夢は心の鏡です・・・?


坊=ダナ・マクドール








 その日からダナは宿を拠点として近くの森に狩りに出かけるようになった。
 狩った獲物は宿に買い取ってもらい、宿泊代をチャラにして貰う。
 見目良いダナは宿屋の親父(ルカでは無い)には何か事情のある薄幸の少年に見えたらしい。
 事情があるのは確かだが、薄幸であるかは物議をかもすところだろう。
 ともかく深い事情は聞かれることなく、宿に宿泊すること一週間。

「お前……用事は無いのか?」

 生憎の天気で外は雨模様。
 狩りに出かけて濡れるのは御免なので、宿で大人しくしていたダナにルカが声を掛けた。
 食堂のテーブルに頬杖をついてルカを見るのが気になったらしい。
 ここで凶悪に睨んでこないルカが新鮮で、記憶が無いって凄いな〜とダナはにこりと笑いながら思っている。
「特に。今日は雨なので狩りにも出かけられないし」
「いや、そうでなく……お前、どこか良いところの坊ちゃんだろう」
「そう見える?」
「ああ。……家出中か?」
 ぷっと噴出しそうになるのをこらえた。
 育ちなら寧ろ目の前のルカのほうがダナより上だろうに。何しろ王子様だ。
「まさか。それだったらこんなところでのんびりしてないよ」
「……そうか」
「うん。それより貴方こそ記憶は少しは戻った?」
 まあ戻っているならば、こんなところで大人しくしているはずも無いが。
 ダナの問いに困惑したようにルカは眉を顰める。
「いや。……ただ」
「ただ?」
「……滝から落ちる夢はよく見る」
 ここで噴出さなかったダナは、本当に我ながら褒めて欲しいと思った。
「そ、そう…」
「何かを同時に叫んでいるようだが、何を叫んでいるかはわからない」
「……ふーん。わー、とか、ぎゃーとか……叫び声では無くて?」
「それならば口の形は一つだろう。夢の中の俺は何か必死で叫んでいるように見える……誰かに対して」
 記憶は消えても観察眼は鈍っていないらしい。
 確かにルカは滝から落ちる時にダナに叫んでいた。
「誰か、て……貴方以外にも夢に登場するの?」
「顔は見えない。だが確かに俺は誰かと一緒に居たらしい」
「ふーん。それじゃ、その誰かは貴方を探しているのかもね」
 そこでルカは何故か驚いたような表情を浮かべる。
「……なるほど。探しているかもしれないな」
「え?普通そこは考えるところじゃない?」
 ルカらしいといえば、らしいのだが。
「わらかない。ただ……探さなければ、とは思う。誰かも姿も覚えては居ないが……」
「そっか〜、きっとその人も貴方のこと探しているよ。いつか見つかると良いね」
 それが自分なのだとは、ついにダナは言わなかった。










 少しの物音も立てず、宿の窓から飛び降りたダナは月を見上げて、にこりと笑った。
「さて、行こうかな」
 宿代は前払いしているし鍵も部屋に置いている。客の一人が突然消えても問題は無いだろう。
 全てを忘れ去っているルカの姿を一週間見ていたら、こういう生活を送るのも良いかもなと思ったのだ。
 今のルカの姿を誰かが見ても、まさかあの『凶皇子』とは誰も想像だにしないだろう。それほど今のルカには凶暴性の欠片も無かった。過去に起こった凶事が無ければ、ルカは穏やかな人柄の人物に育ったのかもしれない。
 本来ならそれはあり得ないことであり、考えるだに馬鹿らしいとは思うが……今のルカならば十分許される。
 そう思ったからルカを置いて旅立つことに決めた。

「皇子様から宿屋の従業員か。凄い転職だよね」

 でも死神の連れよりは平和では無いだろうか。
 ダナは笑顔を浮かべたまま、歩き出した。


























あ、ルカ様置いてきぼりだー・・・)