刷り込み


坊=ダナ・マクドール









 グラスランドと言っても、そこは一つの国が治めている訳では無い。
 クランと呼ばれる部族がそれぞれのテリトリーを決め一つの集落を作っている。
 かつてはハルモニアに侵略されたこともあり、その時は一致団結して撃退したようだが……時の流れというのは残酷で危機が去ってしまえば、また自分たちの利益を考え出す。

「ダナはどこに向かっているんだ?」
 同じ方向に向かって歩いているが、目的地が同じとは聞いていないフリックが尋ねる。
 ちなみに落とし穴からは何とか自力で出て来た。
「アルマ・キナンだけど」
 ぴたりとフリックとビクトールの足が止まった。
「アルマ・キナンて言やあ……男子禁制のクランじゃ無かったか?」
「基本はね。でも旅人の訪れまでは拒否していないから、ビクトールもフリックも入るだけなら大丈夫だよ。もっとも二人の目的地は違うだろうけど」
「……ダナはどんな用事があるんだ?」
「少なくとも喧嘩を吹っかけにいくわけじゃないよ。何、一緒に行きたい?ビクトールはともかくフリックはやめた方がいいと思うけど」
「何でこいつが良くて俺は駄目なんだ?」
「フリックには女難の相があるから」
 そんなものは無いと言えたらどれほど良かっただろうか。
「二人ともいい年なんだから、落ち着くこと考えたら?」
「……俺はオデ」
「オデッサだけだなんて言い訳は、やることやった人だけが言ってね。オデッサさんも死んでも死に切れないから」
 フリックのトラウマをぐりぐりと抉ったダナが今度はビクトールを見る。
「ビクトールは……実はすでに子供とか居そうだけど」
「はっ!?お前子供なんて居るのか!?」
「居るわけねーだろっ!!ダナも適当なこと言ってんじゃねえよ」
 復活したフリックに詰め寄られ鬱陶しそうに押しのける。
「いいコンビだよ。でも次の街で休んだら、方向が違うからお別れだね」
「ダナ」
 あっさりと別れを告げるダナにいい年をした男二人は難しい表情を浮かべた。
 傭兵として生きている限り、別れはつきものだ。今までだって何人もの人間と別れてきたし、恐らく二度と彼等と会うことも無いだろう。
 しかし、ダナという存在は二人にとってあらゆる意味で特別だった。
 その二人の表情を見せられたダナこそ、大きく溜息をつく。
「あのね……大の大人が何て顔をしてるの?今の自分たちの顔、鏡で見せてあげようか?」
 まるで飼い主に捨てられた犬のようだ……ダナは断じてこんな犬を飼った覚えは無いが。
「仕方ないだろっ……お前は、俺たちの……リーダーなんだからな!」
「……んー、それはとっくにお役御免になったはずだけどなあ」
 肩をすくめる。それで流されるほどダナは優しくない。
「肩書きとしてはそうかもしれないがな、リーダーはリーダーだろ。たぶん……お前以上のリーダーは居ない。少なくとも俺たちにはそうだ」
「それはそれは。ありがとう」
 ダナは優雅にお辞儀をしてみせる。しかしそれだけだ。
 そんな折れないダナについにフリックが暴走した。
 ダナの両腕を掴み、引き寄せる。
「俺はお前と……別れたくない!……俺がこんなこと言えた義理では無いかもしれないが、心配なんだ……っ」
「……。」
 そんなフリックにダナはもちろんのこと、ビクトールさえ固まった。
 シーナでも居れば、さぞかし爆笑してくれたことだろう。
 女に捨てられる寸前の男か、と。台詞だけ聞けばそのまま修羅場である。
 腐れ縁の相棒をどうにかしろ、とビクトールに視線を流せば引き攣りつつ、手を上げた。……お手上げだ。
「フリック。……腕が痛いから放してくれる?」
 穏やかに言い聞かせるように言うが、何かのスイッチが入ってしまったらしいフリックは放さない。
 相変わらずだなあと思いながら、ダナは口を開いた。
「怒りの一撃」
 雷の紋章の一撃を受けたフリックは、体を震わせ尻餅をついた。
 それだけで済んだのは彼が雷耐性があることとダナが手加減したおかげだろう。
「頭に血がのぼると相変わらず暴走するんだから。ちょっとは頭が冷えた?」
 座り込んだフリックに目線をあわせるようにダナもしゃがみ、ふてくされたような男の額をつついた。
「ガキだね」
「っダナ!」
「でもそういうところ、嫌いじゃないよ」
「……っ」
 不意打ちのように与えられた好意と微笑にフリックの息が止まった。
「何も二度と会えないわけじゃないし、僕に会いたいと思ったらグレグウミンスターに家はちゃんとあるんだから連絡とればいいし。僕より余程ビクトールたちのほうが捕まえにくいと思うよ。何しろ根無し草なんだから……ああ、そっかそれで二人にはいい人が出来ないんだね」
「ほっとけっ」
 ころころと笑って立ち上がる。
「ほら、さっさと行くよ。二人とも、奢ってくれるんでしょ?」
 おどけて片目を瞑るダナに、思う。

 こいつにはきっと、いつまでも敵わないのだろう。

 
 


























ほのぼのだな〜