策士策に溺死する
坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント
孤立無援の戦いを続ける同盟軍に、ダナはもう一度降伏勧告を出した。 これで投降してくるぐらいならば端からこの勢いづいたハイランドと戦おうなどと決断はしないだろうが。 無駄にも思える行動に異を唱える者は無い。(ダナが恐すぎて・・・) 「何を企んでいる?」 「企むなんて…人聞きの悪い。かつて仲間だった者たちに無駄に傷ついて欲しくは無いというこの思いやりの気持ちが理解できないかな?」 「ふん」 同盟軍が本拠地とするノースウィンドゥを目前にしてダナは兵を止めた。 そこで同盟軍が降伏勧告にどのような反応を返すか待っているのだ。 「散々陥れておいて、よく言う」 「ルカ。僕は陥れてなんていない。ただ、戦略(ゲーム)を楽しんでいただけだ」 国を賭けた戦いも、所詮ダナにとっては児戯なのだと艶やかに笑ってみせる。 余計に性質が悪い。 「それで、同盟軍軍師は何といって返してきたんだ」 「それがねぇ・・」 先ほど届いた書簡をひらひらと振ってみせる。その顔は、恐怖を感じるほどに至極楽しそうだ。 「話し合いをする場を持ちたい、て」 「・・・その軍師は、頭が悪いのか?」 この状況、圧倒的な劣勢であるくせに何を話し合おうというのか。 「今から温情でも請うのか?」 「さぁ・・・」 明らかに何かを楽しんでいる様子のダナに、柄にもなくルカは同盟軍軍師に憐れみを覚えた。 対談の場は、互いの陣地の丁度中間地点にある森の傍に設けられた。 時刻通りにやってきたダナに対し、同盟軍はすでに到着して待っていた。 僅かな兵を連れて、対談を望んだ軍師が現れたダナを睨むように立っている。 (相当恨まれている自覚はあるけれど・・・) そうやすやすと軍師たる者が他人に感情を読まれてどうするのだ。 (マッシュ、お前の弟子はまだまだ未熟者だね) 「初めまして、かな」 「・・・はい。初めてお目にかかります。・・・護衛はお連れでは無いようですが」 クルガンたちに反対されたが、ダナは大丈夫だからと一人でやって来ていた。ここまできてダナ一人を捕らえたとしてもハイランドの勢いは止まりはしない。 「『話し合い』をしたいと聞いたんだけど?」 護衛などという物騒な存在が必要なのか。そちらは兵までも率いているようだが、というダナの皮肉に軍師はぴくりと眉を動かした。 「・・・失礼致しました。改めまして、同盟軍軍師をつとめておりますシュウと申します」 「そう、よろしく」 あえてダナは自分から名乗りをしなかった。その相手を侮るかのような態度に兵士たちが気色ばむが、シュウが手で制した。 「ルカ皇子殿下は気が短いからね。早速でも『話し合い』の内容を伺おうかな」 「畏まりました。・・・我ら同盟軍が追い詰められた状態にあることは、誰の目に見ても明らか」 「その通りだね」 敗北の文字が3分の2以上は見えている状態だ。 「しかし、休戦協定ならばともかく降伏勧告など・・・受け入れるわけにはいきません」 「何故?」 即座にダナは聞き返した。 「ルカ皇子の残虐非道な振る舞いは、現在はなりを潜めているとはいえ・・いつまた降りかかるやもしれぬ災難。そのような人間の下で我らは生きていくわけにはいきません」 「面白いことを言う。・・・では、問おう。同盟軍軍師殿は、ハイランドの王がルカで無くば降伏勧告を受け入れると、そう言っていると理解していいのかな?」 「・・・・・・」 沈黙した軍師にダナは首を傾げてみせた。 「軍師殿は、同盟軍の置かれている立場というのがわかっているのかな。圧倒的な劣勢。戦えば負けるとわかっている状態にあるんだよ?この降伏勧告は、言ってみればハイランドからの慈悲だ。そちらが負けるとわかっていて、被害を少なくしてやろうという・・・ね。僕たちとそちらは同等では無いんだよ」 聞き分けの無い幼い子供に言い聞かせるような口調でダナは告げる。 