ダナ=坊ちゃん

<14>







「まずはクロンね」

 詳しいことについてはダナにのらりくらりとかわされて、ビクトールはイライラしながらも少年たちについて行くしか無かった。だいたい何故ネクロードとの確執を知っているのか。それを聞いてもやはりダナは答えなかった。
「ビクトールには悪いけど、ネクロードを滅ぼすのは僕にとってついででしか無い」
「おい」
「重要なのは、滅ぼすために必要な剣を手に入れる・・・イベントなんだから」
 そう言ってダナは寺院へと入っていく。
「ビクトールはさ、傭兵なんかしてるくせにお人好しだよね」
「は?」
「特に自分に利益がある訳でも無い解放軍なんてものに手を貸して、返り討ちにあってしまえば同罪で死刑は免れない」
「そん時は…まぁとっとと逃げれば良いだろ」
「無事に逃げられれば良いけど、あえて危ない橋を渡る必要も無い」
 ビクトールは嫌そうにダナを見た。
「お前、何が言いたいんだ?」
「柵の無い人間は良い。だけど逃げたくても逃げられない人間も居るってこと。いつかそれに巻き込まれないように気をつけるんだね」
 黒い瞳に覗き込まれてビクトールの背筋が粟立った。
 現実主義の自分が馬鹿なと思うが、忠告というよりそれは予言のようだった。
「おっさん、ぼーっとして無いでさっさと歩け」
「おっ・・・・」
 俺はおっさんと呼ばれるほど老けてねぇ!と叫びながらシーナの後に続いた。
 寺の入り口には一人の僧侶が自分たちが来るのがわかっていたように待ち構えていた。

「お待ちしておりました。我が君」

 深々と腰を折ってダナを出迎えた僧侶は、フッケンと名乗った。
「知り合いか?」
「初めて会うよ」
 何故相手が自分のことを知っているのか疑問にも思わないらしい。
 それもダナだからと思えば納得してしまう。
「過去の洞窟へ。通らせて貰っても良いかな?」
「どうぞ。貴方の行き先を妨げるものはございません」
「ありがとう」
 優雅に微笑するダナの姿は奉仕されることに慣れ、それを当然の如く甘受する者。
 傲慢にさえ見えるそれも、ダナにあっては相応しい。
「何だぁ?過去の洞窟ってのは」
「そのままかな。そこに君の相棒になる予定のモノがあるんだよ」
「はぁ?」
 くすくすと笑うダナの姿は、悪戯を思いついた時によくするものだとテッドはよく知っている。
 知っていれば逃げれば良いのに、楽しそうな様子を見るとついつい付き合ってしまうのだ。
「テッドは出来れば入り口で待っててくれたほうが良い気がするけど・・・」
「冗談」
「そう言うだろうと思った」
 ここまで来て自分一人だけ仲間はずれは無いだろう。
 シーナは興味津々と周囲を見渡し、ルックは相変わらず不機嫌そうな表情で黙々と歩いている。
 それでも逃げようとしないのは・・・やはりダナのせいだろう。

(否応なしに人を惹きつける・・・それは最早、呪いに近い)

 洞窟の奥に足を進めると、一振りの剣が突き刺さっていた。
 少しばかり禍々しい気を感じずにはいられない拵えだ。

「それが、ビクトールの相棒。星辰剣だよ」
「は?」
 いきなり相棒宣言されたビクトールは何を言うんだと、訝しげにダナを見た。
「俺には剣がある。今更こんな・・・みすぼらしい剣なんて・・」



「眠りを妨げるもの、呪いを受けるがよい!」



「け、剣が話・・・っ!?」
 剣から放たれた力が一同を襲う。
「ダナ!」
「大丈夫」
 何が起こるのかと警戒する一同に対して、ダナだけは泰然と構え笑っていた。
「漸く、会いに行ける・・・」

















