合わせ鏡の舞踏


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント







 国を挙げての盛大な結婚式。
 久方ぶりの祝賀にルルノイエはもちろんのこと、近隣の街もお祭り騒ぎでジルとジョウイの二人を祝った。一番静かだったのが、当の本人たちが居る王宮なのだからおかしなものだ。

「新婚初夜だし、野暮な真似はしないからごゆっくり♪」
 そんなダナの言葉にジョウイは顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと忙しない。
 それもそうだろう。結婚しろと告げられて同意もしないうちに結婚式だ。相手との思いを確かめるも何も無い。それがいきなり初夜だ。生々しすぎる。…が片方のジルは照れるでもなく、優雅に『ありがとうございます』と挨拶しているのだから…今さらながら結婚後の力関係がどうなるか簡単に想像できる。

「さて、と」
 ダナは二人を部屋に閉じ込めると、四方に札を置いて封印し、誰も侵入できないようにした。
 中から出ようとすることも出来ない。(果たして明日どうするのか・・・)見ていたクルガンやシードがそこまでするのか、と声には出さないまでも顔で呆れている。
「クルガンとシードも今日は自宅に戻ってゆっくりすること」
「…何故です?」
 総司令の次々と繰り出す騒ぎにその後始末に奔走していてろくにクルガンは家に戻っていない。
 シードの戦馬鹿は暇さえあれば兵舎に顔を出し、訓練に明け暮れ、そのまま雑魚寝に突入…というパターンを繰り返している。お互いに自分の家になどほとんど寄り付かない。
「え、だってせっかくみんなお祝いムードで好きにやってるんだし二人もそれぞれ意中の相手と過ごせば?そのくらい居るだろう?」
「「……。……」」
「まさか、二人とも人並み以上の地位と顔があるくせに…え、もしかして居ない?」
 沈黙した二人は露骨に目を逸らした。
 言い訳をさせてもらうならば、長らく続く戦のせいでそんなものを作る暇も無かったのだ。
 ダナがあーあと呆れたように肩を落とすのにいたたまれない気分になってくる。
「二人とも…いい年なんだから。これを機会にちょっと見つけておいでよ。大丈夫大丈!二人なら選り取りみどりだから、僕が保証する!」
 そんなことを保証されても困る。
「いえ…私はまだそのようなことを考えるつもりは…」
「何言ってるの!そんなこと言ってたらいつまで経っても見つからないよ?」
 どこかの世話好きのおばちゃんのような台詞に、クルガンの目が遠くなる。何が悲しくて(一見したところ自分より年下の)上司にそんなことを言われなくてはならないのか。
「シードも不実な真似ばっかしてないで、一人に決めなよ」
 クルガンとは違う意味で、シードはぎくりと動きを止めた。
「そ、総司令…?(汗)」
「シードの噂は聞いてるよ、まず白馬亭のシャリーンに女官のセレスティーナそれから…」
「わぁっ!もういいですって!…何でそんなこと総司令が知ってんですか!?」
 まだまだ続きそうだったダナの言葉を慌てて止めたシードにふふと笑うと。
「いやいや、噂って怖いね〜」
「…総司令のほうが怖いですよ…」
「ん?んん何かな?」
「いいえっ!」
 はぁぁとシードは深いため息をついた。男なのだからそういう衝動を処理したくなるのは最早本能と言ってもいい。同じ男なんだからわかるだろ!?と兵舎に居る連中になら同意を求められるだろうが、ここでそんなことをしても白い目で見られるだけだ。クルガンは徹底的にそういう面では淡白限りないし、ダナにそんなことを言うなど・・・後でルカの報復が恐ろしい。
「わかりましたっ!ちょっと出てくれば良いんでしょう!」
「そうそう。心優しい僕からのちょっとした贈り物だよ。最後の戦の前の骨休み、てね」
「ダナ様…」
「ほらほら、別にそんなにしんみりすることでも無いし。明るく明るく。今のハイランドが負ける可能性なんて太陽が落ちるより在り得ないんだから」
「そこまで言いますか…」
 クルガンが苦笑した。
「言うよ。この僕が居て、負けるとでも?」
 いいえ、とクルガンもシードも首を振った。ダナが総司令として在る限り、どんな戦にも負ける気がしない。根拠など何も無い自信だが。
「よろしい。じゃ、明日の朝にね〜」
 手を振って去っていく姿に、二人は共に頭を下げた。












