ある日、森の中〜


坊=ダナ・マクドール









 夜逃げのように宿を出たダナは再び北に向けて一直線に歩いていた。
 初めのうちは舗装された街道だったが、気づけば森の中。
 何処かの青い人なら遭遇率高すぎて一歩も前に進まないどころか、気づいたら振り出しに戻っているなんて笑い話のようなことも起きそうだが、ダナが森の中を歩いても魔物に襲われることはまず無い。
 本能で生きている物は、敵にまわしてはいけない相手がよくわかっている。
 そして襲ってくる魔物というのは、少しばかり知恵をつけた物たちだ。
 しかしそれも魔法を使うことなく、あっさり棍の一撃で撃退し、ダナは鼻歌さえ歌いながら森の中を歩いていく。

 そして、森の中。出会っちゃったのである。
 何に?

 熊さんに。


「あれ?ビクトール。何やってんの?」
「それはこっちの台詞だ!」
 暢気そのものでかけられた声にビクトールは叫んでいた。



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 挨拶だけしてさっさと何処かへ行こうとしたダナにビクトールは待ったをかけた。
「おい。あれだけ俺たちに言っておいて……連れはどうした?」
「うーん、痴呆になったんで捨ててきた」
「はぁぁっ!?」
 歩みを止めることの無いダナを追いかけながら問いただす。
「どういうことだっ!?」
「言ったまま。それよりそっちこそ腐れ縁はどうしたの?」
 反対に問いかけられてビクトールは微妙な表情を浮かべた。
「ああ、また風船でもつけて飛ばされたの?」
「……ワンパターンで済まんな」
「通常仕様だよ」
 相変わらずのフリックの不幸っぷりにダナは微笑を浮かべた。
「あいつのことは良いんだよ。またどっかでトラブってるんだろうから。それよりお前だ、お前!」
「僕がどうかした?」
 何故か呻いたビクトールは頭を掻き毟った。
 フケが飛んでくるのをダナは嫌そうに避ける。
「ちょっとビクトール、何日体洗って無いの?」
「あ?あー……一週間くらい、か?」
 更に嫌そうにダナは一歩離れた。
「俺のことよりお前だ!お前!」
「え?失礼だよ。僕はちゃんと昨日、水を浴びたばかりだよ」
「違うっ!そんなこと聞いちゃいねーよっ!誤魔化すな!!」
 さすが腐れ縁筆頭。ダナに誤魔化されてはくれないようだ。
「一人、なのか?」
「今のところ」
「……何があったの聞いても言いやしねーんだろうな。くそっ」
 悪態をついたビクトールにダナは否とも応とも言えぬ微笑を浮かべたままで口は開かない。
 ビクトールはダナがルカを連れて行くと言ったのを聞いている。ダナが宣言したことをそう易々と翻す訳も無いことも。
「とりあえず、一緒に行くぞ」
「んー、ま、いいか」
「……そうか」
 断られると思っていたビクトールは肩透かしを食らったように、顔を歪めた。
「どこに向かっているんだ?」
「とりあえず、グラスランド方面?」
「曖昧だな」
「うん。暑いのが嫌で北上してるだけだから」
「……」
 本気なんか冗談なのか判断しかねるが、ダナなら本気でやりそうでもある。
「ビクトールはどうしたの?あ、でも傭兵だったよね。飯の種を探してるのか」
 この場合、飯の種=戦争だ。
 相変わらずさらっと辛辣な台詞を吐く。
「人聞きの悪ぃこと言うな。知り合いに呼ばれただけだ」
「その知り合いがどういう知り合いなんだろうね〜……」
 くすくすと笑うダナは本当に性質が悪い。
「向かう方向は同じというわけか」
「そうだな。今更行き先を変えるなんて言わないだろ?」
 寧ろ言わせないと言ったところか。
 散々同盟軍の時には酷い目に合われたというのに変わらずダナに心を傾けようとする。
「……お人好しなんだから」
「何か言ったか?」
「頑固者だね、て」
「お前に言われたくねぇっ!」
 こうしてダナに旅の連れが増えた。
 独りになったところで、こうして”偶然”にも知り合いが現れるとは、全く世界はよく出来ている。
 ダナは瞳に浮かんだ冷たい光を瞼を閉じて、消した。

































ビクトール再登場!