 気づくと、彼等は洞窟では無く、どこかの村に立っていた。
「・・・・どこだよ、ここ」
 ビクトールが周囲を見渡す。
 ただ、テッドだけが信じられない様子で視線を徘徊わせていた。「まさか・・・」と呟いて。
「あの妙な剣のせいなのか?」
 シーナの問いにダナは頷く。
「そう。星辰剣は夜の紋章の化身だからね。ちょっと気難しい性質で、怒らせるとこんな目に遭う」
「で、君はそれを予想していた。何を狙っていたんだ?」
 ルックの刺々しい問いに、ダナはにやりと笑う。
「この村に来ること。そして会うこと」
「会う?」
 そう。テッドに、ね。ダナは胸中のみで呟いた。
 テッドはふらふらと何かに導かれるように村の奥へと入っていく。
「おいっ待てよ!」
「いいから。行かせてあげて」
 制止の声をとどめてダナはテッドの後を歩いていく。
 一同は訳がわからないままそれについて行くしかない。
 村は静かで、村人の姿も見えない。きちんと手入れされている様子から廃村でないことはわかる。
「何なんだ・・・」


「お兄ちゃんたち」


 家の影から現われた子供が、行く手を遮るように睨み付けてきた。
「お兄ちゃんたちが、たからものをとりにきたひとなの?」
 ダナは足を止め、膝をついた。
「違うよ。こんにちは、僕はダナ。君の名前は?」
「・・・テッド」
 ダナの美貌は幼い子供にも有効なのか、テッドと名乗った子供は頬を染めて応える。
「「「テッド?」」」
 前を行く少年と同じ名前である。
「お前・・・」
 テッドが呆然と『テッド』を見下ろしている。


「テッド!」


「テッド!こっちに来なさい!!」
 険しい顔をした男がテッドを呼んでいた。
「外に出てはいけないと言われたのに出てきたんだ?」
「・・・・違うもん」
 ダナに図星をつかれたテッド(子供)はぷいっと顔を背けて、呼ばれた男のほうへと駆けて行った。
 男はダナたちを警戒しながら、テッドを背に庇う。
「・・・お前たちは、あの女の使いか?」
「違いますよ。むしろ、あの女からの使いを追い払いに来た、といのが正しいかな」
「おい」
 事態の行方が全くわからない。
「関係の無い人間が口出しをするんじゃない。村をさっさと出て行け」
 けんもほろろに言うと男はテッドを促して去っていく。テッド(子供)は非常に名残惜しそうにしていたが。

「ダナ」

「ん?」
 厳しい表情を浮かべてテッドがダナに詰め寄った。
「お前、まさか・・・・過去を変えるつもりか?」
「駄目?」
「っ馬鹿か!過去を変えれば、未来が・・・変わる!」
「変わらないかもしれない。どちらにしろ、僕は止める気は無いよ。そのためにここに来たんだから」
「お前最初から・・・っ」
「そうだよ」
 激昂するテッドに対して、ダナはあくまで飄々と応えた。
「ふざけんなよっお前!そんなことしやがったら・・・」
「テッド。僕はもう十分に過去を変えてきたつもりだけど。今更それに一つ二つ追加されたって気にしない。それに、僕は僕自身に凄く腹が立ったんだよ。後悔もした。この僕が。      君を、テッドをこの村に置き去りにしなければならなかったこと。みすみすユーバーに好きなようにさせてしまったこと。だから今度こそ誰にも邪魔はさせない。例えそれがテッドであろうと」
 徹頭徹尾有言実行。それがダナという人間であり、それを止めることが出来る人間は居無い。
 その決意の強さは、テッドに逸らされず向けられる瞳の強さにも現われている。
「俺とお前が、・・・出会う未来を失っても、か」
「失っても、ね。でも心配しないで。絶対に僕とテッドは出会うよ」
「何だよ・・その自信・・・」
 根拠も何も無い。だが、ダナがそう言えばそうなる気がするから不思議だ。
「・・・ということで、今から一戦交えることになるから皆、準備してね?」
 事情説明も何もなく、ごたごた身内で揉めていたと思えば戦えとくる。
「君、勝手すぎない?」
「ありがとう。ルックに言われると自信もっちゃうな」
 ぴくりと、ルックがこめかみをひくつかせた。
「・・・どんな相手なわけ?」
「死の気配が大好きな変態。特に意味もなく剣を振り回して死体を量産するような性格」
 どんな性格なんだ・・・。
「とにかく物騒な奴だから油断しないでね」
 ダナの気配が張り詰め、宙の一点に視線が止まる。
「来るよ」

