破れ鍋に綴じ蓋
坊=ダナ・マクドール
周囲を覆っていた水の気配が消えていく。 ダナは掲げていた手を下ろし、懐から何かを取り出した。 そして水晶に歩いていくと、徐にその何かをべしっと……べしっと貼り付けた。 ルカは見る。そこに書かれている文字を。 『怪盗ルカ参上!』 「っおい!」 ルカならずとも一声上げたくなるところだろう。 怪盗になった覚えは欠片も無い。しかも盗んだというのならルカでは無くダナだ。 濡れ衣もいいところ。 「だって自分の名前を残すのって……恥ずかしいでしょ?」 嘘つけ。 ちょっと照れたように言っているがそれがただの演技であることははっきりしている。 「……自分の名前がバレるのが嫌なだけだろうが」 「ちっ」 舌打ちしたダナは特に言い訳するでもなく、歩き出す。 「おい!」 張り紙はそのままに。 ルカは張り紙に手を伸ばすがバシッ!と何かに遮られた。防犯対策もバッチリだ。 「くそっ!」 その間もダナは出口に向かって歩いていく。止まる気配は無い。 ルカは後ろ髪を盛大に引かれながらダナを追いかけた。 その姿は飼い主に置いていかれそうになって必死に追いかける犬に似ていた。 「そう言えばルカ」 「何だ?」 「この村は男子禁制なのによく入れてもらえたね」 「入口で門前払いを喰らいかけた。変な女がお前が中に居るといって通したぞ」 「そう、ユリアがね……でもよくここまで来れたね?」 「お前を追いかけただけだ。難しくは無い」 「……そう」 よく野生の動物にあるっていう帰巣本能かなとダナはそっと呟く。 二人で入口に戻ってきたところで、ルカを通したユリアが立っていた。 「お帰りなさいませ」 ダナに向かって恭しく頭を下げ、ルカに微笑む。 「回収しておいたから。後は適当に」 「畏まりました。お手数をお掛け致しました」 「これも仕事だからね。面倒だけど仕方ない」 ダナの言う『仕事』とは紋章を回収することなのか。だが、誰に依頼でそれを請け負っているのか。今までのダナの行動を振り返って誰かの命令で動くような素振りは欠片も無かったはずだ。 「それから街の入口にダナ様を探されているという方がお二人いらっしゃるようなのですが……」 どういたしましょうか、とダナを伺う。 「二人……それ熊みたいなのと青っぽいの?」 「確かそのようであっかと」 それで通じるのか。 「ああ、あの煩い二人か」 「ん?ルカ知ってるの?」 「お前の行き先を尋ねただけだ」 「……本当に尋ねただけ?」 す、とルカの視線がそれる。 それだけである程度の実力行使もあったのだろうと推測する。 困った元皇子である。 「一緒に来たの?」 「知らん」 「だよね……」 ルカとあの腐れ縁コンビが仲良く歩いているところなど想像できない。 もういい年した大人なのだからダナを追いかけたりせず、自分たちの動きたいように動けば良いだろうに……ネックはフリックだろう。 ビクトールなら上手く逸らすと思っていたのだが、ビクトール自身もフリックに働きかけるほど未練が無いわけでは無い。 「まあそっちの都合だし、僕が合わせる必要は無い。うん、僕たちは裏街道から別の街に行こうか。もう暫くしたら二人を通してあげて」 「畏まりました。……どういたしましょうか?」 「居ないってことがわかったら諦めるよ。伝言だけお願いできるかい」 「はい。承ります」 ルカはそれも気に入らないようだが、ダナが自分以外に気をかける全てものが気に入らないという心の狭さなのだから仕方ない。 「みぃつけた」 楽しそうに誰かが呟いた。 ビクトールたちに見つからないように村の裏から回って街道に出た二人は西へ向かっていた。 何故西かと言うとダナの物騒な一言から始まる。 「城も潰しておこうかな」 「城?ブラス城か?」 特に反対することなく標的を定めるルカもルカである。このペアの最大の問題はストッパーが居ないことだろう。 「違う。ビュッデヒュッケ城」 「聞いたことが無いな」 「一応ゼクセン領にはなるけど、そう重要な拠点では無いからね。グラスランドと接しているから色々な民族の交流がある珍しいところだよ」 そんな場所を何故潰す必要があるのかルカにはわからないが、特に反対意見は無い。 「中立地帯なようになっているんだけど、いっそ独立しておいた方が後々面倒も無くなるかなって思うんだよね」 「面倒ごとには関わらない予定では無いのか?」 何もしなくても目立つ存在だからこそダナは目立たないように動いていた。 「直接関わらなくても事は成せるからね」 「そうか」 「そうだよ」 「ところでルカ。あそこで働いている間に料理の一つぐらい覚えたの?」 「……料理はしていない」 最初の沈黙でダナは色々なことを察した。 「まあいいけど。でも……給仕してるルカの姿、ちょっと皆に見せたかったな」 「……」 沈黙し、不満そうな表情を浮かべたルカに笑いがこみ上げる。 「ルカ」 「何だ」 「お帰り」 「……お前は馬鹿だな」 「ルカにだけはそれを言われたく無いけど……」 「俺はお前に”いい子”であることなど望んでいない。欲しいものがあれば欲しいと言え。捕まえないたのなら捕まえておけ。どうせお前に逆らえる人間など居ないだろうが」 「……いったいどんな暴君だい」 「そんな暴君を許容しようと言うのだ」 ダナはそっと目を閉じ、微笑を浮かべた。 「ルカ、それ趣味悪いよ」 「お互い様だ」 視線を交わして、笑った。 |
似た者同士(笑) |