男は黙って跪く


坊=ダナ・マクドール








 アルマ・キナンに足を踏み入れたルカは脇目も振らず奥へ奥へと足を進めた。
 街の中に居るのは老若全てが女性ばかり。
 しかし彼女たちはルカの姿を見ても、まるで見えて無いかのように注意を払わない。
 それぞれに会話をし、道を行き交い、日々の営みを続けている。
 傍から見れば非常に奇妙な光景だっただろう。

 
 ルカの目の前には壁があった。岩の壁だ。上から見れば断崖絶壁と言えただろう。
 行き止まりとも言う。
 しかしダナの気配はこの岩の向こうにある。
 ならばルカの取るべき行動は一つ。ただ進むのみ。
 そうして一歩を踏み出すと、ルカの体は固い岩に吸い込まれるように岩の向こうへと消えた。
「……」
 岩をすり抜けた本人であるルカは背後を振り返りちらりと見ただけで顔を戻して歩き始める。
 岸壁を越えた先は、想像だにしない広い空間が広がっていた。しかも明らかに人の手が入った空間だ。
 白く滑らかな肌を晒す石組みは正確に規則正しく積み上げ、造成されている。
 その他に何も無い空間の正面に更に奥へと続く四角い闇がある。
 コツ、コツとルカが歩く音が広い空間に響くなか、ふとルカは視線を上へ上げた。
 照明などは無い。だが室内は明るかった。
 普通の人間ならそれを不思議に思うのだが、ルカにとってはどうでも良かった。
 明るかろうが暗かろうが、ルカの目的には特に関係ない。関係ないものを考えるだけ無駄だ。
 よく言えば潔い。悪く言えば猪突猛進。
 ダナならば『ルカらしい』と笑い飛ばしただろうか。
 明るい広間から一転闇に覆われた通路を抜けると、そこは青に染まっていた。
 一瞬、水の中へ飛び込んだような錯覚を起こさせる。
 部屋の中央には巨大な水晶の固まりがあり、神秘的な青いの輝きを発している。
 その水晶の前に立っている人物こそ、ルカが探していた相手。
 ダナが、居た。

 ルカの方に背を向けたままダナは微動だにしない。
 ただ静かに水晶へ向かって立っていた。
 立っているだけだというのに、神聖にして侵しがたい空気を纏っている。
 気配に敏いダナがルカが来たことに気づいていないということは無いはずだ。
 だからルカは無言で、その足元に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 





 土下座した。







 見事な土下座だった。
 あの、ルカ、が。
 そのまま動かない。
 どの程度の時間が経過したのか……ダナの気配が動いた。
 ほぅ、と息を吐く音がして視線を足元に流したダナはそこに土下座するルカの姿を見て微笑した。

「ルカ。土下座のやり方なんて知ってたんだ?」
 
 そこはツッコミどころが違うとビクトールあたりが居てくれたら突っ込んでくれただろうが、居るのは二人だけ。
「自分じゃ無い自分として生きてみてどうだった?」
「……」
「何の柵(しがらみ)も無い新しい自分。そのまま生きれば良かったのに。…………ルカ」
 ダナは腰を落とし、ルカの下げたままの頭をぽんぽん叩いた。
「思い出しちゃったんだねえ」
 しみじみそう言ったダナにルカが頭を上げた。


「……ごめん、なさい」


 ダナは絶句した。
 未だ嘗てこれほどダナを驚愕させた相手も言葉も無い。
 あのルカが謝ったのだ。しかも『ごめんなさい』。
「……何か変なもの食べた?それとも頭の打ち所が悪かったのかな……?」
 否、そうでは無い。
 ルカのダナを見る目はどこまでも真摯だ。ルカなりにどうすればダナに許してもらえるのか考えた末の行動がこれ。
 本当に。……ああ、本当に。
 ならばダナの取るべき行動は一つ。
 ルカの顔に両手を伸ばし、顔を寄せた。

「ありがとう。ありがとう、ルカ。僕を忘れないでくれて」

 慈しみに溢れた美しい微笑みを浮かべダナは、ルカの頬をぎゅむっと抓んで引っ張った。
「……にゃ、にを」
「でもちょっとむかついたからお仕置き。はい、立って」
 ダナに促されたルカは立ち上がり、再び水晶に向かったダナを見た。
「それは何だ?」
「紋章の器。それだけのもの」
 連なった水晶をよく見ると、その中に何かが見える。
「ここはそのために作られた場所。女性だけしか居ないのは作られた場所だから。それなのに」
 ダナが手を伸ばすと、水晶の中の影が揺らめいた。
「歴史は、だいぶ変わったけれど……歴史の補正は予想できないから」
 揺らめいた影が紋章の形をとる。
 その影がダナの手の中に吸い込まれるように消えた。





























ルカはレベルアップした!土下座を覚えた!