人生崖あり濁流あり


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント









 隣には美しい花嫁が寄り添い、式場には多くの人間がつめ掛け祝福を寄せる。
 司祭の祝福の祝詞を右から左に聞き流しながら、新郎=ジョウイは・・・まるで夢のような・・・夢であったらどんなに良かっただろう・・・事態に意識を半ば飛ばしていた。






 突然にジルとの結婚を告げられたジョウイは見事にというか、情けなくもか意識を失った。
 目が覚めたときには、そのままの体勢で元の場所に放置されていた。(酷い)
 夢だったのか、と現実逃避するまもなくジョウイの預かり知らぬところでどんどん式の準備は進められ、翌日には立派な式場が出来上がり、全てが隙なく完璧に整えられていた。
 それでも一応、ジョウイは弱腰ながらも抗議(っぽいもの)を総司令にしてみた。

「し、しかし・・僕みたいな下級貴族とジル様が結婚など・・・」
「あ、問題ない」
 朗らかに切り捨てられた。
「ジョウイのへたれっぽいところとか、押しに弱そうなところとか、ジルのストライクゾーンなんだって」
「へた・・・っ」
 人の趣味って色々だよね〜とうんうんと大きく頷いている。
「いや、でも・・・っ」
「それにジルはルカに似ず美人だし、ジョウイも好きでしょ?」
「いやっそのっ・・それはその、憧れては・・・っ」
 途端にわたわたと慌てだすジョウイに、ダナは『これが”へたれ”てやつなんだろうなぁ』としみじみ感じている。
「美人でお金持ちで性格も・・うん、まぁいい。何の文句がある?」
「・・・・・・・」
「じゃ、そういうことで。式は明日ね」
 言うことは言った、とダナは出て行こうとしたところで足を止めた。


「ふふ、これでジョウイはあのルカの義弟てわけだ」

 ジョウイは致命傷を負った。








           そんなやりとりがあった翌日。

 本日はお日柄も良く。
 招かれた身分の高い人々も、ジョウイに気の毒そうな視線を注ぎつつも祝ってくれた。
 あのルカにさえ『・・・・まぁ、頑張れ』と言葉を貰ったほどだ!ジョウイは本気で泣けてきた。
 そして計画者の張本人は、普通ならば正装の軍服を着用して出席するところだが・・・さすがに白は花嫁とかぶるということで、光沢のある黒の礼服を身に纏っている。またそれが尋常ならざる美貌を引き立て、人々の目を惹きつける。いったい誰が主役なのかわからない。新婦はともかく、新郎など霞んでしまっている。

 祭祀が終わると、今度は本宮に移動して皇王自ら皇族に名を連ねることになるジョウイと杯をかわす。
 ハイランドでは皇子皇女と結婚した者はその伴侶も皇族として認められるのだ。
 ジョウイとジルは二人で玉座に居る皇王の前に並んだ。
 そこで何やら・・ずずっという音がして・・・ジョウイは下げていた頭を上げて・・・また下げた。
 ・・・・・・皇王が鼻をすすっていた。
「ううっ・・・ジル、美しいぞ・・・!」
 皇王ってこんな人でしたっけ・・・・?
 ジョウイは引きつりそうになる顔を下げることで必死に隠した。
「皇王陛下。早くお願いします」
 そんな皇王に容赦ない言葉をかけるのは、当然のこと総司令だ。どうやら皇王も総司令の支配下に置かれてしまったらしい。ハイランドには最早平安は訪れないのか!?
「うむ」
 しずしずと壮麗な装飾の施された盆に一つの杯が載せられて運ばれる。
 その杯には透明な酒が注がれ、皇王とジョウイのそれぞれの血を落とす。互いの血が混じるという意味の儀式らしいが・・・
「吸血鬼でもないのに血を飲むなんて悪趣味だよね〜」
 さぁ、今からという時になってこの台詞である。(もちろん総司令だ)
「あ、気にしないで続けて続けて」
 笑顔で促す総司令に、皇王とジョウイは視線をかわす。

 この瞬間、二人は同志になった。

















「はー終わった、終わった」
 肩凝った〜と、あの傍若無人な振る舞いのいったいどのあたりで『肩が凝る』ようなことになるのかと疑問を抱きながら、上着を脱いで片付けるダナをルカは見ていた。

「・・・おい」
「ん?」
「何故、突然結婚式だなどと言い出した」
「えー、何。今更妹の結婚には反対だって言い出すつもり?お兄ちゃんは許しませーん!」
「ダナ」
 ドスのきいたルカの声に、肩をすくめてソファに身を投げ出した。
「俺は、謀をされるのが嫌いだ」
「好きな人間はいないと思うよ」
 ダン、とルカの手が机を打った。みしりと皹が入る。
「あーあ」
「吐け」
 凄まれてもダナに恐れた様子は無い。ただ、いつもならば反らされることの無い視線が反らされる。
 しばしの沈黙の後、口を開いたのはダナだった。
「ルカはさ。・・・やっぱり皇王になりたい?」
「何だ」
「一応、皇子だし・・・やっぱ継ぐのは俺しかいない!みたいな」
「馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しくない。ルカ、答えて。・・・そうしたら僕も言う」
 ふん、とルカが鼻を鳴らした。
「お前らしくもないミスだな。聞くまでも無くお前の言いたいことは明白だろうが。お前は俺を皇王にしたくないと、そう思っているのだろう。だから今回の結婚式を仕組んだのか」
 ジルと結婚したジョウイは皇位継承権を得た。
「・・・・・・・」
 ダナは答えない。ルカの回答を聞くまでは決して口を開かないだろう。




「皇王など・・・・やりたい奴がやればいい」




「・・・・・本当に?」
「くどい。何度も言わせる・・・っ」
 ダナがルカに抱きついていた。
「ルカ、ルカ・・・・・・お前を連れて行っていい?僕と一緒に生きてくれる?」
 ルカの肩に顔を埋め、その答えを恐れるように聞いてくる。
 ルカが皇王となるならば、ダナは傍に居ることが出来ない。




            病める時も」





 ぴくり、とダナが震えた。










「健やかなる時も。これを愛し、これに忠誠をささげることを誓う。       この命在る限り」











 悪魔とも覇王とも呼ばれるその目から、一粒の涙が落ちたことを誰も知らない。








 ダナは、微笑を浮かべてルカを見た。

「誓いのキスは?」
「は」
 ルカは不敵に笑い、唇ではなく額へと口づけを落とした。
「・・・フェイントだね」
「たまには惑ってみろ」
「ルカこそ」
 笑いあって、今度こそ互いの唇に口づけた。

















「ふふ、命在る限りって・・・・・この僕が傍にある限り、そう簡単に死にたくても死なせないけどね」





 そんな、死神の言葉に・・・ルカは少しばかり後悔した。

























とことん自分の幸せを追求する坊ちゃん・・・