口は大災の元
坊=ダナ・マクドール
二つの人影はグラスランドに向けて歩いていた。 「ねぇ、ルカ」 「何だ」 「僕たち二人って周りからどう見えると思う?」 「知るか」 どうでも良いとばかりの返答は予想通りなものであった。 「まぁ、ルカはそう言うとは思ったけどねぇ・・・」 粗末な身形をしては居るが、よくよく見ればその布の質は上等なものだとわかる者にはわかる。 また隠しがちにしながらも時折のぞく、小さな影のほうの顔(かんばせ)は一度目にしたならば二度と忘れることは出来ない絶世の美貌を有する。 この二人がどう見えるか、よく言えばお忍びの貴族と護衛の騎士。見る者によっては、いたいけな美少年を拉致する悪党・・・にも見えたかもしれない。 ともかく。 「僕はあまり目立ちたく無いんだけど」 「その顔でか」 無理だろうとばかりに鼻で笑われ、ダナはむっと口を引き結んだ。 「少なくとも僕一人だけの時は、ここまで目立たなかった」 目立つのはルカのせいだとダナは言いたいらしい。ルカにしてみれば言いがかりにも近い。 「ルカってトラブルホイホイ?」 「その言葉そっくりそのまま、お前に返す」 「おいってめぇら!!無視すんじゃねぇっ!!」 ダナとルカは山賊と思しき連中に囲まれている真っ最中だった。 「うるさい蝿だ」 「うわっ!ルカが豚以外の単語使ってる!!・・・成長したねぇ」 訳のわからない理由で生温い視線をダナから向けられたルカの額に血管が浮き上がる。 今の今までよくキレずに我慢している。それこそ感心されるべきだろう。 「やいやいっ有金全部置いていきやがれ!命だけは助けてやるっ!!」 無視されていることを気にせず、くじけず、山賊は要求を突きつけることにしたらしい。 「ついでにそっちの嬢ちゃんも置いていけ!!高く売れそうだぜ、けへへへ」 下卑た笑いを漏らしながら、ダナを舐めるように上から下まで眺める。 滅多にない上玉、あわよくは味見をしてから売り払おうと頭の中ではピンク色な計画がめくるめいているのかもしれない。 だが、彼が・・・彼等が幸せな時を過ごすことが出来たのもそれで最後だった。 「何?」 ダナは朱唇を笑み形どりながら、空気を凍らせた。 文字通り、周囲の気温が五度は下がっているはずだ。急な気温の変化に鳥肌が立つ。 「 僕、が 何だって?」 山賊に女扱いされたダナは、静かに確実に怒っていた。 女装しているのならばまだ、許容はしよう。だが、どう見てもダナの今の服装は男のもの。 間違えるなど万死に値する。 「・・・・正常な視力だと俺は思うがな」 ルカはあらぬ方向を見ながら、山賊たちの言葉を肯定していた。 「ん?何、ルカ?何だって?」 「・・・何でも無い」 キレているダナに、無駄に抵抗をしない・・・というのをここ数ヶ月でルカは学習した。 嘗てのルカを知っている連中ならば、その姿に滂沱の涙を流してくれただろう。 そんなルカの内心を知ってか知らずか(・・たぶん知っているだろう。いや確実に)、ダナは凍りつかせた山賊たちにゆっくりと近づいていく。 何が起こっているのかわからないまでも、未知の恐怖に山賊たちの顔は蒼白だ。 逃げようにも躯はぴくりとも動かすことが出来ず、目の前の『獲物』が近づくにつれて心臓が掴まれるように痛みだす。 それが人が獣として、嘗て有していた本能的な恐怖と警戒であると誰が気づいただろうか。 残念なのは、たとえ気づいた者が居たとしてもすでに逃げることは出来ないことか。 「発言は十分に検討して口にするように 遅すぎる忠言と共に、小さく短く呟かれた呪文。 山賊たちはあらん限りに目を見開き、己の終焉を死ぬよりも恐ろしいほど味わわされた。 「・・・レベル1ぐらいに抑えておいたから死ぬことは無いと思うよ・・・て聞いてないか」 山賊たちは口から泡を吹いて全員が気を失っていた。 よほど恐ろしいものを見たに違い無い。 「こういう人たちが出没すると一般の人が旅しにくくなるから、これで改心してくれると良いけど」 「改心する前に廃人だ」 「死ぬよりマシじゃない?」 「・・・死ぬほうがマシだったろうよ。本人にも周囲にも」 ダナもルカも同情する気など更々無いが。 「でもこれで、襲われるのも3回目か〜」 旅を始めて3回目では無い。本日、3回目だ。 「ダナ、顔を隠せ」 その顔が原因だとばかりのルカの言い分だ。 「暑いの嫌だから北を目指しているのに、覆面なんかしたら暑苦しいし邪魔だもん」 二人がグラスランドを目指しているのは、ダナの『暑くなるから北に行こう』という希望による。 ただそれだけで、深い意味は全く無い。 目的地も、目的も無い気侭な旅だ。 「だったらせめて、旅人が通る街道を通れ」 「真っ直ぐ進んだほうが早い」 ・・というダナの主張により、ひたすら真っ直ぐ進み続けて山の中だ。 気侭すぎるだろう。・・・王子様育ちのルカはほんの少しだけだが、不満を抱いた。 それでもダナの意思に逆らう気も無い。 「もう仕方ないなぁ。それじゃ、この先に滝があるから。そこを通りすぎたら街道に戻ろう」 「・・・・わかった」 ルカは頷いた。 そして、頷いたことをすぐに死ぬほど後悔することになる。 現われた滝は、水飛沫で下が見えないほどに豪快だった。 「・・・聞くが、どうやってここを通り過ぎるんだ?」 嫌な予感をひしひしと感じながら、ルカはダナを振り返った。 「え、そんなの・・・」 何でそんな質問をされるのかわからないな〜という表情を浮かべながら・・・絶対にわからないわけが無い・・・ダナはこくりと首を傾げる。 好事家がむしゃぶりつきそうな可憐さだが、それに騙されるにはルカもダナという相手を知りすぎていた。いっそ素直に騙されれば少しは慰められたかもしれない。 「飛び降りるしか無いでしょ?」 やっぱりか!! 当然のように言われ、ルカの口から魂が飛び出しそうになった。 この滝の上から下へ飛び降りるのは、最早自殺行為でしかない。 ふと周囲を見渡せば、『まだ人生を投げるには早すぎる!』『お母さんは泣いている!』『君は一人じゃない!!』・・・不吉な看板がそこかしこに掲げられている。 自殺の名所か。ここは。 「では、お手をどうぞ?」 おどけたように差し出されたダナの手を、ルカは迷いなく掴んだ。 「ん?」 毒を喰らわば、皿もテーブルも全て呑むこむ。 「ちょ、ルカ・・・」 抗議しかけるダナを封じて、ルカはその躯を抱きしめ・・・・飛んだ。 彼等の旅は、まだまだ始まったばかりだが・・・命がけだった。 |
最近、ふとルカ坊を書いていないことを自覚し、 どうしても読みたくなって、仕方なく自分で書きました。 ・・・供給が無いって寂しい・・・(遠い目) とりあえず、その後の番外編みたいなものです。 続くかどうかは、謎。 |