絡糸の神の手を離れ


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント








 ハイランド軍の進軍はダナが総司令官に就任してからというもの順調すぎるほどに順調だった。
 最早、向かうところ敵なしと言っていいだろう。
 残る都市同盟はティントと征服された敗残兵を率いる新同盟軍のみだった。ハイランドの勢いを考えればそれらを侵略するのも時間の問題だろうと、周辺諸国は感じていた。もちろんハイランド国内も続く勝利にお祭り騒ぎだ。冷静であるはずの幹部たちの中にも、浮き足だつ者たちが見受けられる。
 軍議でもこのまま勢いに乗って、と強く主張する者も居れば、いやいやこういう時だからこそ相手の出方を慎重に見極めねばならないと主張する者も居る。

 そろそろ厄介だな・・・と全く別のことを問題にしているのは総司令官であるダナのみだったろう。

「おい」
「・・・ん?」
 軍議中、難しい顔をしたまま一言も発しない総司令官に誰もがその動向を伺っていた。
 ただその思索を邪魔することは憚られ、視線は横に座るルカへと流れる・・・鬱陶しいと思いつつ、仕方なくルカがダナへと声を掛けた。今やルカの顔色よりダナの顔色をうかがう者のほうが多いというのだから、かつての狂皇子の立場が無い。(ダナの前にもともとそんなもの存在すらしなかったが)
「何を考えている」
「え?・・・・ああ、軍議中だったけ」
 軽く言われ、がくりと数人が肩を落とす。
 ごほんっとキバ将軍が咳払いをした。
「総司令、残るティントと新同盟軍への進行はどのように?」
「どちらも物の数では無い」
 ダナはふわりとした雰囲気を瞬時に重いものに変えて言い切った。
「ティントは吸血鬼騒ぎで戦どころではなかったようだし、新同盟軍にしてもまとまりに欠ける・・・しかもあれだけ脅しといたら早々仕掛けようなんて思わないだろうし」
 ぼそりと呟いた言葉は隣のルカだけに聞こえる音声だった。
「ま、とにかく。その二つは問題ない」
 では何を懸念しているのかと将軍たちは首を傾げる。
「このままいくとハイランドが同盟諸国を征服し領土を広げることは間違いない。・・・そうするとちょっかいをかけてきそうな国が一つある」
「・・・ハルモニア、ですか?」
「ご名答」
 クラウスの発言に、よくできましたとダナはにっこりと微笑んだ。
「今までは同盟諸国とハイランドが小競り合いをしていたから、他人事で様子を眺めているだけで良かった。しかし一つに纏まるとなると・・・幾ら友好国といえど安穏とはしていられない気分になるだろう」
 これでダナという存在がなければ、トランとのハイランドをぶつからせておいて高みの見物といけたかもしれないが、ダナが居る限りそれは決して起こることは無い。手を組むことはあっても・・・。
 そして、それこそハルモニアが警戒していることだろう。
 武力をもってハルモニアから独立したかつての赤月帝国の末裔トラン。負けず劣らず武闘国家であるハイランド。二人が手を組めば、ハルモニアにはさぞかし脅威となるだろう。
 そうならないために、ハルモニアがしそうなことといえば同盟側に密かに戦力を送り込み、この戦を出来るだけ長引かせようとするということだ。
 獣の紋章をダナが封じてから、ササライの気配はルルノイエから消えた。ヒクサクに注進に行ったのか、出方を伺っているのか・・・ハイランドにつていの全権を恐らく任せられているだろうササライがこのまま簡単に引き下がるとは思えない。
「・・・・・」
 ダナはルカの顔を見て、相変わらず不機嫌そうな可愛げの欠片も無い表情に噴出した。
「おい」
 ひとの顔を見て噴出すという失礼極まりない態度にルカの眉間の皺が更に増える。
「ルカはさ・・・というか、ここに居る誰でもいいんだけど・・・」
 ダナは会議室を見回した。各軍の将、統治のために不在にしているものはその補佐役という錚々たる面々がその視線に動きを止めた。

「戦うのが好きな人〜?」

 ダナの微妙な問いかけに、シードだけがはいっと勢いこんで手をあげた。
「うん。剣術馬鹿のシードは置いておいて」
「馬鹿とはなんだっば・・んぐっ」
 反論するシードをクルガンが黙らせた。
「聞き方が悪かったね」


         戦が、血が流れることが好きな人?」


「!!」
 武将たちが息を呑んだ。
 それにダナがくすりと笑う。
「良かった。安心したよ・・・この国にそんな愚かな人間が居なくて」
 居たならば、即座にダナによって粛清されていただろう。
 穏やかに笑いつつも、そんな冷たい空気を纏っている。
「戦をすれば人が死ぬ。迷惑を被るのは無力な民たちだ。・・利益を優先して戦いを長引かせてきたのは特権階級の一部の責任。話し合いで決着がつかないことは、長年の歴史でわかりきっている。ならば邪魔が入らぬうちに一刻も早く、残る反対勢力を潰し国を纏めるしかないだろう」
 ダナは断言し、その秀麗な美貌に慈しみ深い微笑を浮かべる。
「だから、一気に決着をつける・・・けど、その前に」
 肩透かしを食らった武将たちが再び、肩を落とした。

「結婚式をしまーす」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」





























 何故、突然結婚式なのか?
 いったい誰と誰が結婚するのか?
 まさか。
 まさか・・・・ルカ皇子と総司令が!?(んな訳ない)

 さまざまな憶測が飛び交うなか、急遽統治しているグリンヒルから呼び戻されたのはジョウイだった。
 とりあえず何を置いてもすぐに戻って来くること、という総司令の使者の言葉に・・・穏やかに微笑するその姿を思い出しながら・・・・・・即座に全てを投げ捨てて(レオンになすりつけた)皇都へと馬を走らせた。

「あれ、意外に早かったねぇ」

 一昼夜、全く睡眠もとらず最後には意識も朦朧としていたジョウイを出迎えたのは、何とも気抜けする総司令官ダナの言葉だった。ジョウイはその場で倒れこみそうになったが何とか我慢した。
 しかし次の台詞に、本気で意識がこの世界を離れた。

「明日、君たちの結婚式をするから」
「は?」
「おめでとう」
 いやいやいやいやいや。
「あの・・・・・・・・君たち、というのは・・・・・」
「もちろん、君と」
「・・・私と」
 嫌な予感をひしひしと感じながらジョウイは震える声で復唱する。
「ジルだよ♪」
「ジ・・・」

 そこまでがジョウイの意識の限界だった。
































ジョウイ・・・凄い可愛そうだな・・・・・(笑)