昼下がりのブランチ
坊=ダナ・マクドール
さらに警戒レベルを上げて殺気さえ纏うゲドに、ダナは相変わらず微笑んでいる。 胡散臭い、とルカは思っていた。 「お前は、何者だ?」 もう一度、同じ問いかけをゲドは投げかけた。それにダナは笑う。 ゲドは警戒しながらも攻撃態勢はとらない。こちらの話を聞こうと待っている。……人が良いのだろう。 「ただの通りがかりの旅人なんですが……」 嘘はついていない。しかし常識的に「ただの通りがかりの旅人」が廃墟を城に立て替えたりはしない。 誰が考えても普通じゃない。ダナの見た目も行動も。 ルカとていったいダナが何をしたいのかよくわからない。それは全てをダナが話していないせいもある。 しかしそれがどうしたと気にしないのもルカだ。 「この場所って戦略的に重要なポイントなので放置しておくにはしのびなくて……(西方大陸に渡るにも丁度いい)」 悩ましげな表情でそう言う。 しかし「ただの旅人が」、戦略的にとか言い出すのが有りえない。胡散臭い。 その思いはルカだけでなく目の前のゲドもそう感じているのだろう。険しい表情は変わらない。 「見聞と観光でグラスランドをうろうろしていたんですけど、このあたりって風光明媚で過ごしやすいですよね」 「……」 「だからこのあたりにちょっと別荘でも作っておこうと思いまして。お客様は害歓迎ですよ」 にこり、とダナはさらっと告白した。 魔王城とか名づけようとしている場所が別荘であるらしい。 ゲドが何も言えず本気かと伺う視線でダナを見る。ルカは視線を飛ばして、諦めモードだ。だいぶ慣れた。 「ゲドさんは、ここに何を確かめにいらしたのですか?」 「幾ら中立地帯とはいえ、この場所にこのようなものを建ててゼクセンもグラスランドの者たちも黙ってはいないだろう」 「そうですね。何か文句は言ってくるでしょうね。ふふ、わざわざご心配いただいたということですか。ありがとうございます」 「ちがっ……ごほん。その程度で済むと思っているのか?」 「ええ。その程度しかできないようにしますから」 にこりと物腰柔らかに物騒なことを言う。ダナがそうすると言うならば可能なのだ。 「……噂を聞いた。東のあたりの戦争で行方不明になった王族が居ると」 ゲドはそう言いながらルカを見る。彼は正確な情報を持っている。ルカがそうなのだ、と。だから警戒する。 まさかここに国を再興しようと考えているのでは無いか、と。 しかし来てみれば対応するのは正体不明のダナであるし、イニシアチブをとっているのもダナ。 全くルカに口を挟ませないし、当人も黙ったまま口を出さない。 ますますダナが何者なのかわからなくなったことだろう。 「耳がお早いんですね。確かにここから東のハイランド周辺で戦争があったみたいですね。でもそうですか、王族の方まで行方不明とは大変ですね。ハイランドは大変だ」 その大変な元凶がよくぞ言うことだ。ルカは特に表情を変えることなく、ゲドを睨みつけていた。 「平穏を乱すのならば、俺が排除する」 ゲドもルカを睨みつける。 「そうですね。中立地帯のおかげでこのあたりは平穏ですね。……表面上は」 「……何が言いたい」 「何が言いたいかは、おわかりでは?」 ゲドがルカから視線をダナに戻して、真意を探るように真っ直ぐに睨みつけてくる。それにダナは微笑む。 「そうだ。せっかくのお客様第一号ですし、お食事をして行かれませんか?」 「は?」 にこにこ笑うダナに他意は無さそうに見える。ルカにさえあるのか無いのかわからない。 ゲドに至っては「こいつ何を言い出した?」と言わんばかりだ。 食事が出来ないのは困るということで、城の中でも食堂と厨房はかなり早いうちから出来上がっていた。 働いている職人たちにも開放している広い食堂とは別に来客を招くための食堂もある。 綺麗に壁にも装飾された食堂は上品で落ち着いている。