ダナ=坊ちゃん

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 庭園の入口に戻ると、泣きそうなテオ将軍とミルイヒ将軍が待機していた。
(本当に何やったんだ…)
 テッドの額に冷や汗が光る。

「父上、後はよろしくお願いします」
「う、うむ。…ダ」
「それじゃ、次に行こうか。テッド」
 父親の呼びかけを綺麗に無視してテッドを促す。テオが恨めしそうな視線をテッドに向けた。そんな目をされても、ダナ振り舞わされている身としてはテオと一緒なのでどうしようも無い。
 回廊をダナについて歩きながら、いったいどんな弱みを握ったのか気になった。
「テオ様はあのままで良かったのか?」
「問題なし。それよりもテッドは自分のことを心配したほうが良いよ」
「…?」
「今、向かっているのは宮廷魔道士のウィンディのところなわけだけど。彼女一人ならともかく厄介な男が側に居るはずだからね」
「王様よりも?」
「比べものにならないよ」
 英雄もダナにかかったら形無しである。
「黒い騎士。殺戮に生きがいを感じてる、かなりイッちゃってる奴だから。どんなことでもしてくるから気をつけて…ま、テッドのことは僕が守るけどね」
「な・・・ま、守られるほどヤワじゃねーよっ」
「うん。テッドが弱くないことなんか知ってる。これは僕の自己満足に過ぎないってこともね」
 だから。
「テッドをしっかり守ってね、ソウル。もしウィンディに奪われるようなことになったら砕いて封印するから」
 右手のソウルイーターが不満そうに蠢いた。しかし死神とも呼ばれるソウルイーターがダナの言うことを素直に聞いているのは驚愕に値する。300年、主であったテッドの言うことなどろくに聞き入れたことがないと言うのに。
 テッドはずっと恐れていた。初めてダナに出会ったその時、ソウルイーターは間違いなく歓喜したのだ。すぐに傍から離れようとした。だが、離れようとするとダナはテッドを何かしら理由をつけて引っ張りまわし、気づけば随分と長い間、一つの場所に留まっていた。年齢的に誤魔化すのは限界になってきた。本気でこの際、夜逃げでもしてやろうかと計画していたところだったのだが。
「大きな溜め息だね」
「…吐きたくもなる」
 ダナはくすくすと笑う。
「テッドには悪いけど、僕は幸せを追求することに決めたんだ。だいたい悲劇のヒーローなんて僕の柄じゃないって、ずっと不満だったんだ」
「お前のどのあたりが悲劇?」
 絶対にその周囲のほうが悲劇だ。
「今は幸せだよ。だからその幸せを奪いそうな元凶はさっさと消しておかないと」
 そのせいで未来がどう変わろうと知ったことでは無い。
 際奥の部屋。これまで護衛の兵の一人も居なかった。それだけ己の力に自信があるのか、またはダナの手配か。どこまでも卒の無い。一人で軍主と軍師を勤められる。
「ああ…何か気づかれたかな。扉にシールドがある」
 そう言いながらもダナは無造作にに扉に手を伸ばす。
「おいっ」
「大丈夫。この左手にある紋章を忘れたの?覇王の紋章の前に紋章の力など無意味だよ。まして門の紋章など」
 ダナが左手を翳すと青白い火花が散り、雷光を生み出して扉ごと粉々に弾き飛ばした。
「・・・・・・もう少し穏やかにいこうぜ・・・・・」
「あはは」
 瓦礫の向こうには、誰も居なかった。
 否。
「下がって!」
 ダナの声に反射的に一歩下がったテッドの目前をヒュンッ、と残像が横切る。

「仕留め損ねたか」

 死角から黒の甲冑に身を包んだ男が現れ、不敵に笑っていた。その手にある抜き身の剣が二人を狙ったものだろう。
「相変わらず、卑怯な男だ」
「誰だ、貴様は」
「ああ、そうだね。”初めまして”か。よくまぁ、戦の匂いを嗅ぎ付けるね。ユーバー」
 振り下ろされた剣を棍で受け止め、飛び上がってユーバーの頭目掛けて蹴りを繰り出す。
 一連の動作は流れるように、一瞬の躊躇も停止も無い。
「ただのガキでは無いな!」
 ユーバーと呼ばれた男がが愉快そうに叫んだ。
「全く血の気が多い・・・。ところで、ウェンディは?僕たちはそっちに用があったんだけど?」
「知りたければ俺を倒して行け!」
「別に倒さなくたって、行きそうなところぐらい検討がつくよ。ウェンディが身を寄せそうなところなんて一つしかもう残っていないもの」
「それを俺が許すと思ったか!」
「だから。別にお前の許可なんてものも必要無いと言っている。言葉が理解できないの?」
 長身から振り下ろされる剣は、通常ならばダナの受け止めきれるものでは無い。棍というリーチの長い武器だからこそ、その力を受け流し反動として返すことが出来る。それでも一回りも違う相手に対して互角に打ち合う姿は『非常識』と呼んで間違い無いだろう。
 出会ったときから才能に恵まれた人間だと思っていた。それでもこれほどではなかった。

(何があって・・・お前も変えたんだ・・・?)

 男と間合いをとったダナがテッドの隣に戻ってきた。
「貴様、何者だ?」
「そんなこと。お前にとってどうでも良いことだろうに」
 ダナの言葉に男は腹をたてるでも無く、逆に愉快そうにくくくと笑い声を漏らした。
「貴様・・・殺し甲斐がありそうだ」
「遠慮申し上げる。僕は死ぬつもりはさらさら無いからね。末永く幸せに暮らす予定なんだから。殺伐とした未来しかないお前とは違うんだよ」
「ほざけ!口でならば何とでも言えるわ!!」
 再び男が剣を掲げ、打ちかかってきた。
「・・どうして、こう単細胞なんだか」
 ぽつり、と呟いたダナはテッドの右手を持ち上げ、静かに継げた。








                     ” 冥府 ”







 驚愕の表情を貼り付けたまま、男は闇に呑みこまれて姿を消した。

















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はい、さようなら〜