ダナ=坊ちゃん
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「父上、では御機嫌よう」 それだけ告げたダナはテッドの手をとり、どこかへ飛んだ。 二人が紋章の力で飛んだ先は、グレッグミンスターにあるダナの部屋だった。 テッドの手を放したダナはソファに腰掛ける。テッドもその向かいに座った。 「テッドは、どこの国に行ったことがあるの?」 「・・この辺の国にはだいたい。しばらく腰据えたところもあれば、通りがかっただけの国もあるけどな」 突然の問いの意図を尋ねることなくテッドは答える。 ダナの視線は窓の外を向き、その答えを聞いているのかいないのか。 「テッド。ソウルイーターを手放す気は・・・」 「無いな」 即断したテッドは己の手に宿るソウルイーターを複雑な表情で見下ろした。 「手放せば、普通の人間として生きていけるのに?」 「・・・・・ダナ。言いたいことがあるならはっきり言え」 ダナは窓に向けていた視線をテッドに向けた。 一切の表情を廃した美貌はまるで造りものめいて、生きていることを疑わせるほどだ。 「これからも生き続けるの?」 「そうだな〜こいつが俺の元にある限りはそうなるんじゃねえの?」 敢えて軽い口調で答える。 「封印は出来るよ」 「あ?」 「よく思い出してみて。ソウルイーターがテッドの手に宿るまで何処にあった?」 「・・・・どこに・・・・」 テッドの村の人たちの誰かが宿らせていたわけでは無い。祖父も父もしっかり年をとっていた。 では紋章はどこに・・・? 「真の紋章も普通の紋章と同じく媒介があれば、人に宿しておく必要は無いんだよ」 「媒介・・・・」 ソウルイーターが気配を強める。・・・警戒するように。 「ただそれが出来る人間は限られているから、今まで選択肢に無かったのだろうけど」 ソウルイーターを手放すことが出来ると告げられたテッドは静かに動揺していた。 「僕は出かけてくるから、考えておいて。夕食までには戻るよ」 ダナは静かに部屋を出て行った。 『ダナ様』 庭に出るとダナの傍に突如現れた気配が膝をついていた。 「北に動きはあるか?」 「現在のところは何も」 マクドール家には数人の忍が仕えている。その半数が家では無く、直接ダナに仕えている者たちだ。 「ハルモニアは動かない、か・・・まあそうだろうね」 傍から見れば火種が燻り始めた赤月帝国に手を出すのはまだ早い・・と思うのが普通だ。 実際の火種は燻る前に元から断ち切られ、そっくり別のものに差し替えられた。 「ハンゾウは何と?」 「我が君の望まれるままに、と」 「そうか。ではこのままトランに留まり、守ることを命じる」 「御意」 忠実過ぎる忍たちは命じておかなければ、全てを投げ捨ててもダナについて来てしまう。 それでも数人はついて来ようとするだろうが・・・。 全てを整えた後、ダナは当分トランに戻ってくるつもりは無い。いや、戻って来れないだろう。 「このトランが、いつまでも私の故郷であるように」 忍は深々と頭を下げ、再び気配も無く姿を消した。 「ダナ」 「決まった?テッド」 いつになく真面目な表情を浮かべたテッドが立っていた。 「刷り込みってのは厄介だと思わないか?」 「そうだね」 「イタイけで素直な子供だった俺は性悪な男の何気ない一言を信じて300年も生きた。ただその男にもう一度会いたい。会えるはずだと信じて・・・」 確かに300年前のテッドは幼けで素直だったのだろう・・・頑固で意地っ張りもあったが。 近づいてきたテッドは、口を引き結んだままダナの正面、息が触れそうなほどに近く顔を向かい合わせる。 「俺のほうが背が高い」 「・・・まあ、そうだね。僕は正真正銘十代の少年だし」 「ずるいと思わないか?」 「・・・・・」 「300年も、思い続けた俺を・・・放り出すのか?」 「違うよ。その楔から開放したいだけ」 「ああ確かにコイツは厄介極まりないヤツさ。コイツさえいなければと思ったことだってある。だけどな!」 がしっとテッドの手がダナの両腕を掴んだ。 「コイツがあったからこそお前に会えた。300年探し続けることが出来た。もうコイツは楔じゃ無い、無くなったんだ」 「テッド・・・」 「俺は300年お前を探し続けた。それをたった数日で放り出して、またお前は何処かへ行くのか?ずるいだろ」 「・・・ずるい、かな?」 「ずるい。責任取れ」 「・・・どこの捨てられた女性の台詞・・・」 「うるせぇっ!」 がしっと抱きしめたダナの耳元でテッドは宣言した。 「絶対お前と300年生きてやる!」 「・・・それ、ストーカーって言うんだよ、テッド」 吐息交じりに呟いて、ダナは諦めたようにテッドの肩を抱いた。 その表情はテッドには見えなかっただろう。 |
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たぶんテッドは伊達に300年生きてない・・・のでしょう?