ダナ=坊ちゃん

<36>








「それでは、お二人ともよろしいですか?」
 クレオの掛け声に少し離れて向かい合っていた二人……ダナとソニアは頷いた。
 ダナの手には棍、ソニアは剣を携えて。










 ダナがソニアに直談判に行った数日後のこと、父親のテオが深刻な表情で相談があると言ってきた。
 これはやはり無理だったのかな、と少しばかり慰めの言葉を頭に思い浮かべたダナだったのだが、事態はもっと複雑怪奇だった。
「……は?」
 テオの言葉にダナとは思えない間抜けな一声だった。
「いや、その……な。彼女が言うにはお前と決闘を行い、見事自分を打ち負かせばと私との結婚も考えると」
「……。……何故?」
 ダナの目が据わり、敬語を使うのも忘れている。
 しかし無理も無い。
 ソニアと結婚するのはテオだ。それが何故ダナと決闘することになるのか。
 ダナは疲れたように額に手を置き、言った。
「わざと負ければよろしいですか?」
「いやっそれは困るっ!」
 もちろん意地悪だ。
「では、何故そのようなことになったのか……説明していただけますか?」
 ふざけんな、さっさと説明しろボケ。と変換される。
「うむ。お前に言われた後、ソニアと場を設け話したのだがお前の話となってな」
 だから何故。
「あまりに以前と印象が変わったお前にいったい何があったのかとソニアが心配していたのだ」
「……」
 それは本当に「心配」なのだろうか。むしろ自分が本当にテオの息子である「ダナ」なのか疑われているのでは無いか。
 さすがに実の父親であるテオに「あなたの息子さん偽者では?」とソニアも言いがたかったのだろう。
「そこで武人としてお前と剣を交わしたいと言うのだ」
 だから何故。
 心の中で突っ込みながら、ダナは一つ諦めにも似た思いも抱いていた。
 「ああ……脳筋ね」と。
 あの人種は『戦えば全てがわかる』というよくわからない信念を持っている。ダナには理解しがたい信念だ。
 戦って全てがわかるなら戦争など一度で終わるはずだ。
 そうでは無いことは歴史が証明している。
「……わかりました」
 そして脳筋には話しあいなど無駄だ。言い出したらとりあえず戦うまで引かないのだから。
「そうかっ!」
「ええ、構いません。そのかわり完膚なきまでに叩き潰しますよ」
 ダナのいい笑顔にテオの顔が引き攣った。

 
 そう言うわけで、ダナには本当に意味不明ながらソニアと向かい合っているわけだ。
 立会いはクレオに頼んだ。彼女の公正さは誰もが知るところである。
 ダナの手にあるのが棍なのは一番得意な武器という以上に剣ではソニアを殺してまうからだ。手加減できないから。
 そして元凶のテオは気が散るからと追い出された。
「では、初めっ!」
 合図とともにぶつかりあった剣と棍が火花をあげる。
 ソニアは容赦なく全力でダナに掛かってきている。見た目からすると全く大人気ないと誰もが言うかもしれないが、その全力をあっさりと受け止めているダナを前にして手加減などできるはずが無い。
 素直な剣だとダナは錬戟を受け止めながら思う。そして剣と同じように表情にも表れている。
 化けの皮を剥がしてくれる、と。
「何を笑うっ」
「……いえ」
 その直情がくすぐったくてつい笑ってしまっていたようだ。
 ダナは嫌いでは無い。そういう性格が。
 変に策を弄する相手よりよほど好感が持てるというものだ。
 押し返した剣をバネにして後ろに跳躍したダナは息切れ一つしていない。くるりと棍を回転させて、すっと前に突き出す。
 ぴりっと空気が緊張し、向けられたダナの視線にソニアは動揺した。
 まるで歴戦の勇者を相手にしているかのような圧迫感を受けたのだ。何の戦も経験していない少年に。
「しっかりと受け止めて下さいね」
 何をと問うまでもなく、気づけばソニアの目前にダナが迫っている。
 まさに神速。無駄な動きなど一切無い。
 耐え切れなかったソニアの手から剣が飛んでいく。
「くっ……」
「だから言ったのに」
 ダナが可愛らしく首を傾げる。やっていることは全く可愛くないが。
「どうぞ、拾って下さい」
 ソニアの表情はまだ納得していない。
 続きをしようとダナは飛んだ剣を拾うように促した。
「手加減はいりませんよ。……おわかりかと思いますが」
「っわかっている!」
 こんな一回り以上年の離れている子供に言われては黙っていられないだろう。
 わかっていてダナは煽っている。
 審判役のクレオが呆れた表情を浮かべている。
「仕切りなおしといきましょう。……どうぞ」
 棍を構えることなく、ソニアを手招く。
「舐めるなっ!」
 ソニアも水軍を率いる武人である。その存在は決して侮れるものではない。
 そのことはダナもよくわかっている。
 振るわれる剣を棍で流しながら、隙を見逃さない。
「あうっ!」
「足が疎かになっていますよ」
 棍の先で脛を強かに打たれたソニアの動きが止まった。
 その動きが止まったソニアにダナの棍が襲う。
「ごほっ!ごほっごほっ」
 棍の先端がソニアの腹を付き、悶絶させた。血は吐いていない。内臓に傷がつかない程度にダナは手加減していた。
 何とか握っていた剣を再びダナは打ち払い、クレオの方に飛ばした。
「そこまでっ!」
 ダナがテオに言ったとおり、一方的な戦いになった。
 がくりと膝をついたソニアにダナは近づいて、その頭を見下ろした。
「気はすみましたか?」
「……」
「いえ……自分への言い訳は用意できましたか、と聞きましょうか」
 ソニアにも色々な思いがあったことだろう。テオを愛している。けれど己の立場とマクドールの家のこと。
 そして一度は断ったということ。
「それでは約束ですから、父上のことはよろしくお願いしますね。義母上(ははうえ)
「……ぜ」
「ん?」
「何故っ!」
 ダナに負けて悔しいのか、己が不甲斐ないのかソニアのきつい視線がダナを見上げてくる。
 それにダナは小さい子に言い聞かせるように穏やかな表情と声音で告げた。
「不思議でも何でも無い。ただ私の一番大切なものは父でもマクドールの家でもない。ただそれだけのことだ」
 貴方の一番大切なものは父上なのでしょう、と。

 今度こそ完全に突っ伏したソニアにクレオは憐憫の表情を向ける。
 そんなクレオに後はよろしくとひらひらと手を振って、ダナは去って行った。


















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今さらながら、あの幻水の設定の深刻さが塵ほども無い。
いえ……それが嫌で書いているのですが。
ホントに今さら。
そろそろテッドを登場させたい。