隣の客はよく柿食う
坊=ダナ・マクドール
「そう、うん。ありがとう」 ダナは情報を伝えに来た黒づくめの――カゲへ礼と共に手を差し伸べる。 「いえ、この程度。ダナ様であればすでにご存じのことと思われましたが……」 「ううん、カゲがより詳しい情報を伝えてくれて助かったよ」 柔らかに声音にカゲは差し伸べられた手に触れ、頭上に押し戴く。生涯唯一絶対の主に向ける忠誠はどこまでも。 広いバルコニーに風が吹く。それでは、とカゲが幻のように姿を消したところでルカが顔を出した。 「何があった」 「ふふ、ようやくお客様が来るみたい」 「は、客だと」 「歓迎しないとね!お隣さんとの関係は重要だよ」 城も外観だけではなく、内装もほぼ整った。各所に設置された呪い人形が異彩を放つ以外は。 ダナが城内を優雅に歩く姿はピタリと嵌まっている。その隣を歩くルカはガラの悪い護衛騎士に見えなくも無い。 ちなみに現在逗留中のゲドは旅費を稼ぐと町に仕事を探しに行った。どこまで居座るつもりなのか。 「柿をたくさん用意しておかないと!」 「……」 相変わらず意味不明なダナの言葉をルカは眉をしかめながらスルーした。 二日後、ダナが『客』だと行った相手が現れた。 これのどこが『客』なのか、と。ただの客では無かろうとわかっていたルカでも胸中で突っ込んだ。 どう見ても城門前に並ぶのは完全武装の団体である。 「我々はゼクセン騎士団である!!我々の土地を無断で占領している貴様らに警告する!」 城が完成してから来るあたり、商人たちのずるさが際立つ。 廃墟同然だった場所を自らの懐を痛めることなく、立派な城が立ったのだ。しかも城を守る兵士らしき姿も無い。出入りしているのは職人らしき者たちと僅かな住人のみ。これなら一個師団を出すまでもなく制圧できると踏んだのだろう。 浅はかというか。 「馬鹿だな」 ルカは彼等の行く末を想像するまでもなく、確信できる。 ダナの遊び相手にされて終わりだ。 そんなダナはお客様を出迎えなくてはと出て行った。通常そういうものは従者がするものだが、ここに住んでいるのはダナとルカの二人なので。ルカに出迎えさせた日には即開戦だ。 「こんにちは、ゼクセン騎士団の皆さん」 城門前で口上を述べて相手の出方を待っていた騎士は、にこやかに表れた品の良い少年の姿に戸惑いを浮かべた。 「あーえーと……おうちの人は居るかな?」 あほか!隣家を訪ねてるんじゃねーんだぞ、と後ろの騎士が突っ込んだとか。 「ふふ、私がこの城の主ですよ」 そう言われると国の議会の偉い連中より遥かに高貴な相手に見える。膝をつきたくなってくる。 いやいや、そんなことできない。 騎士は何かを振り切るように頭を振るとごほんっと咳払いした。 「ここは、我が国の領地であり、無断で占領し、あまつさえ城を建てるなど言語道断である!」 「おかしいですね。ここはもう私の土地ですよ?」 「は?」 「ここはゼクセンとグラスランドの緩衝地帯にあり、どこにも属さぬ土地。かつてここに城を建てた者もすでに無く、特に旨味も無い土地ですから所有権は浮いていました。それを私がゼクセンとグラスランド両国に届けを出し、正式に所有しました」 「なん、だ、と……」 法的に何も問題ないと告げるダナに、騎士は『どういうことだっ!?』と背後を振り向くが答えられる者は無い。 議会からは不法占拠の輩が居るので拘束しろと指示さえれてやって来たのだ。 「どこかで情報のすれ違いが起こったようですね」 「う、いやっ……」 自信満々に警告するなどと口上した騎士は己の道化っぷりに顔が赤くなる。 しかも相手は理不尽な要求にも関わらず丁寧に説明してくれている。騎士として立場が無い。 (議会の……馬鹿どもがっっ!!!) 汗が噴き出す。 「私の説明だけでは証拠にならないというようであれば、両国の証書もございます。お見せいたしましょうか?」 「った確かにそれは……拝見させていただきたい!」 先ほどまでの偉そうな態度はどこへやら。平身低頭ダナに頼むしかない。 「それでは城内へどうぞ。せっかくなのでお茶でも飲んでゆっくりしてください」 「いっいや我々は職務中であるからしてっ」 「こんな辺境へお客様などいらっしゃらず寂しくしてたのです。そう仰らず。一杯だけも」 寂し気な美少年にこうまで言われて断れるだろうか、否。断じて否。 「そ、そこまで言われるならばっ一杯だけ!」 「はい、どうぞ」 花開くような微笑に見惚れ、ふらふらとした足取りで彼等は城内へ招き入れられた。 そして茶を供され(もちろんダナでは無く、マリーが用意した)、証書を確認した騎士ご一行は現れた時の姿が嘘のように大人しくなってすごすごと退散したのだった。 「……で、それは本物なのか?」 「もちろん、」 騎士たちが居る間は部屋で大人しくしていたルカは、ダナの手にある証書に目をやる。 「準備のいいことだ」 「本物に見える偽物だけど」 「おいっ」 「ふふ、だって緩衝地帯の土地の所有権なんて誰がどうやって認めるのさ。言った者勝ちでしょ?」 にこりと笑って優雅にカップを口に運ぶ姿は典雅で高貴だ。セリフとは裏腹に。 もし騎士たちの相手がルカだったら、これほど大人しく騎士たちも退散しなかっただろう。 「お前は見た目詐欺だな」 「心外だな。有効活用しているだけなのに」 高潔にして腹黒。両極端な修飾がこれほどぴたりと当てはまる相手も無い。 「さて。あともう一つ客が来たら、ゆっくりできるかな」 ダナは東を向いてそう呟いた。 |
前回の更新から2年経っていた・・・ そんなバカ、な・・・ |