テーブルや椅子に至るまで配慮されていることがわかる。 そんな場所に違和感なく収まっているのがダナという存在だった。服装はごくありふれた格好をしているのに滲み出る高貴感が半端無い。隣に座るルカよりも余程『らしい』のがダナだ。だからこそゲドはますます混乱する。 元王子様より高貴に見える相手の正体とは何だ。 結局、うやむやに食事を共にすることになったゲドは混乱しながらダナの前の席についていた。 「はい、お待ちどうさま!」 「ありがとうございます、マリーさん」 「どういたしまして!これがあたしの仕事だからね!たくさん食べるんだよっ!」 こんな高貴な場所には不具合なほど料理人はフレンドリーだった。ダナにマリーと呼ばれた恰幅のいいご婦人は料理人らしく白い服にコック帽を被っているが態度はそのへんの食堂にいる女将さんだ。 「ルカがコース料理は面倒で嫌だと言うのでワンプレートでご用意しましたがよろしいですか?」 「……構わない。用意してもらうのに文句は無い」 白いプレートには前菜やメイン料理が美しく盛られている。パンは籠盛りにしてそこから食べろということらしい。 早速とルカが遠慮なく手を伸ばして齧りついている。その野趣溢れる姿を見て彼が王子というのは自分の考え違いでは無いかと本気で思えてくるゲドだ。その思わせるのが狙いだというのならこの上なく大成功なのだがルカは素でこれだ。 非常に残念な王子様である。 「今日も美味しいね、ルカはどう?」 「……悪くは無い」 素直で無いルカにダナは優しく微笑む。その二人の姿は驚くほどに穏やかだ。狂皇子と呼ばれた姿はどこにも無い。 「ゲドさんのお口にも合いますか?」 「美味しく、いただいている」 「それは良かった。このあたりは水辺も近いので魚料理も美味しいですよね」 「肉がいい、肉が」 「はいはい。ルカはマリーさんが作る肉料理が大好きだものね」 むっと口を閉じたルカは黙々とフォークで荒々しく肉を突き刺し、口に運ぶ。 その横で優雅にカトラリーを操り、美味しそうに小さな口を動かしているダナは確実に育ちがいい。 「ゲドさんは肉料理と魚料理どちらがお好みですか?」 「は、いや、どちらでも……」 「そうですね、肉も魚もそれぞれに良いところがあります……グラスランドとゼクセンのように」 そっとダナが付け加えた言葉にゲドの手が止まった。 「僕は戦火が広がることを望みません。多くの軋轢は相互理解の不足から起こるもの、種族が違えばそれは皿に酷くなる傾向がある。互いが争えばそこに待っているものは民の疲弊と国土の荒廃……そして漁夫の利を得る者の介入です」 「それが、お前では無いと何故言える?」 「僕は国などに興味はありません。そんな面倒なものを手に入れたいなど思わない」 「だが強大な力だ。それを欲する者は歴史を見ても明白だ」 口ではどうとでも言えるとゲドが言う。 「さあ、その人たちは本当に手に入れたのでしょうか?」 「何を」 「強大な力とは?武力ですか?広大な国土ですか?多くの民ですか?それって……」 ――― 独りでどうにか出来るものですか? 「……。……」 武力とは兵力だろうが、多くへ兵を養い育てなければならない。広大な国土もただあるだけでは意味が無い。開墾し、作物を育て豊かにしなければならない。民も住みにくい土地には見切りをつけて逃げていくだろう。 そう、国というものは独りの力で維持できるものでは無い。 宝石や物のように所有して終わりでは無いのだ。 そして、そのことを思考できる者は限られている。 「お前は……何者、だ?」 掠れる声でゲドは再度問うた。 ふ、とダナは笑う。 「僕は、ダナ」 「っだ」 「今はもう何者でもないただの―――『ダナ』」 静かに、嬉しそうに名乗るダナにゲドは言葉を失った。 |
ゲドが仲間になりたそうにこちらを見ている 仲間にしますか? >はい いいえ ダナは仲間を手に入れた! なんてね。 |