 二人と別れたダナはルカの部屋があるほうでは無く、己が封印した獣の紋章の間に向かった。
 物音一つ無い廊下には紋章の力で灯された光があるのみ。人影も外の喧騒さえ響いてこない。
「明日の朝に…会えると良いんだけどね…」
 ダナの呟きが落ちる。
 その顔は一切の表情をそぎ落とし、ゆえに美貌が一際映える。
 ダナ自身の楔になりそうなものは、出来うる限り排除した。クルガンとシードも王宮から追い出し、ルカは紋章で昏倒させた上、室内にも二重の封印を敷いてきた。万が一目覚めルカが飛び出してこないように。
 足音も無く、歩み寄った扉の前で…ダナは軽く息を吐いた。
 右手の紋章が、じりじりと同胞の気配を伝えてくる。       ダナが封印を施し、誰にも入れぬようにしていたはずの室内から。
 思いっきり暴れさせてもらえるだろう予感に歓喜と狂喜をソウルイーターは伝えてくる。
「お前は本当に好戦的でいけない」
 ダナが話しかければ、不満そうな気配を伝えてくる。
 主が暴れさせてくれぬからだ、と。
「当然だろう?お前を好きにさせていたら、それこそ世界が崩壊する・・・私は屍の山の上で休むような趣味はもっていないのでな」
 ダナの右手から闇が、巨大な鎌となって顕現する。
 それはいかにも禍々しく、けれど神々しい。


「さぁ、不法侵入の言い訳を聞かせてもらおうか?ササライ、いや             ヒクサク神官長?」








「これは・・・マクドール殿」
 魔方陣の上に、ササライが立っていた。
 『彼』はうっすらとした微笑を浮かべて振り向く。

「何を、仰います?このようなところにヒクサク様がお出ましになど・・・」
 ダナは一瞬のうちに距離を飛ぶと、巨大鎌の先をササライの首に突きつけた。
「私を騙せると思うな。容れ物が何であれ、紋章は誤魔化せない」
「・・・それは、私も土の紋章を身に宿しておりますから」
 ダナは形良い朱唇を弧に歪め、闇の血の混じる瞳を細めた。
「5属性の紋章と円を間違えるほど、私は鈍くないつもりだが・・・?神官長には、私がそのようなことも見分けがつかない愚か者と侮られるか?」
 ササライは微笑を浮かべたまま、闇の刃に触れ遠ざけた。普通の人間ならば、触れたその瞬間に闇に食われていただろうに・・・
 真の紋章同士は宿主の能力関係にもよるが、互いにその力を打ち消しあう。
 真の紋章を所持し、ダナと張り合える宿主など限られている。それこそが何よりの証明だった。

「獣の紋章に何用が?」
 くつくつとササライが笑う。
「わかっているだろう?ダナ・マクドール」
 先ほどまでの慇懃無礼な口調を改め、面白そうに首を傾げる。
「私の目的は別のもの。興味はいつでも君の上にある。・・・停滞していたはずの世界に、私の意図を超えて生まれ出でた君という存在。・・・果たして私の破滅を招くのか、更なる繁栄と栄光をもたらすのか」
「それは前にも聞いた。同じ言葉を二度繰り返すなど、ついに老化が進行しはじめたのか?」
「私にそのような口をきいて無事に居られるのは君だけだよ。・・・そろそろ遊びまわるのはやめて、私の傍に帰ってくる気にはならないかい?」
 ダナは無言で大鎌を振り下ろした。
「おっと・・・物騒な返事だ」
 苦も無く間際で退いて、ヒクサクは楽しそうに笑う。
「駄目だよ。ダナ・マクドール・・・獣の紋章では君の闇と共に在ることは出来ない。幾ら君とて変化した獣の紋章をルカ・ブライトに与えることは出来ない        諦めて…私の元に来るがいい。私の元でならば、ソウル・イーターの飢餓も、君自身の寂寥も私が慰めてあげよう」
 優しく言い聞かせるような口調のヒクサクに、ダナは闇の鎌を構え微動だにしない。その美貌には完全なる無表情で、冷え冷えとした空気が漂っている。

「さぁ、この手をとるだけで世界が変わる」

 差し出された白い手は、聖なる色でありながら禍々しい。
 ダナの闇が神々しいのと、まさに対となる。

「生憎、私は世界など興味は無い。私は、私が望むまま、望む者と共に生きることが出来ればそれでいい」

 ソウル・イーターがダナに呼応して、闇の範囲を広げていく。
 ササライを呑み込もうとしたところで、ぎりぎり何かに阻まれている。

「残念だが、この傑作をむざと闇に食らわせるわけにはいかないのだよ。苦労してここまで作り上げたのだからね・・・どこかの”不良品”とは価値が違う」
 宙に浮いたササライの輪郭がぼやけていく。

「待っている、ダナ・マクドール。              私の運命の君」

「裁き!」

 紋章は直前で対象を失い、右手に戻ってきた。
 顕現していた鎌もダナの手から消えていた。





















「運命など・・・・それこそ自分が・・・僕が決めることだよ」

 ダナは右手を見つめ、呟いた。





























うちのヒクサクは坊ちゃん狙いです・・・・