ダナ=坊ちゃん

<3>






 翌日、予定通り城に呼び出されたダナは使えない小役人に会う前にテッドを伴い空中庭園に忍び込んで王と会っていた。一緒について来ようとしたグレミオとクレオは王宮に行く前に寄るところがあるからと置いてきている。

「誰の許しを得てここに入った?」

 英雄王バルバロッサ。静謐な問いかけとは逆に眼前に剣を突き付けられて問い質される。
 ダナは目を細め、優雅な所作で剣を払いのけた。
「僕は行きたいところに行き、したいことをします。過去に捕らわれ夢想に浸る趣味はありませんから」
 全く臆する様子の無いダナに、王は眉を顰めた。
「昨日、テオと共に見えたときには随分と大人しい子供と思うたが・・・して、何用か?」
 罰するつもりが無いのか、王は剣を引き問いかけた。

「退位して下さい」

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 言葉が耳に入っても理解できない時というのがある。今がまさしくそれだったのだろう。
 王のみならず、テッドまで目を丸くしている。
「・・・いったい何の冗談だ?テオの息子よ」
「帝国貴族は腐敗し、政治は混迷。民には貧困が襲い掛かっている。貴方はそれを知っているはずだ。王はウィンディに操られていると噂されていますが、それは有り得ない」
「・・・・・・・・」
「真の紋章同士の影響は基本的に相殺される。その剣を肌身離さず持っているのはそのためでしょう?」
「何が言いたい」
「現世を直視できない人間は王座に居るべきでは無い。その覇王の紋章は僕が頂戴し、王位に関しては王制を廃止し、共和制に移行してもらいます。ウィンディと共に過ごしていたいというのならば、人に迷惑にならないところでして下さい。ああ、ご心配なく。共和制の代表者として相応しい人間はすでに検討をつけてますから」
「戯言を・・・」
「そんな意味の無い反論しかできませんか?貴方に過去の栄光は無い。退位するべきだ」

 ギン・・っと激しい音が響いた。

「ダナ・・・っ」
 王の振り下ろした剣を、ダナが棍で受け止めていた。
「・・・テオの息子ならば、棍ではなく剣をとるべきでは無いか?」
 挑発のつもりなら無駄なことだ。
「生憎、剣では相手にすぐにとどめをさしてしまうものですから。僕の剣は切れ味が良すぎるそうです・・・それに非力を補うなら、リーチが長いほうが良い」
 こんな風にね、と王の剣を押し返し・・・円状に反動をつけて打ちかかった。
「ぐ・・っ!?」
「王よ。僕は波乱に満ち溢れた人生を送りたいわけではありません。大切な者たちを何物にも奪われず、平凡に過ごせればそれ良いんです。貴方が、そう望んだように」
 話ながらもダナの王の攻防は続き、哀れにも花弁が空を舞う。
 テッドは、ただ眺めるしか出来ない。自分には二人ほどの武力は無く、あるとすれば・・・右手の呪わしい紋章を使うのみ。何と非力だろうか。
「テッド!!」
「っ!」
 右手を睨んでいたテッドはダナの呼びかけに弾かれたように顔を上げた。
「300年も待たせて、ごめんね」
 不意打ちだった。
 その言葉の意味に、テッドの目がみるみる丸く大きくなっていく。
「おま・・・っまさか・・・」
 テッドの目の前で、ダナは己より一回りも大きい王を相手に怯むことなく…圧倒さえしている。ダナの師であるカイがテオに言っていた。百年に一度の天賦の才。ダナほど強く美しい生き物をテッドは見たことが無い。
 それが。
「終わったら、ゆっくり恨み言を聞いてあげるから。ちょっと待ってね」
「・・・っ馬鹿野郎・・・っ」
 次々明かされていく事実に、テッドの中は飽和状態だ。
 ダナは、楽しそうに笑うと・・・王の剣を棍で絡めて弾き飛ばし、胴をないで王を打ち飛ばした…くるくると回転しながら頭上から落ちてきた剣を左手で受け止める。
 歴戦の英雄が、ただ一度も戦場に立ったことのない子供に負けた。相当な衝撃を受けたのか、王は弾き飛ばされたまま胴を庇って蹲っている。
「王よ、貴方では私の相手にはならない。      覇王の紋章よ。本来の姿を取り戻し、真に主の下へ」
 ダナの呼びかけに剣の柄が青白く輝き始める。庭園を一瞬覆いつくした輝きは一点に収束し、ダナの目の前に紋章となって浮かんだ。


『我を呼び出したる君。君たるを示せ』


「愚かな問いをするな」
 静かな叱責に紋章が震えた。畏れるように。
      我が左手に在ることを許す」
 まさに王のような覇気。その覇気に圧されるように紋章は再び震え、輝きを増した。

『我が君の御心のままに』

 青白い閃光が周囲を突き刺し、あまりの眩しさに目を覆う。
「・・・・・・っ」
 ゆっくりと光は消え、ダナの左手できらりと輝くと沈黙した。
「右手だとソウルが妬いて大変なことになりそうだからね。左手なら許容範囲かな」
「・・・っおい!!!」
 反乱だとか。王位簒奪だとか。
 ダナの行為にはそれはもう物騒な名前がつくに相応しいのだが、あまりに軽快にすぎる。
 バルバロッサがここに兵を呼べば、多勢に無勢。幾らなんでもただではすまない。
 慌てるテッドをよそに、ダナはあくまで余裕だった。この庭園にふさわしく、美麗な微笑を浮かべている。
「陛下。貴方は誰かが終止符を打つのを待っていた。      待つだけならば下町を闊歩する野良犬にだって出来るんですよ。ご存知でしたか?」
 臓腑をえぐる、刃の言葉だ。
「さてと。もう一人、始末をつける相手に会いに行こうか?」
「・・・・・・・。・・・・・・王様はどうするんだよ・・・」
「大丈夫。ちょっとソウルイーターで魂抜いておいてくれれば」
「おいっ」
「冗談だよ」
「お前の冗談は冗談に聞こえないんだよっ!!」
「そんなに怒らなくても・・・テッドってこんなに怒りっぽかったっけ・・・?」
「お前がそうさせてんだっ!!」
 ぜはーっとテッドが肩で息をつく。
「心配しなくても、細工は昨日の夜のうちにしておいたから。父上とミルイヒが良いようにしてくれる」
「!?・・・テオ様とミルイヒ将軍もグルなのか!?」
「ちょっと事情を説明して、泣落とししてくれたら快く協力してくれるって」
「・・・・・・・・・。・・・・・・・・」
 どんな『ちょっと』した事情なのか。
 しかも泣落とし。そんなことで帝国の将軍が成人と認められたばかりの子供に従って良いのか。
        良いわけが無い。
 だが、現実は悉くダナの足元に跪いている。

「・・・くそっ!こうなったら最後まで付き合ってやるよ!」
「そうこなくっちゃ」
 やけっぱちになったテッドに、ダナは朗らかに笑った。

















************************
え、いきなりラスボス倒しちゃった・・?!