ、そこに在るということしか、伝えない。


「・・・・僕は離さないよ」
 君の魂を。
「例え天に還ることを願っても・・・・」

 君は永遠に僕の傍に”在る”んだ。
 ずっと・・・ずっと・・・

 いつの日か。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕という存在が消える日まで・・・・・・・・・・・・・・







「・・・・・・・・・・・神よ、呪われよ」






 






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