「すでにかつて同盟領でハイランドに下っていないのは、同盟軍の居るノースウィンドゥの僅かのみ。一国の体裁さえ保てないような同盟軍相手に、最大限の譲歩をしてあげているんだけど」 それが理解できないのか、と視線で問いかける。 「・・・・全ては貴方という存在ゆえに、歯車は狂いはじめた。ダナ・マクドール、トランの英雄・・・その貴方が何故関わりもないハイランドに手を貸す真似をする。トランはハイランドと同盟領を分割する約定でも結ばれたのか?」 「愚かなことを言わないで欲しいね。仮にも僕の軍師であったマッシュの弟子なのだから」 むっとした表情で押し黙ったシュウを笑う。 「トランがそのつもりであったのならば、わざわざハイランドの手を借りずとも己の力だけでそうしただろう。出来ないとは思わないよね?」 英雄を旗頭に頂いたトランはさぞかし強力だろうことは想像に容易い。トランのためか、英雄のためか、それとも両方ゆえに・・・ 「舵の方向も決められぬ同盟など、トランの敵では無いよ」 「ならばっ!」 何故ハイランドなどに味方するのか。 「気まぐれ」 一言だった。 「ただの気まぐれ」 切欠はそんなものだ。ただ・・・ダナは己で想像した以上に深くルカに情を傾けてしまった。 「そのようなもので・・・っ貴方は一国を潰すおつもりか!」 「その程度のことで潰れてしまうような国など存在する意味が無い」 激昂するシュウに対してあくまでダナは冷静だった。その秀麗な美貌には僅かな動揺も無い。 「世間のことなど何も知らぬ子供を旗頭にし、戦に借り出しその手を血で汚し、友を奪い・・・そして得られた平和に何か価値があるのかな?」 「・・・・・・・・っ」 同盟軍軍主が子供だというのならば、ダナとて解放戦争開始当時は同じく子供というに十分な年齢だっただろう。だが、決して二人が同じだとは言えない。ダナは父親を将軍とし、将来は同じく赤月帝国を背負って立つ者としての教育を受けていた。立場があまりに違いすぎる。 「貴方はそれで満足しているのかな、同盟軍軍師殿?」 「良い訳があるまいっ!・・・・・貴方は言ったな。己一人を捕らえたとしてもハイランドには影響が無いと。それが果たして真実であるかどうか試させていただこうっ!!」 シュウは片手を挙げて合図を何かに送った。 ダナは驚くでもなく、逃げるわけでもなく・・・・ただ、興味深そうに微笑を浮かべている。その姿はこうなることをあらかじめ予想していたかのようだ。 「・・・余裕の態度をするのも今だけだ」 唸るようなシュウの声と共にばっ、とダナの背後の森が明るくなった・・・ハイランドとの繋がりを断ち切るように炎があがる。風に煽られた炎は、一気に強く天を衝くかのごとく燃え上がった。 まるで炎の檻のようにダナと、そしてシュウまでも巻き込んで。 「ふーん、貴方はそんなに死にたいのか?」 「・・・私ごときの命で貴方の命を奪えるのならば安いものでしょう」 「愚かなことを」 口元に微笑を刻んでいたダナの瞳には、背筋を凍りつかせるように鋭い光が煌いた。 「全く愚かだ。この私に・・・このような炎が通じるとでも?」 「ただの炎では無い。魔法で強化した上に風の結界でただでは消せぬようにしている」 一人では無理だと言いたいらしい。 「・・・よくわからないな。そちらにはフリックもビクトールも居たはずだろう?」 「二人は主戦力から外している」 シュウの言葉に嘲笑せずにはいられない。 「お前は本当にマッシュの弟子なのか?やっていることが全く策となしていない。・・・軍師などとはおこがましい。愚者の所業だ」 「何を・・・」 「お前は私を『トランの英雄』と呼んだな。ならばその英雄が真の紋章の一つを有していることもわかっているはずだろう。・・・まさか不完全な紋章しか持たぬ同盟軍軍主と同じと判断したのか?それこそますます愚かなことだ」 本当に愚かな。 ダナは右手を掲げた。 「ソウルイーターよ。我が前に立ち塞がりし全てを喰らい尽くせ」 |
軍師ごときじゃ坊ちゃんの相手は務まりません。 |