ダナ=坊ちゃん

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 グレッグミンスターの街には見慣れない服装の人々が商店を覗きながら歩いている。
 祝勝会に招かれた国々の関係者たちだろう。
 外部の者が入ると治安が悪くなるものだが、そのあたりは兵士が借り出されているらしい。巡回している兵士の姿も多い。

 城から一旦街へと戻って来たダナはそれらを目にしながら待ち合わせをしている自邸へと戻って来た。
「お帰りなさいませ、坊ちゃん」
 相変わらず計ったようにダナを待ち受けていたグレミオが出迎える。
「ただいま。マッシュはもう来てる?」
「いらっしゃってます」
 ダナは頷いて客室へと顔を出した。
「ダナ様」
 立ち上がってダナを迎えるマッシュに座るように促す。
「そんなに気張らなくていいから。僕は単なるトラン国民の一人でしかないんだから」
 現在貴族制度についても徐々に廃止していっている。その先鋒として大貴族と呼ばれていた者たちから平民化を進めている。あのマクドールでさえ平民となったのにお前は貴族のままなのか、という訳だ。
「本当にそう思える者は数少ないでしょう」
「だったらマッシュもその数少ない人になってくれたらいいよ」
「無理を仰る」
 ダナは向かい合って笑顔を浮かべ首を傾げる。
 マッシュは小さく溜息をついた。
「……努力は致しましょう」
「うん。それで学校の話なんだけど」
「はい。学校の建設場所が確保できたと伺いましたが」
「そうなんだ。トラン湖に浮んでる島があるの知っている?」
「それは存じ上げておりますが、あそこは……いえ、貴方がそう仰るのなら問題は全て解決しているのでしょう」
 何故それほどにダナに全幅の信頼を置いているのか、マッシュは頷いている。
「全て解決はちょっと言い過ぎだよ。色々と準備はしないといけないし」
「それはもちろんのこと」
「ほぼ廃墟になってるから手直しを入れないとね。そのへんの費用はレパントと話してくれたらいいよ。広さだけはあるからかなりの人数の受け入れも可能だし」
「はい。レパント殿とも教師の手配もあり色々とご相談をさせていただく必要があると思っておりました」
「そうだね。教師か……失業者は結構居そうだけど教師に相応しい人材がどのくらい居るかな。そのあたりはマッシュに面接してもらえばいいか」
 丸投げした。
「ダナ様。かなり大掛かりの事業になりそうですが……」
「そうかもね」
 危惧するようなレパントの言葉にダナはあっさりと頷いた。
「僕はね、マッシュ。誰にもトランを侮られたくないんだ。今までは武に重きを置いてきた。もちろんそれを疎かにするつもは全く無い。だけど文の方でもさすがトランと言われることを目指したいんだ。学園都市と呼ばれるグリンヒルと肩を並べる……否、それ以上にね」
 まさかそこまで大事になるとは思っていなかったマッシュの細い目が見開かれる。
「無理だと思う?」
「いえ……」
 マッシュは驚きを残しながらも首を振った。
「貴方がそうされたいと仰るならば、可能でしょう」
 ダナが進めと言うのならば誰もが躊躇することなくその道を整え、あらゆる障害を排除し進むだろう。
「私も、覚悟致しました」
 マッシュの言葉にダナは大輪の薔薇のように艶やかな微笑みを浮かべた。








 マッシュとの話が終わり自室にダナが戻るとテッドが待っていた。
「今度は誰を唆して来たんだ?」
「何を言ってるの?」
 何のことやらとそ知らぬ風にダナはテッドの前に腰を下ろす。
「お前に客が来てただろ」
「うん。別に打ち合わせしただけだよ」
 人を焚き付けて決意させるのを打ち合わせと言うのだろうか。
 ダナは無自覚にそれをしている訳ではなく、しっかり計算づくだ。
 誤魔化されそうにないテッドにダナは拗ねたように唇を尖らせた。
「だってね。何処からも手も足も口も出ないようにトランという国を磐石なものにしておきたんだ。僕の愛国心は凄いね」
「自分で言うな」
「本当だよ」
「嘘じゃ無いってことはわかる」
 しかしそれが全てでは無いことも確かだ。
 ダナにはこのトランという国が失われては困る何かがあるのだろう。
「それより、今日はどうしたの?」
「ちょっとな……街で気になる奴を見かけたからさ」
「気になる奴?知り合い?」
 特定の誰かと親しくすることの無いテッドの言葉だけにダナは詳しく聞きたいと詰め寄る。
「……知り合いといえば知り合い、かもしれない」
「何それ」
 何だが言い難そうなテッドの言葉にダナは笑う。
「なあ昔、ずっと南のほうで戦争があったのを知ってるか?」
「赤月に併合されたクールークの関係?」
 さすがにダナは話が早い。
「ああ。まあ……俺もちょっとばかり関わってたんだよな」
「へえ、初耳」
「……」
 どうにも女から浮気を問い詰められたような気分になったテッドは僅かに視線を逸らす。
「で、その時の知り合い?と言ってもかなり昔の話だよね……ふーん」
 ダナはそれだけで色々と悟ってしまったらしい。
「罰の紋章、か」
 テッドは溜息をつく。察しが良すぎる。
「お前どっかで見てたんじゃないだろうな」
「そんな訳ないでしょ。それで、その罰の紋章の持ち主さんは?」
「……」
 テッドは答えない。
「なるほど。テッドはびっくりして逃げて来たんだね」
「逃げっ……」
 反論しようとしたテッドは不機嫌そうに口を噤んだ。
「テッドは昔のままじゃないし、相手もそうだろうね。会いたいなら会えばいいと思うけど……その時には僕も連れて行って欲しいな」
 視線を逸らしていたテッドはダナの思いがけない言葉に目を瞠る。
「そんなに驚かなくても……あの紋章は色々面倒だから。知ってるでしょ?」
「ああ、まあ……」
「大丈夫だとは思うけど、騒動の種は潰しておくにこしたことは無い」
「潰して、てお前……」
「心配しなくても物騒なことにしようってことじゃない。ちゃんと確認しておきたいだけ」
「会いたいのか?」
「別に会わなくてもいいけど。僕の知らないテッドのことを相手が知っているってのが気に入らないだけだし」
「……っ」
 テッドはあまりにあっさりと言われた言葉に絶句し、片手で顔を覆った。
 今のは間違いなく天然だ。天然の殺し文句だ。
「……いい、会わない」
「そう?」
 こうして過去の英雄との出会いは擦れ違っただけで果たされることは無かった。



















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4はプレイしてないのでよくわからないのです〜(汗)
だから登場させない(苦笑)