さぁ、決断を


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント









 ルルノイエの城壁の外には、幾千幾万の兵士たちが揃っていた。
 歩兵も居れば弓兵も、騎馬隊も居た。その兵士たちのどの顔にも緊張が張り詰めている。
 ルルノイエを守る最低限の兵力を残し、全軍が集まっている。いよいよ同盟軍へ総攻撃をかける時がやってきたのだ。
 高い位置から彼らの表情を見て、ルカの隣でダナは満足そうに笑った。

「緊張してるけど、皆負けるなんてちっとも思ってないみたいだね」
「この状況で負けるほうが馬鹿だ」
 同盟軍など最早『軍』として成り立っているかも危うい状態。同盟領として残っているのはティントだけだ。軍として成り立たない同盟軍と手を組んで、わかり切っている負けを呼びこむことも無い。
 ティントに降伏勧告を出したところ、予想通りといおうかあっさりと白旗を揚げた。
「どいつもこいつも張り合いの無い」
「またそんなこと言う」
「ふん、さっさと行くぞ」
 背を向けて軍の戦闘へと歩むルカには、かつての狂気はうかがえない。
 その肩にはハイランドという帝国を苦もなく負っている。今のルカにならば、誰もが恐怖では無く継ぐべき者として膝をつくだろう。
「もう僕は必要無いのかもしれないね」
 笑顔とともにぽつりと落とされたダナの言葉を聞いた者は無い。

 空はどこまでも青く、雲ひとつ無かった。



















「ところで、ジョウイ。君、王になるつもりあるかい?」

 ぶっ
 唐突な問いかけに、食後のお茶を飲んでいたジョウイは思いっきり噴出した。
 そして気管につまらせたらしく顔を真っ赤にして咳き込んでいる。・・お約束だった。
「ねー、ねー」
「っごほっ、あの・・・っ」
 ジョウイの状態などお構い無しに回答を強請るダナに殺意が沸き起こる。・・・たとえ抱いたとしてもジョウイごときの殺意など微笑一つで払いのけてしまうだろうが。
 夜営地で、何故かルカの傍を離れてジョウイの傍に来たと思ったらそんなことを聞いてくる。
「君は、理性的なようで思い込んだら一直線で融通がきかないところがある。そのくせ自分が正しいと何の根拠もなく確信するような勘違い野郎だったりもする」
「・・・・・・・・」
 貶されまくっている。
「でも理想を追い求めようとするのは別に悪いことじゃない。君一人だったら王位なんて片腹痛いって感じなんだけど・・・」
「何が言いたいんですか・・・?」
「ジルが背後に居るからには、君が暴走しようとしたら半殺しにしてでも止めるだろうし」
「・・・・・・。・・・・・・」
 ジョウイの視線がどこか遠くを見つめるように焦点をぼやけさせた。
 傍で聞いているはずのレオンが何の反応もせず沈黙したままなのも、むなしい。
「レオンは、ジョウイが王になったらどうするの?宰相にでもなる?」
 にっこりと裏も表もありません、という笑顔でダナがレオンに話を振った。ここで『是』と答えれば、謀反を企てているのだと見とめたも同然ではないか。
「・・・・・いえ」
「だろうね」
 ダナが不敵に笑った。
「シルバーバーグの血とはかくも厭わしい。戦場にこそ平穏を見出し、生きる糧を得る。平和な日常など冴えたる頭脳への毒。苦しみに他ならぬ」
 お前たちは永遠に戦地を離れることは出来ぬとダナの口から告げられればそれが絶対の真実のように思えてしまう。呪いというよりは神託。
「でもちゃんと奥さんが居て、孫までもう居るんだからレオンも隅に置けないよね〜」
「え!?」
 ジョウイが驚愕にレオンを振り向くと、レオンも驚愕の眼差しでダナを見つめていた。ここまで素の感情を露にするレオンも珍しいだろう。
「あれ・・・?もしかして、レオン・・・お前、知らないの?」
 その反応にダナは哀れみの視線を向けた。
「駄目だよ、レオン。家庭をかえりみずに隠居したり放浪したり戦争に参加したり好き放題やってるから奥さんには見捨てられるし孫が出来たって知らせもくれないんだよ」
 ふふ、とダナは無邪気に笑った。全く無垢そのもののようなのに、ここまで悪意を感じさせるものも在り得ないだろう。
「可愛い兄弟だよ〜。この間会ったのは一年くらい前かなぁ、お兄ちゃんのほうがおませでねぇ、将来の夢は僕の軍師になることなんだって。ほんと、シルバーバーグの血を脈々と受け継いでくれちゃってるよね。あ、そうそう心配はいらない。二人ともレオンじゃなくて奥さんのほうに似てたから、うんうん。そういえば娘さんが言ってたな。お父さんに会うことがあったら言っておいて欲しい、て」
 レオンの顔色が土気色に変わる。そんなに自分の娘の一言が恐いのか。


「 『貴様は、人間失格』       いやぁ、レオンに似てはっきり言うよね」


 ころころと軽やかにダナは笑うが、内容は全く笑えない。己の知らぬところで家族から絶縁宣言をされていたレオンは、まぁ自業自得というものだろう。
「ま、それはいいとして」
 自分で振った話題でありながら、いとも簡単に放り投げた。
「で、どうする?」
 国を左右する重大事を、お茶の好みを聞くように問いかけられる。
「君もだいぶ頭が冷えただろうし、王という人身御供になる気があるなら・・・見返りを用意してあげてもいい」
「皇王には、僕などではなくルカ皇子が・・・」
「ルカは皇王にはならない」
 ダナは、静かにはっきりと断言した。
「だから継ぐべきは、ジルしか・・・その婿である君しかね」
「・・・・・見返り、というのは?」
「君が真実望むものと、その手の紋章を封じてあげよう」
「僕が、真実望むもの・・・」
「わからないとは言わせない」
 はっとしたようにジョウイは口を閉じ・・・それでも聞いた。
「・・・それで、貴方に、貴方のほうにどんな利があるというのです?」
 ダナは、微笑し・・・己の右手に口づけた。





「私は私が望むまま。ルカと共に生きる」








 答えを促す覇王の瞳に、ジョウイは小さく・・・頷いた。

























レオンに居たのは息子じゃなくて娘にしてみました。
うん、あんなに家に居ないんじゃ見捨てられると思う。