 ぽつりと空に出来た黒い染みが、どんどんと広がり・・・人を吐き出した。

 それに間髪れいず、ダナは雷を叩き込んだ。
 不意打ちであるそれを現われた影は剣で叩き落した・・・これも人間技では無い。
「誰だ!」
「お前に名乗る名など無い。さっさと滅びろ、殺戮狂」
 素早い動きでダナは黒い影に向かって棍を打ち下ろす。
「・・・くくっ!面白い!」
 かなりの重力のあるダナの攻撃を剣を構えて防いだ影は、にやりと笑った。
「退屈な仕事だと思ったが・・・生きの良い獲物が居たな!」
「テッド。村長さんのところにウィンディとネクロードが居ると思うから、そっちを追い払って」
「ダナ」
「こいつは僕一人で良いから」
 逆を言えば、他人が居たほうが邪魔になる。その程度にはユーバーの腕を認めている。
「行って!」
 鋭い指示に戸惑いながらもテッドたちは村長のほうへと向かった。
「余所見とは余裕だな!!」
「そのくらいのハンデはあげるよ」
 ダナは不敵に笑った。このユーバーは、未だダナに『会ったことの無い』過去のユーバーだ。
 どちらにしろダナにとっては『邪魔』以外の何者でも無い。
「貴様は『何』だ?」
「そんなことお前にはどうでも良いことだろう?」
「確かに」
 鋭い剣が容赦なくダナに襲いかかる。
 戦うことを喜び、屍を築くことを至上とする。まさに人の悪意のみを凝固させて出来たような男。
 攻撃を悉くダナに防がれ、苛立つどころかより一層の気色を滲ませる。
「・・・っ」
「美しいな。お前には血の色がよく似合う」
 剣圧に飛ばされた小石が、ダナの頬を僅かに掠った。
「俺のものにならないか?」
「冗談。切り刻まれる玩具になる気は無いよ」
「心配するな。・・・嫌になるほどに優しくしてやろう」
 にやりと笑うユーバーに凍りつきそうな殺気を叩きつける。
「死ね」
 拒絶と宣告。
 ユーバーは哄笑した。

「いつまで遊んでんだ!」

「テッド!」
 ウィンディたちのほうへ向かったはずのテッドの姿に、ダナが目を瞠る。
「あっちは大丈夫だろ。・・・こいつが村を滅ぼした元凶だ。それなら俺にこそ権利がある。だろ?」
「・・・んー、まぁそうだけど」
 テッドはやる気満々で、いつもは隠しているソウルイーターを露にしている。
「テッド。あまりそれを使うのはよくない」
 この時代に存在しているはずのソウルイーターを惑わせる。
「何とかしろ」
「・・・・・あのねぇ」
 ダナにならば出来るだろ、と丸投げしてきたテッドに呆れるやら・・・笑えるやら。
「頼りにしてるぜ、親友」
 その一言にダナの顔がくしゃりと歪んだ。
 テッドはどこまでダナの傍若無人を許すのだろうか。過去さえ変えようとしているのに。

(いいよ・・・応えてあげる。テッドだから。僕の・・親友の頼みだから)


「冥府!」


「何っ!」
 闇がユーバーを押し包む。
 ソウルイーターの闇がユーバーをどこかへと呑み込み、消した。
「く・・っ」
「テッド。無茶しないでよ」
 荒く息をつくテッドに歩みより、さっと赤みを増したソウルイーターに触れる。
「おま・・っ」
「大丈夫」
 ソウルイーターはダナに従うように、闇の気配を止め、沈静化した。
 凶暴な犬が、よく躾けられた猟犬のように主人の命令にはよく聞くように。
「ウィンディたちのほうにも行こう。あっちもさっさと追い返さないと」
「・・・あのな」
「うん」
「・・・ありがとう」
 村を救ってくれて。
 例えそれで未来が変わろうとも。ダナと会えなくなるかもしれないとしても。

 それでも、この村が救われたことは・・・・テッドの救いだった。












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