ダナ=坊ちゃん

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 グレッグミンスターはいつも以上に大勢の人間で賑わっていた。
 その人々の中にはもちろんトランの民も居たが、それ以外の国々の顔も多く見受けられた。
 彼等はグレッグミンスターで行われる式典へ出席する各国の一行と共の者たちだった。


 そして、グレッグミンスターの王城ではレパントが強張った顔で落ち着き無く歩き回っていた。
「はあ〜〜〜〜っ!!!」
 髪を掻き毟ろうとして、綺麗にセットされていることを思い出して手を止める。
 それを先ほどから何度も繰り返している。
「レパント殿……」
「ああ、マッシュ殿」
 こちらもいつもより式典に相応しい格好になっている。
 その半歩後ろにはオデッサが控えめに立っていた。
「緊張、されておりますね」
 マッシュの言葉にレパントは苦笑いを返す。
 無理も無い。
 トラン初代大統領、本日その肩書きを周辺諸国へと正式に名乗ることになるのだ。
 式典への招待状を受け取った各国もさぞ混乱していることだろう。
 赤月帝国という名の国がいつの間にかトラン共和国と名乗って招待状を送ってきたのだから。
 内乱。革命。いったい何が起きたのか。
 情報を得ようと間者が放たれていたが、そのどれもが碌な情報を持ち帰れて居ない。
 ダナは忍を使って完全な情報統制を行っていた。
 だからこそ各国の者たちは招待者に混じって、情報収集の随行をそれなりの数を引き連れていた。
「……これからのトランの将来を決めるとも言うべきこの時、緊張が無いというほうがおかしいだろう」
「そうですね」
「ところで、本日はダナ様はお越しの予定であったな」
 ダナもレパントに全て投げ出して完全放置するほどには悪どくない。
 ただ主賓としてでは無く、テオ・マクドールの連れとしてであるが。
 ダナは表舞台に立つ気は全く無い。このトランには英雄の名など必要ないのだ。





 
 ざわざわと各国の代表者が広間でトランの様子を話していた。
「赤月……いや、トラン共和国というのでしたな。いったい何があったのかご存知か?」
「いや、我が国も情報を集めているのですが、如何とも……いったいこの国で何があったのか」
「貴族の姿も……粛清されたのか、かなりの顔が消えていますぞ」
 互いに探り合うも、誰もが同じ程度しか事情がわからない。
「町にも王城にも戦闘があった爪痕は無い……」
 本当に何があったのか。不気味に感じて口を閉じた。
 触らぬ神に祟りなし、である。
 そのタイミングを狙ったように広間の奥の扉が開いた。
 そこから現れたのは獅子の鬣のような立派な金髪の威風堂々たる男だった。
 男は広間の中央に歩んでいくと一同を見渡した。
「ようこそおいで下さった。私が新生トラン共和国大統領の任命を受けたレパントと申します」
 朗々と広間全体に響き渡る。
「各々方、我が国に疑問もあろうかと思う。しかしこのトラン共和国は侵さず奪わず、されど従わず。各国とは協力して歩んでいきたいと考えております。本日は我がトラン共和国の建国記念日とし盛大に祝うゆえ、どうか皆様方もゆるりと楽しんでいかれよ」
 開会宣言だけしたレパントはあっという間に人に囲まれた。
 一歩遅れた人々は、他に事情を知っていそうなテオやカシムに集まっている。
 ダナはというと……
「こんなところで何をしている」
「それはこちらの台詞ですよ。ルカ皇子」
 気配を殺して壁の花になっていたダナに歩み寄ってきたのはハイランドの代表として来訪していたルカだった。
「あなたがこんなところまで来るなんて珍しい」
 ルカは特に何も言わず、ダナにさらに近づいてくる。
「貴方が来るとせっかく目立たないように壁の花になっている意味が無い」
 ダナは周囲に視線を流した。今はレパントと他の将軍たちに客は集中しているが、ルカも決して目立たない訳ではない。
「お前が壁の花だと?笑わせる」
「壁の花ですよ。父の従者としてついて来た、成人したばかりのただの子供ですから」
「は、どの口が……それから気持ち悪い敬語はやめろ。前のようにで構わん」
「時と場合と状況を考えようね、ルカ」
 そう言うも口調を変えたダナは、ルカを促して広間の外にある庭園に向かった。
 あのままルカと話していては目立つ上に、レパントやテオもやって来かねない。
「こんなところまで遊びに来るなんて暇なの?」
「お前に会えると思ったからな」
「僕に会ってどうするの?」
「ハイランドに来い」
 どうやら勧誘だったらしい。
「何で?」
「お前が居れば退屈せずに済みそうだ」
「生憎と僕は波乱万丈の人生を歩む予定は無いよ」
 ルカがくつくつと笑う。嫌な感じである。ダナの言葉など欠片も信じていない。
 ダナは肩をすくめて、軽く指を振った。
 ルカの勧誘の言葉に控えていた忍たちが警戒したのだ。
「お前はトランの表舞台に立つ気は無いのだろう」
「さあ……これでもテオ・マクドールの一子なんだけど」
「それが?」
 何か意味があるのかとルカは問う。
 意味はある、はずだ。普通なら。テオの息子ならば次代を担う最有力候補である。
「出来たばかりのトラン共和国。騒乱の芽を抱えるには脆く、弱い」
「人を疫病神のように」
「違うか?」
「違うよ」
 にこりと笑う。
「まあどちらでもいい。ハイランドをお前の選択肢に入れておけ」
 今すぐで無くてもいい。
 いずれはトランを出て行くだろうダナに唾をつけておく。
「ルカって……短絡的なのに、時々頭が冴えるよね」
 そんなことをダナ以外の人間が言ったならルカに一刀両断されていただろう。
「いいよ。一応候補には入れておいてあげる。ここまで足を伸ばしたルカの顔を立てて」
「そうか。来た甲斐があったな」
「候補に入れただけだからね」
「そうか」
「そうだよ」
 互いに腹に一物抱えて笑いあう様子は悪役にしか見えなかった。

















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お久しぶりにルカ再登場!